第5話 斎藤の語りー2 隊士募集

            


「ハジメ。京都で人集めするにはどうしたらいい?」

 近藤さん、山南さん、土方さんが難しい顔をして話し合っている所に呼ばれた。

「新しい隊士を募集しようと考えている」

 近藤さんの言葉を継いで山南さんが聞く。

「剣術家あつめですか?」

「そうだ。会津様にいわれて人を増やす事をしようと思う」

「近じか壬生浪士組は将軍の大阪行きに同行する事になる。井伊直弼様が殺されて以来、警護を多く配して道も見張るようになった。鉄砲も警戒して籠を囲い込むように警護も付ける人数が必要になる」

 将軍警護、早くも仕事か。

「斎藤。当然腕に覚えがある奴を集めたいのだが、京都は大きな道場があまりない。しかし色々な道場が沢山ある。これはどうしたらいい?」

 確かに、京都は江戸より色々な流派があり、それは独自に活動している。


 江戸というのは新しい物なので、新しい物ほど良しとされる傾向がある。そのため古い物を捨て、絢爛豪華なものを素晴らしいとする面がある。だから新しい物を持ち、新しく出て来た千葉道場とかが大いに広まったりする。

 しかし京都の場所柄、色んな人が各地からやってくるので、それなりに九州の剣、四国の剣、山陰地方瀬戸内海などに古き昔から存在する薙刀や短剣術、投げ剣など各種各国の武道が集まってくる。

  剣術だけではなく、柔術や忍術、骨法などもあり、戦闘に関するものが中心に集まっていて、江戸のような淘汰はされておらず、各自、その地域の人が自分の道場に入る事で成り立っている。共存出来ているのだ。これも中心である京都の多様性を認める文化の違いだろう。


「大きな道場があれば、そこ叩いて評判を広めることが出来るのに」

「近藤さん、宮本武蔵の吉岡道場ですか?」

「まあそんな感じだ。強いものはあればそれを叩けば広まる」

「ハジメ。京の人間は、何に興味をもつか?」

「京都は話が好き。悪口とか噂ですね。でも良い噂を流さないと嫌われる。おして帝も、町人の噂に早い。京都や大阪は、町人に嫌われるとやって行けなくなるほどです」

「なるほど、良い噂話として、募集していることを伝えればいいのか」

 山南さんが理解してくれたようだ。

「別に広めようとしなくても京では広まります。異常な速度で隅々まで。今、京都は怯えています。これからどうなるのだろう。人の命が安くなっていますから」

「京都を守るための隊が出来たと知らせば良いのか」

 早い。土方さんも理解した。

「みんな気にしているはずです、どれだけ強いのか説明する必要なんかありません。道場に訪ねて行って募集すればいいのです。それも手合わせをして道場で勝つのです。戦って勝つのが一番の広告になると思います」

「なるほど分かりやすい。やろう道場廻りを」

 近藤さんは喜ぶ。こういう簡単な説明が近藤さんには一番のようだ。

「だめだ近藤さん。あんたはでちゃいけない」

 喜ぶ近藤さんを土方さんが止める。

「何故、拙者の強さを見せる場面だ」

「あんたは一回でも負けちゃいけない。それが噂になっちまう」

「それじゃつまらんぞ」

「あんたが負けるときは死ぬ時と考えるべきだな」

「つまらん実につまらん」

 不満顔の近藤を尻目に、乗ってくる土方さん。

「そうときまれば割ふりをしよう」

 再び土方さん、地図を出し、広間に行ってみんなを呼ぶ。


 広間には試衛館の人間だけが集まった。近藤以下、土方、山南、沖田、永倉、原田、井上、藤堂の八人になる。

「ここ八木邸から点在する道場に順番に挨拶にいく。まあ挨拶といっても、これはこちらの隊の募集に行くため、相手もこちらに力を知りたいと立ち会いになるだろう。そうなると形は道場やぶりと同じこと。あくまでも話し合いで済ました方が望ましいが、力を見せるには断然立会いでねじ伏せるのが早い。勝てとにかく勝て。そうすれば宣伝になる」

「はじまった。土方さんの喧嘩殺法」

 沖田が楽しそうに茶化す。

「この八人で、二人で組みになり四方に活動を広げていく」

「九人いるが?」

 以外に細かい井上さんが聞いてくる。

「局長の近藤さんは出る訳に行かない。こんな道場破りを館長がするのはおかしい」

「つまらん実につまらん」

「芹沢さんたちは?頼まないのか?」

 永倉さんが気になって聞いてきた。

「清河斬りで懲りた。細かい行動で向こうにつきあっていたら、なにも終わらん。勝手にやらせてもらう」

 仲のいいメンバーや天然理心流と他の人が組む形となり、

「永倉、原田、北に行ってもらえるか。沖田、藤堂、東だ。井上さんと、山南さんは西に」

 みんなうなづき納得する。そしてこちら見て

「俺と斎藤は一緒に南に出る。流派は天然理心流でおねがいする。型見せの場合どちらかで」

「拙者たちどっちも違うぞ」

 永倉さん、原田さんの組みが聞いてくる。

「原田、いつもやってるじゃないか。型を見せてくれればいい」

「ああ器用なところが原田さんの持ち味だ」

「わかったよ沖田。何とかする」

 久しぶりの戦い。稽古と違い他流試合。みんな楽しそうに散って行った。




「土方さん、こっちは寺が多くなります。南に下がっていくと、伏見とかに向かう方面のため、寺がおおく、坊主の棒術か増えます。棒術の道場に行ったことは?」

「ないな。槍と薙刀はある」

「棒術を見たことは?」

「知らん」

「大丈夫ですか?」

「ああいうのは薙刀と似てないか?長ものは遠くから攻めて来るのと、取り回して叩き伏せるのが入るから、すねを狙うのが上等手段」

「足払いですか?あると思います。それとしごき突き」

「なんだそれは?」

「手でしごくように突き出す。棒の長さを測らせない突きのやり方です」

「沖田の突きのやりかたか?トン、トン、お突きの三回突き」

「間合いを掴ませないと言うことで近いと思います。・・・・・・あと棒術の一番の特徴が回転です。回転をさせることによって速度も破壊力も増しますので、なんとか回転を止めないと攻略が難しいです」

「回転か、止めれば剣より速度は遅いので勝てるか。しかし突きは厄介だな。まあ出たとこ勝負か」


 寺社が点在していてその中で香取流棒術という道場があり、そこで防御として優れている棒術を近在の寺の坊主達におしえているようだ。

 中に入ると出迎えが出てきて、すぐに道場に通される。

壬生から近いせいか、残留した浪士組たちがいると、情報は入っているようだ。

「道場破りですか?」

 ニコニコとした年齢の高めの丸顔の師範代らしき人が迎えてくれた。

「これは手厳しい。いえ募集の勧誘でして」

 こちらの意図も勘づいているようだ。

「一手、ご教授お願いします」

 こちらの意図通り、簡単に進む。

「斎藤、行くか、どうする?・・・・・・じゃ先に出るか」

 土方さんは立ち上がると、自分で持ってきた木刀を出す。

「竹刀の方がよろしいですか?あいにく持ち合わせがないので、貸していただけると・・・・・・」

「どちらでも。されどこちらはカシの木で削り出した棒ゆえ、木刀の方がよろしいかと思います」

「ならばこのまま」

 蹲踞して構える土方さん。相手も中央に出てきて礼をして構える。

師範代と思われる人が掛け声をかける

「はじめ」

 蹲踞して立ち上がると土方さんは正眼。向こうは左右の肩越しに8の字で回して、相手の来たところを打つ『綾振り』という型で向かってくる。

「斎藤め。棒術は防御だって言っていたのに、どうだい?攻められている」


 土方さんが出ると寄ってきて、下段を打ってくる。

下がって避けて、構えなおし。なおも向こうは連続で綾振り。

防御の武術は、派手さはないが、結構しぶとい。

 しかし土方さん攻略法が解ったようで、ニヤッと笑うと踏み込み、胴打ち。相手はそれを中段で受け、回転させて脛打ちの下段にくる。

土方さんは弾かれた木刀を斬り返して、合わせるように下段に構える。そして脛狙いの下段『綾振り』を強く受け止める。

 回転が止まった一瞬で、棒に木刀を当てたまま、添わせて滑らし上に上げていく。

「あ、」

 打ち込みとも小手とも違う。

ただ棒の上を滑らせるように木刀を動かし、棒を持っている手の指に当てる。

「うまい」

 相手の指を痛めた。これはうまいが・・・・・・これは汚い。

打つなら打つ。その打撃の深いか浅いかの入り具合で一本と決まるのが試合なのだが、これはただ相手を傷つけるだけの行為。

「ちょっと姑息なやり方だな」

 しかし効果絶大。明らかに棒の動きがぎこちなくなった。

だが一本取るなら相手の所に踏み込み、打ち込まなくてはいけない。棒は長い。よほど間合いを詰めないと中に入れない。

 棒術の攻略法は回転を止める。棒の両側から攻撃が来るので、棒の中に入りこちらの間合いにして打ち込まなくてはいけない。だが土方さんは下がって、下がって相手を待つやり方に変えた。

 逆だ。無論、自分が飛び込まなくなったので届かない。しかし向こうも届かないので、攻撃するため踏み込んでくる。

 再び綾振りで攻撃して来たのを、土方さんは体を狙うのではなく、わざと棒を打つ。

「うっ」

 先程、土方さんが痛めた指のせいで片手が外れる。

そこをすかさず飛び込んで、棒の回転の中に入り面を打つ。実際は寸止めだが。

「一本」

 土方さん勝ち。礼をして戻る。

「向こうさん。こっちの指うちに腹を立てているぜ。気をつけな」

「余計なことをしてくれました。これだったら、先にやればよかった」

「向こうの回転は速いが回転の外側が遅い。斎藤、突きが有効になるぞ」

「でも中心点をずらされたら、回転が早くなり弾かれる」

「はじかれる前に、引き、また突く」。

「沖田さんのようにはいかない」

「まあな。なんとかしろ」

 仕方ない。頑張ってやります。


 中央に出ると、こちらを手練れと見たのか、審判の師範代が対戦に出てきた。

「師範代の山崎烝です」

 棒を脇に持ち、お辞儀してくる。

「天然理心流の斎藤ハジメと言います」

 蹲踞して、立会いを始める。

こちらは構えを下段にした。あまり慣れてないスネ打ちを嫌ったためだ。

それを見て山崎という相手は、立ての回転。上から下へ下から上に回す『波返し』という太刀筋に変えて、こちらに攻めてくる。


 あ、こっちも攻撃に来る。本当に土方さんが怒らせるから、向こうは防御のはずなのに攻撃に来る。

 なるほど、打ち下ろしか打ち上げの連続か。今度は木刀を滑らすことはさせない感じだ。受けた途端、その反動を利用して逆の攻撃が来るというやつだ。

 下段から正眼に構える。そして体をずらし半身になる。上下でくるなら、半身の方が当たりづらい。

 素早い唐竹を下がって避けるが回転技なので、すぐに二発目がくる。また下がる。

そうして立て回転を見切り、面を打ちに行くが、向こうは少し下がっただけで相手に届かない。

「届かん」

木刀と棒の長さの違いだ。こちらの間合いにするには、足2そく分、足りない。

「もう一度」と、上段から打ち下ろしを横に避けて踏み込み、そして足りない分、もう一歩踏み出した。がその途端、突然、向こうの突きがきた。

山崎は縦で打ちおろした棒を引いて反転させて、折り返しの反対側で突いてきた。

「危ない」

下がりながら、突きを払って構えなおす。


 この棒術の攻撃は薙刀や槍と違い、両方使って攻撃してくるから厄介だ。長く使えば刀より長く。回転させれば両側が武器になる。

 だが今の突き。不意に来たが間合い的にそんなに長い棒の使い方ではない。両側使ったための棒の持ち方で、棒の半分しか使えてない。なるほど。

「棒を長く使われると、こっちの間合いにならん。が、両側使わせれば、こっちの間合い方が長い」

 軽く合わせにいく。長く使わさず、回転の動きに合わせる。

「気を付けるのは、しぼり突き。回転の中で出てくるので、突きは必ず避ける」

 一歩踏み出すと、向こうは一歩下がり防御の回転でこちらの木刀をはじく。そして引いて小さい回転で、棒の反対側でついてくる。

 俺はそれに合わせて突き。「お突き」

両方の突きなので、互いに軸をずらして避ける。また下がる。

「まだまだ」

 今度は向こうが踏み出して突き。こちら下がりながら、二度目の「お突き」。

山崎は回転させての突きなので、こちらの突きの方が長い。


 棒を回転させて防御。こちらの木刀をはじいて、後ろに下がる。

しかしなおもこちらは一歩踏み出して、三度目の「お突き」

「なんの」

 向こうはまた一歩下がり、こちらの間合いの外に下がって、棒を回転させて弾こうとするが、そこで俺はなおも、もう一歩踏み込んで、ここで右手を外し、左手一本で突く。


「お突き」これなら向こうの回転の時の棒の長さより確実に長い。

 向こうは自分が下がって当たらないと思って取った間合いより、さらに伸びてくる俺の突きを胸にくらい、後ろに突き飛ばされ、尻餅をつく。

「それまで」

 なんとか一本、取れた。

「大丈夫ですか山崎殿」

「いや恐れ入りました。なるほど誰も右手を離すとは思わない。見切られた奥に届く。棒の長さより長い。完敗です」

 師範代の山崎が立ち上がり挨拶する。

「皆さんお強い。紹介文、回します」

「壬生で隊士を集めています。よろしくお願いします」

「それでは向こうで一献」

 道場破りの場合は、それで賃金(おこずかい)を貰ったり、ご飯や酒を飲ませて頂いたりするのだが、こちらは宣伝、紹介のために回っているので、早々に退散させていただく。負けると恨み持つ者もいるので、長居は無用だ。


「なんだあれは、捨て鉢な突きだ」

 次の道場に向かいながら土方さんが笑った。

「申し訳ない。突きを出して、それほど追い込まれました」

「なるほど。でもあれは使えるな。同じ間合いで同じ突きなら、斎藤の突きが先に届く」

 とっさに出た剣技だったが、自分もこれは使えるかもと、思い始めていた。


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