第4話 佐伯の語りー2 清河暗殺


               1


 久々のまとまった金で贅沢したいと祇園の女郎屋に来たが、どうもいつもの癖で安い場所にきてしまった。

しょうが無いので酒と料理をだけは贅沢して取らせて食べた。

「今日はどうするの?」

「どうしようか?今日で何日目だ?」

「3日目かしら」

 金があるので、女と部屋を買い占めて、寝泊りしている。

「そろそろ行かないとだめだよな」

 春の京都は冷え込む。布団から出れずに女とゴロゴロしている。

「明日でいいか。数日のうちにと言っていた」

「羽振りがよろしおすね」

 そうだね。金があるのだ。あるうちに遊んでいたい。

「ねえ、まだいられるのでしょ。今日は鴨川でドジョウ食べましょう。精がつくわよ」

「ああ、そうだな。それはいい」

 やはり金があるのはいい。酒が飲めて、女が抱ける。それでいい。

「酒。熱燗で」

体が冷えているので、ちょっと引っかけてと思い、女に頼む。

「まだ中島はあるか?」

 長州の酒だ。米どころの酒であるため、原料の関係で甘い酒だ。

伏見の酒は確かに旨い。しかしたまに無性に地元のやつが飲みたくなる。やはり自分の国の酒が忘れられないのだろう。だから今回は頼んでわざわざ長州の酒を買ってきてもらったのだ。

「ほんとう、よく飲みはるね」

 女が布団から出るときに、おしろいの匂いが部屋中に撒き散らかせられる。

いいな。女と同衾していることを改めて思い出されてくれる。


 女が酒を持ってくると、不思議そうに聞いてくる。

「あなたは壬生の浪人じゃないわよね?大阪言葉つこうてはるし」

「なんで?」

「壬生の浪人たちが、みんなこれから江戸に戻るって準備を始めているらしいから」

「ええー!」

 身支度を整えて、慌てて女郎屋を出た。


 壬生村に入ると、走るようにして坊衛通りを進み、この間の八木邸に入る。

そこに丁度、斎藤が門を入ろうとしている所に出会った。

「佐伯遅いぞ。いつまで遊んでいるのだ」

「いつでもいいって行ったじゃないか。なんだか荒れているな。どうした?」

「それが大変になった。江戸に戻るそうだ」

「やはり本当か。それを聞いてすっとんできたのだ。浪士組は江戸に行くのか。おい、斎藤。お前どうする?江戸に戻るのか?」

「江戸には行かん。京都に残る。・・・・・・そのためには人斬りをする」

「浪人か。物騒な話だな」

「佐伯はどうする江戸に行くのか?」

「まあ行けというなら、拙者は行ってもいけど、どっちでも構わん。行かないとしたら、まさか支度金返せとは言わないよな。しかし斎藤、なぜ帰ることになったのだ?」

 あきれる斎藤。

「お前知らないのか。・・・・・・・ちょっと来い。ふらふらと聞き回っては困る。じっくりと話を聞かせてもらえ」

 斎藤に連れられ八木邸に入り、奥の部屋に入る。そこにこの前の土方という人がいて、その前に座らされて説明された。

「それで佐伯殿はどうする?」

「はい。このままで。皆さんに従います」

「ならば地の利を生かして、それを発揮する頼みことをしたい」

「なんなりと」

「斎藤と一緒に清河という男の監察をお願いしたい」

「清河?・・・・・・清河って誰でござるか?」

 土方が、あきれて口を閉ざした。


 江戸から来た浪士組の首謀者・清河は、帝の兵になったと言ってもまだ他の公家と仲良くならないといけない。公家の所を回り、根回しをしているので毎日京都御所に行かねばならぬのだが、まだ壬生の新徳寺に寝泊りしているため、どうしても通いになる。

「その清河の帰る道を知りたいのだが、追跡となると顔を知られてない人間が望ましい。幸い近日、参加した佐伯と斎藤の両名は清河と面識がないため、監察として働いてもらおうと思う」

 つまりは清河の帰る道を調べて、暗殺する場所と探そうというもの。

今、拙者と斎藤は、京都御所の出口が見える一角で、その清河の帰るのを、身を潜め待つ。これがいつ出てくるかわからないから、昼過ぎからやらされた。


 待つのは辛い。やる事がない。そして長く同じ場所にいられないため、出口の見える蕎麦屋、甘味屋、居酒屋と移動するが、なかなか出て来ない。

「なぜに清河を斬る必要がある?」

「今回の江戸からの浪士組はすべて清河がお膳立てしてきた。それが京に来て転身して帝の兵。すべては清河が画策してきた。全ての人は清河に騙されたということ。これは是正しなければならない当然なことだ」

 と斎藤が説明、なるほど、この清河というのはとんでもなく凄い策士だ。

「それで帝の兵になれたのか?」

「ああなった。それはそれで凄いが、これでは幕府を含め、浪士組や守護職など、みんなの面目が立たない。ゆえに清河を斬る」

 策士過ぎるのも考えものだ。人の恨みを買う。

「ここで斬れば京都守護職に土産になり、残留は必ず叶うだろう。それともう一つ、清河を斬ればもしかすると、浪士組、全員をそのまま、こちらのものに出来、隊を掌握し、当初の目的、将軍警護の隊に戻せるかもしれない。と、土方さんが言っていた」

 なるほど土方という奴も、なかなかの策士。そこに目をつけているのか。





              2


 夕方になった頃か、四人の武士が出てくる。

どうやらお目当ての清河らしい。まだ日が暮れてないので遠目でも目視で確認できた。

「あの一番背の高いのが清河だ。羽織の家紋が八卦。間違いない」

「お、清河という男もいい男だな」

「そうか?神経質そうだぞ。目が怖い」

 確かに斎藤の言う通り清河の目がおかしい。いやおかしいというのは当てはまるかわからないが、瞬きせずに睨みつけたままだ。これは気が狂っている奴の目だ。

「いくぞ」

五軒目か六軒目の茶屋から出て、遠目で追跡を始める。お茶飲み過ぎで、お腹がちゃぽちゃぽ、言っている。


 二人並んで歩くのは目立つので、一人一人、間隔を開けて追うことにした。

出来るだけ間に人を入れて、向こうが細い路地の場合、平行して走る大通りを歩き、絶えず後ろにならないよう追跡した。こちらは土地勘があるので、その道を行くと何処に出るか判っているので、先回りできる。

 しかし壬生近くに来た時には、もう拙者が追跡者だと感づいたようだ。素早い。

拙者の前で立ち止まり、拙者が歩いているのをじっと見ている。完全に見られた。

 今日はここまでと思い、そのまま通過して、後ろにいるだろう斎藤に任せて、迷わず壬生村に入り、八木家に戻った。


「戻りました」

帰ると、土方さんか待っていると奥の小さい部屋に案内された。見ると四畳半部屋いっぱいに紙がひきつめられ、その紙に土方さんが何かを書いている。

「これは?」

「地図だ。作戦を練る時は必ず作る」

凄い。藩邸の名前と主要な商いをする店名とかも書かれ、どの通りかも判る。

「素晴らしいですね。どうやってこれを?」

「自分で歩けば、判るようになる。それを書き留めればこうなる」

 いやいやそれだけで出来るものじゃない。才能だな。

「それでどうだった?佐伯」

「何度も曲がったり細い道を通ったりして道を変えています。相当用心深い人だと思われます。四条を超えたあたりで、こちらに感づいたようなので、斎藤に任せました」

「どうだい?清河は?」

「思ったよりいい男で」

「そうじゃなくて雰囲気さ。もし隙があったら斬ってもいいぜ」

 清河を斬る。やばいと思うが、

「北辰一刀流か。無理ですね」


「戻りました」

 斎藤の声が聞こえ、追跡から戻り部屋に入ってきた。

「やけに時間がかかったな」

「佐伯をやりすごしてから大回りです。尾けられた事で襲撃を恐れて、島原の方まで周遊してから、やっと壬生村に入ったもので」

「なかなか警戒しているようだ。これなら毎日道を変えて時間を変えて歩いているな。さすが剣客、簡単にいかんか・・・・・・どうしたもんか。斎藤、どう思う?」

「何がですか?」

「清河、斬れるか?」

「奴は隙がない。斬れないですね。でも北辰一刀流の免許皆伝。斬ってみたい」

「待っていろ。斬らしてやるから」

 最初の手柄が人斬りか。まあこの京都なら仕方ない。

「斎藤、あらためて聞くが京の町はどうなっている?」

「基本碁盤目なのですが、路が入り組んでいます」

「戦いでは?」

「逃げるには有利な所です。角を2つ3つ曲がると見失うし、追うと相手に有利な場所に連れて行かれる。追ってはだめです」

「それでも捕まえるには?」

「囲むしかないのですが路地が狭くて三人以上で囲むのが難しい。路がせまいので挟むぐらいしか出来ない」

「二人か?少し心もとないな。でも仕方あるまい。ならばここか」

下の紙を指差し、橋のたもとを指差す。

「土方さん。これは地図で?」

「ああ、急遽作った」

「素晴らしい」

「あくまでも暗殺なので、大道で刃傷沙汰に出来ない。あまり人目につかない場所で、こっそりとやりたい。話を聞くと毎日、道を変える。行きも帰りも待ち伏せが厳しいが、壬生村に入る道に限定すると、どうやら絞れそうだ。西経由と南経由で行った時、西はここと、南のここは必ず通るな。ここと、ここだ」

「ええ、川を渡らないといけないので、ここの居酒屋と、酒問屋の道は必ず通ります」

「しかし二箇所。人は何人で行動している?」

「4人」

「ならば8人はいる計算になる。試衛館の俺たちだけでは足りない。やはり全員で当たるしかないか」




              3

   

 壬生のはずれに十五人の人間が集まった。八木邸に居る京都残留希望者の人。

近藤、土方、沖田、永倉、原田、井上、藤堂、山南、と俺と斎藤。

他に芹沢、新見、平山、平間、野口が集まり話す。

副長の土方さんが、局長である芹沢と新見、近藤に説明する。

「清河の帰り道だが、毎回、道を変えて戻ってくる。しかしこの壬生に入るための道は西と南、の二つがあり、どちらを行くにしても必ず通る場所がある。西だと大通りから入ってくる所と、南は畑の道。一つは居酒屋では隠れられる。待ち伏せには好都合。南の場所は、人通りが少ない上に木や草があり、人目につかず長く待っていられる場所。奴は必ずどちらかを通ならければ戻れない。ゆえにそこに待ち伏せていて、一気に襲撃。そして離脱する」

みんな真剣な土方さんの意見を聞いて頷く。


「相手は4人。しかし北辰一刀免許皆伝の手練れ。尋常に勝負したら逆に斬られる可能性がある。倍の人数で当たり、無言で切り伏せて逃げる。いいですな」

「心得た」

「それでは芹沢殿。どちらにて待ちますか?」

「そうだな、どちらでも構わんが、大通りの居酒屋を曲がったところで襲うにつく」

「人選は?」

「いつも共にしている者の方がやり易いだろ」

 芹沢の方に、新見、平山、平間、野口が近寄り、土方を見て頷く。

「ならば5人。あと2~3名必要ですね」

山南さんが進み出る。

「私が着こう。あと道に詳しいものがいる」

そうなると拙者か斎藤が分かれてどちらかに付くしかあるまい。拙者と目があったので、うなずき山南さんと並ぶ。

あと一番若そうな、小柄な青年が一歩踏み出す。藤堂平助。

「私もご一緒に」

「頼むぞ平助」

藤堂平助も加わり、8名になった。


残りは、近藤、土方、沖田、永倉、原田、井上、斎藤の7人。こちらが南側、畑の道に待ち伏せ班になる。

近藤が頭を下げて「ご武運を」その言葉で、二手に分かれた。



 大通りには店屋が並び、その一つに居酒屋がある。そこに半数が待ち伏せる。

そして道を入ったところにも小さい店があるので、その角に待機、来た清河をせき止め、挟み撃ちにした所で同時に斬りかかり、仕留めるとやり方を山南が説明して確認した。

最初は勢い込んで『待ち伏せに着く』と、始めた芹沢だったが、

「寒い。こんな所で何時間も待てるか」

着いて半刻もしないうち、寒いと騒ぎ出し、

「交代で見張ろう」

と他の者と交代して居酒屋に消えて行った。随分と安直だな。

 そして居酒屋で待機、外で待ち伏せ。半刻ごとに交代にしていたが3回目に、

「もう今日は先に帰ったのではあるまいか?」

と言い出し、そして酒も入り、俄然、やる気を無くす。

「飲みすぎでしょう。大事の前にまずいですよ」

「酒は少し入った方が活力を生み出すのだ」

と、言って譲らない。緩いな。芹沢という奴。所詮烏合の衆か。


そのうち寺の鐘を突く音が聞こえ、暮れ四つに入った。すると店の主人が「もう店じまいです」と伝えに来た。

「もう来ないだろ。出よう」「本当にここを通るのか?」ともゴネだしたので、

「奴は時間も変えて帰っている。もっと遅くなるかもしれない」

山南さんが、たしなめるが聞かない。ついに平助が見限り

「そんなに飲まれては仕事もままならい。帰りましょう」

と、店から出ようとすると、

「酒を飲んでも飲まれんよ」

芹沢が仲間の平助に絡み出した。

「どうだか、疑わしいですね」

「拙者の腕を侮っていうようだな。どれ、どうかお見せしようか」

「そうですね。まだ見てないので見たい気がしますが・・・・・・」

 ついには芹沢も平助も、刀の柄に手をかけるとこまで行ってしまったため、

「やめろ平助、店の中で仲間同士やりあってもしょうがない。芹沢さんも酒が過ぎます」

まあまあと新見が中に入り、締めくくる。

「きょうはもう帰ったか、帰ってこないということで、戻りましょう」

初日に、明日からにしようとなり、山南さんと平助は不満顔。しかし芹沢はさっさと戻ってしまった。

「きょうは下見で。まあ顔合わせとのいうことで。ここの払いは私が出しますよ」

と新見が払い、店を出る。

なんだ、芹沢って子供みたいな人だと分かった。




 翌日、芹沢、新見、平山、平間、野口、藤堂、山南、昨日のやり方では、うまくいかないと判ったので計画の確認をもう一度する。

「また同じ配置でいいのか?」

また芹沢がゴネるのは勘弁なので、見張り班と待機班に分けた。

つまり、遠くまで見える通りで確認して、最初の待機場所に行く班と標的を見送って、後をつけて挟み撃ちにする待機班に分けた。

寒さに不平を言う芹沢を店に入れ、山南さん、平助で段取ってしまおうと考えたのだ。


「隠れて見張り通りに立つ。大勢で立つと目立つので、数人で構わず。あとは居酒屋に待機。清河発見確認で、見張りは待ち伏せの所に移動して待機。見張り中の一人は居酒屋に行き、通報。居酒屋の前を清河通過でやり過ごしてから尾行。待ち伏せの所で、せき止められた清河一行に後方から突入。撃破」

 頷く一同。

「そのまま走り抜けて、畑を回り八木家へ戻る。審議や聴取にあった場合、今日は決して外に出なかったと口裏合わせて、浪士組の報告が終わるまで他言無用。よろしいな?」

 この山南さんと言う人は機転のきく人だ。これには芹沢文句は出来ない。

「向こうは帰ります。日にちが無いので2、3日で決めないと」

「だが拙者らは残留になるのだ。清河など斬る必要あるのか?」

「向こうは裏切り者ですよ。いいのですか放置して」

「そうだな。許せんな」

 この山南さんも人の心理を操るのもうまい。芹沢の武士の部分を突き、うまく乗せる。

「一撃で斬り倒します」

「承知」

「襲う時は必ず覆面か頭巾で顔を隠してください。ではかかりましょう」

山南さんも頭が切れるな、段取りから逃走経路までいう。作戦の立案に優れた人だ。




               4

「寒い」

「言うな。わかっている」

「あ、雪が降って来た」

見上げると晴天の空から数ミリの細かい虫のような雪が舞い降りてくる。

見張り班も一応隠れているが、見渡せる場所は当然風が吹きさらし。

芹沢が待機班になると、山南さん、平助、拙者は必然的に見張り班、外になる。

気のいい野口が、こちららに加わろうか?と言ってきたが、本隊は追跡、襲撃の芹沢の方、一人でも多い方がいいと待機班になって貰った。

「これは積もる雪だ」

手に取ってすぐに消えない雪を握りつぶす。

「いつもこれだよ。外に出ていると天候が崩れる」

ふてくされて平助が言う。

「またか。そんなに嫌なら伏見稲荷に行って拝んでおけ」

茶化すように山南さんが言う。

「あれ、キツネは天気雨の時だろう?」

「晴れているのに雪だ。キツネじゃないのか?」

「知らないよ山南さん。聞いたことない。しかし・・・・・・あーあ、これでまた酒盛りだ」

昨日のことを思い出しいう。


「平助、江戸はこんなに雪が降ったか?」

「どうだっけ。よくわからない。・・・・天気なんて覚えてない」

「朴念仁。季節を味わえ」

「何処でも同じでしょ。郷に行ったら郷に従え。天気なんか構わないです」

「意味が違うぞ」

「まあ、だいたいそんなもんです」

「寒い時、雪が降ると暖かくなるのだが京都はダメですね。寒いまま冷たい氷のような雪が降る」

「佐伯殿、京は天気も厳しいですね」

「京都は底冷えするから嫌なのですよ。その点大阪はいいです。こんなに近いのに大阪は雪があまり降らない」

「海があるからですか」

「そうだとおもいます」

「しかし佐伯殿、六甲から全て凍らす風が吹くでしょう」

「確かに。あの風は冷たい。しかし大阪は活気があって人が多いせいかあまり寒さを感じない」

「そんなもんですかね」

夜になると雪がさらに強くなって来た。

「よく見えなくなって来た。どうする山南さん?引き上げるか?」

「今日は仕方ないか・・・・・・・」

「・・・・・・・あ、前から人が来ます」

提灯が揺れて居るのを確認して、注意を促す。

提灯見て『菊の紋』。あれは御所から借りているものだ。清河たちが使う提灯である。

「来た。清河です」

「芹沢さんに伝えろ。手筈通り奥で迎え撃つ」

山南さんと平助は、最初の襲撃場所で待機して待つため、走って行った。


 俺は目立たないようにして速足で、芹沢達がいる居酒屋へ行き、店に入って伝える。

「きました清河です」

「よし」

店の中で待つみんな。通り過ぎる清河たち四人。

店から離れて通ったのと、雪のせい視界が悪くで、いまいち確認が取れない。

「とにかく、手筈通りに」

店から出て、清河達4人から離れて、背後に着く拙者たち芹沢班。大通りを曲がり、山南さんたちが配置しているところに近づいていく。

後をつけながら、差を縮めていると、急に芹沢が、

「おい、佐伯、これ本当に清河か?」

と、聞いてきた。

「何を?」

「確認してからでいいのではないか?」

「挟み撃ちにする。背後から襲い斬る。そして逃げるです」

「どうせ斬り殺すなら同じだ。確認してから斬ればいい」

「え、ダメでしょそれじゃ」

「間違った奴を斬るのは嫌だ」


 芹沢は覆面をかぶり、急に早足になって近寄ると「清河殿」と呼び止めてしまう。

清河たちに緊張が走る。

振り向かず進む清河たち。みんな刀の柄袋を解き、いつでも抜けるように準備を始めた。

「待たれよ。清河殿とお見受けする」

立ち会いかよ。暗殺じゃ無かったのか?向こうは?

立ち止まり、振り返る清河。やはり本人だ。

「たれか?」

「清河殿。お命頂戴いたす」

 なんだよこれ?暗殺でもなんでもない。果たし合いじゃないか

「待たれよ。名は聞かぬが何故うえ、こちらを狙う」

「しれたこと謀る賊を成敗するのよ」

「こちら朝廷の名を受けて仕事をして居るのをご存知か?」

「それこそが裏切りの証」

「ならばこちらに幕府の認可状を受けているのもご存知か?幕府の建白書を持っている」

 山岡、御朱印を出す。

「帝と幕府、両方に認められて仕事をする我らに裏切りとは合点がいかん」

その時、やっと段取りが違うのに気がつき、山南さんたちが来て、清河に襲い掛かる。

もう戦いの準備が出来ている清河は、背後から足音を聞いて刀を抜き、芹沢達に切りかかる。

受ける平山。しかし斬りあいにならず、隙間が開いた場所を清河が抜けて走り逃げる。

「あ、待て」

今度は山岡たちも刀を抜き、こちらを牽制しつつ、下がりながら清河の方へ向かう。

「清河は?」

山南さん叫ぶ。

「逃げた」

「どういうことだ?段取りと違う」

「追え、追うのだ」

芹沢が叫ぶが、逃げながら山岡たちが阻止するのに阻まれ、追えない。

「もう遅い。追ってはダメだ。こちらも逃げるぞ」

山南さんが叫び、みんなバラバラに逃げ出す。

茶番だ。こんな三文芝居見たことない。





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その日の未明、八木邸でみんな揃って話し合いが、もたれた。

開口一番、近藤が怒り、芹沢に詰め寄る。

「なぜ呼び止めたりしたのです。一撃離脱。戦いの基本ですよ」

「拙者たちは辻斬りじゃない。間違った人間を斬りたくなかった。雪が降って来て、間違って斬ったら恥だからな」

「暗殺に恥もくそもないだろう。そういう段取りで確認したでしょ」

怒っている近藤。

「あれでは、向こうに危険を知らせに言っただけだ」

山南さんも同調して、近藤の後押しをする。

ムッとする芹沢。

「どうして呼び止めたのですか?呼び止めて確認出来し、なぜ切らなかったのですか」

  今度は土方さんが優しく、質問する。

「山岡が一緒にいた。幕府の御朱印と帝の建白書を血で汚すわけには行かんだろう」

「今更何を。それを承知で、山岡ともども襲う計画じゃないですか」

収まらない近藤。

「ならば、これから新徳寺を襲ったらよかろう?それで裏切者、清河を打ち倒そう」

芹沢、イラつき出し吠える。

「そんなことしたら江戸浪士組200人と戦争です。芹沢殿。戦争を起こす気ですか」

 まずい雰囲気だ。仲間割れか、斬りあいになるか?

そこで落ち着いた口調で、土方さんがとりなす。

「まあ済んでしまったこと、先ないことです」

併せて山南さんも現状を語り、取りなす。

「まあ雪が降っていましたからね。念を入れたくなるのもわかります」

自分の不手際を承知しているので、会話が緩んだこのすきに

「どうもこういう姑息な手段は好きになれん。後はそっちでやってくれ」

と、出ていく芹沢。

それに続き、新見、平山、平間、野口も出ていく。


「逃したな。これで警護が増えるな。清河斬りは失敗に終わった。浪士組の乗っ取りも出来なかったか」

土方さんがため息をつき、足を崩す。

「言葉を交わしたので、大体、素性はばれているだろ。下手すればこちらが斬られる」

山南さんも困った顔になる。

「もう清河の前に出ることさえ、まずいかもしれない」

激昂していたかに見えていたが近藤は冷静に言う。

演技か。なかなか、こちらの三人はしたたかのようだ。

「飲むか?」

飲めない近藤はみんなをおもんばかり、言うが、

「いや飲む気にならん。近藤さん寝るよ」

みんなそんな気持ちに同感だった。


 離れの部屋で寝転んでいると斎藤に聞かれた。

「そんなにひどかったのか?」

「待たれよ清河殿。お命頂戴するだぞ。歌舞伎の言葉だ」

「それじゃどうにもならんな」

「しかし土方さんと山南さんという人、どちらも凄いな。あの人たちが副長っておかしくないか?なぜ山南さん、土方さんが局長にならないのか?」

「あの二人が局長になったら、ついていけない」

「なぜ」

斎藤、布団にもぐりながら、

「二人とも頭が良すぎる。それであの二人は種類が違うが、俺たちの数歩先を読んで進めていく。息がつまってこっちの身が持たない。少々大目に見てくれる人がいい」

そうだな斎藤は結構、ずぼらだから、先に先にの命令は無理か。

ただ拙者としたら、この二人は、気を付けた方がよい人物だと理解した。





            6

 

 京に将軍たちの一行がつき、二条城に入って行く。

攘夷を発動しない幕府が、朝廷と話し合うために200年ぶりに京都に来た。

それに伴い多摩の試衛館の門人。井上松五郎が幕府直属の在郷武士団「八王子千人同心」として従軍して京都に伴ってきた。

その井上松五郎が今、話題になっている江戸浪士組にいる弟の井上源三郎を訪ねて八木邸にきてくれた。

「大阪警護そして二条城将軍3月4日に入る警護」を、弟の源三郎と近藤と山南、そして土方に進行を伝え、合流することを促すが、

「京都守護職による残留認可と清河暗殺計画の失敗」によって、江戸浪士組に参加することも危ういと説明を受け思案する。

「なるほど清河・江戸浪士組との分離か」

「なんせ今、行けば清河に斬られるかもしれないほど悪化している」

「しかしまだ分離するな。まだ出てはいかん。いま出るとそれこそ不逞の浪人にされる。そうなると貴殿らは、脱藩浪士と同じに見なされて、取締りをされて斬られる」

「だがこのままだと身動きが取れん」

「守護職の水戸藩は残留嘆願書を受け取ったのだな。ならば幕府にも嘆願せよ。会津経由で確認を取ってもらうようにお頼みしてみる」

「京都守護職・会津藩藩主、松平容保様あてでよろしいか?」

「それぐらいはっきりしたほうがよかろう」

と、言われたようで、また違う展開からの嘆願書連名の要望が拙者にも回って来た。


「これを書いてくれ」

山南さんから出されたのは、またも血判状。もう何回、書いたかな。

「どうするのです?」

「今度は会津藩に出す嘆願書だ。血判状を作り同志として提出。届け出る」

見ると建白状になっており、江戸浪士組の不義を訴え、こちらの京都残留の許可願いが書いてある。壬生村浪士組届けといったところだ。

いいでしょう。こうなったら何枚でもかきましょう。と筆を取ると、

「やめるなら今だぞ。これを出すと今度は逃げられない」

山南さんが念を押して聞いてきた。

「修羅の道に入るぞ。我々は戦って生きていく道になる。佐伯殿は生活を求めていられるようだが、ここは考えた方がいい」

どうやら、バレている。

「斎藤はどうしました?」

「人のことはどうでもいいでしょう」

「そうですね」

でも書面を見ると斎藤ハジメと名前がある。残留だ。


「京にいたら、戦うということになります」

そうだその通り、京で戦うのは日常茶飯。それほどのことはない。修羅の道?そんな大げさな。命のやり取りは京都では当たり前だ。恐れるにたらん。今までうまくやってきたのだ。とにかく一応、ここは乗っておくほうが徳というもの。今更もう向こうの江戸浪士組には行けないのだろう。ならば今のところはこの流れに乗っておく。

名前を書き、血判をする。

小刀で左小指を指す。ちくっとして血が一雫出て来たのを指で伸ばし、自分の書いた名前の下に押してつける。これで拙者も浪士組の一員になった。




 3月14日、帰って行く清河たちを眺める。

八木邸で見ていると、みんなぞろぞろと、新徳寺に向かっていく。集合してからまた隊列を組み江戸に向かっていくそうだ。

 試衛館の中にも、知り合いが帰るそうだ。別の宿で寄宿していた多摩、八王子の天然理心流の人間たちだ。彼らはこれから多摩に戻り、天然理心流を続けていくため、京に残留はしない。

 ゆえに一切、こちらにも清河のところにも合流せず、幕府直属の在郷武士団「八王子千人同心」井上松五郎の命として帰って行った。

「八王子は任せておいてください。再び繁栄させますので、お戻りの際は歓迎できるように取り図ります」

 たまたま八木邸にいなかったため、道が違った同志。日野で庄屋をしている佐藤に、近藤が挨拶した。

「いや我らは、こちらで骨をうずめます。新たに師範を決めて進めてください。もし自分亡き後は、新たに総帥を立てるようにお願いいたします」

 近藤も深々と頭を下げた。そして4人の天然理心流の同志を見送った。


「いっちまった」

大丈夫か、こっちの残留隊。うまく行くのか?

「ごめん」

八木邸の前に豪華な籠がつき会津藩の本多四郎様が八木邸にお見えになった。

早々に嘆願書が回ったようで、京都守護の松平肥後守容保様から直々に使者が送られてきたのだ。

「早いな。いまみんな出ていったところだぞ」

よほど江戸浪士組に困っていたようだ。こんなに反応がいいのは珍しい。

「江戸帰還に反対した浪士13人が京都守護職にから治安組織として認定されたのだ」

 あまり感情を出さない斎藤さえも興奮しているようだ。

「預かりという身分だが、藩主自らの預かりとすると言っている。そのため呼ばれ会津藩松平様より直に御達しがあるそうなのだ」

「残ったこっちは、もう京都守護職の預かりに決定したのか?」

 これは当たりを引いたか?



 この頃、京は浪士が多かった。

朝廷から攘夷の発令が出ているが、攘夷をしない自藩を見限り脱藩。それが京に集まって、いつまでたっても攘夷をしない幕府を罵り、幕府を庇護する佐幕の人間を殺す暗殺を実行していた。

 そんな荒れている京都の治安を抑える必要があり、東側は会津、北は薩摩、西は長州、その他の各藩が集まって御所の各区域を警護しているが、駐留している地方よって、言語や文化の違い、そのために起きる文化的摩擦が喧嘩を呼び、それによる殺傷沙汰が増えて京都を混乱させる原因にもなっていた。

 それでこの壬生浪士組。その渦中のど真ん中で、喧嘩、殺傷を取り締まっていく役目をすようにと京都守護の松平肥後守容保様から賜ったのである。


「拝謁だそうだ」

「なんだと、藩主と会うのか?」

「まずは局長たちがお達しうける。そして俺たちを招くそうだ」

「え?拙者もいけるの?本当か。殿さまに拝謁?ありえない」

 そう藩主に直接会えることなどない。たとえ会津藩の人間であったとしても藩主に会ったことある人間が何人いるか。殿と会うというのはそれほど貴重なことのなのだ。それが拙者たちと会っていただける。

これはとにかく、こんな汚いかっこじゃいられん。着物を買わなきゃと思った。





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 会津藩は京都に藩邸を持っていないため、京都守護職会津藩本陣は御所から丸太町通りを東に、鴨川を挟んで東大寺通りの角にある金戒光明寺に本陣をおいていた。

寺であるため、謁見する広間はないので中に入ると大方丈謁見の間に通される。

中は金の襖が張り巡らされ、これは凄いところに来たと実感した。

 前に局長三人が並び、中央に副長山南と土方が位置して、そして隊士が並ばされた。

「おなり」という声で頭を下げていると、松平容保がおなりあそばし、上座に着座し、手前の襖が開く。

「皆の者おもてをあげい」

側近の従者が号令を出し、松平公への御目通りがなされる。

 おもてを上げるのはいいが、偉い方の顔を見てはいけない。ゆえに顔は殿に見えるようにするが、目を伏せ手前の敷物を見る。すると微かに殿の着物だけが目に入った。銀色の錦織で梅の花が咲き乱れている柄のお召し物だった。

 感動してよく覚えていないが、従者が書状を読みあげ、松平容保公の預かり、『壬生浪士組』と言う名がついたことを知らせた。


 そしてそのまま島原に招かれて、祝宴。

当然、会津の主催の宴会、島原で有数なお店の角屋にて、宴会になる。

会津藩・要人も交えて酒盛りになり、

「よいか?もっと人を集めて隊として充実させるようにお達しがあった。心して務めるように」

 と内内にお沙汰がされる。つまりは資金が出ることを伝えた。

これで金が入る。酒が飲めて女が抱ける。それでいい。拙者は残留してよかった。

「輪違屋から芸妓を呼べ」

 盛り上がってきた。そうだよこれだ。これを求めて今までやってきたんだ。拙者は。




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