第3話 斎藤の語りー1 自分の能力の低さを知る

 

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「やり過ぎだ。沖田」

 山南さんがたしなめると、平山と沖田さんがゲラゲラ笑って見つめる。

「逃げてんじゃねえぜ、まったくよ。・・・・・ありがとうよ。面白かった」

「いえいえ」

 ニコニコと落ちた木刀を拾い上げ、片づける沖田さん。

「相変わらす沖田さんは残虐だ」

 俺はため息をついた。

「白目剥いている。平助、手伝ってくれ」

 山南さんが応援を頼み、みんなで佐伯を抱えて室内に運ぶ。

 佐伯を奥の部屋に運び込み、布団に横たわらせ、目を見開いて、覗き込む土方さん。

「ハジメ。大丈夫か?こいつ」

「死んではいないと思います」

「そうじゃねえよ。使い物になるかと言う事だ」

「目録はもらっているので、なんとかなるでしょ」

「腕的にはそうかも知らねえが、こいつに人斬りが出来るのかという事だ。頼りねえんだよな。気組みがねぇ」

近藤さんの天然理心流が言う気組み。気構えとか根性と言えばいいのだろう。それが佐伯にないと言っている。

「大体、俺たちの中でも人を斬ったことある奴は、俺とハジメ。後は原田と平助ぐらいだろ。人が斬れるかなこいつに」

「こればかりは判らないですね。佐伯は基本的にお調子者です。乗ってくれば、何でもとても上手くこなすのですが、失敗すると弱気になり不貞腐れる時がある」

「そうか、なんとなく見た目でもそれは感じるな。予想は出来る。国は?」

「長州脱藩です」

「そうか、その上、知恵が回るか」

「弁も立ちますよ」

「食えねぇな」

 薄いうめき声と共に目を覚ます佐伯。

「気が付いたか?」

 覗き込み確認すると、沖田さんの突きで喉がやられて声が出ないようだ。

拙者はどうなった? ダメだったか? と聞くような仕草をして、口をパクパクさせているので

「入隊か?入隊は認められた。大丈夫だぞ」

と答えてやると、自分を指さす。

「拙・者・も?」

「大丈夫。今は人間が欲しいので、剣が使えれば大体、認めるそうだ」

「な・ん・だ・よ。立・会・い・殴・ら・れ・損」

 聞こえるか聞こえないか判らない声ながら、そんな文句をいう佐伯。

「まあ立会いはやらないと、こちらとして困る。簡単に死なれちゃ迷惑だからな」

 部屋の隅で聞いていた土方さんが答えると、自分たち以外が部屋にいたことに驚き、

「い・ら・し・て・い・た・ん・で・す・か・人・が・悪・い」

お辞儀をした。

「失・礼・し・ま・し・た」

「儀礼的だが入隊の式をやろうと思って、目覚めるのを待っていた。向こうに準備している。立てるか」

 土方さんが手を貸してくれると、それに佐伯はつかまりながら立ち上がり奥の部屋に行く。


 部屋には近藤、山南と沖田、永倉、原田、そして数人の試衛館の仲間がばかリだが、集まっていた。そして山南さんから説明受けた。

「形ながら説明はする。あとで聞いてないでは済まぬからな。本日、斎藤と佐伯の 両名は八木邸の浪士八番隊に一旦組み入れし、それで問題がなければ存続し、それを継続していくことになる。こちら、そちらに破断の意志が起きた場合、その理由を問い、双方で認めることが出来れば、速やかに離隊。以後、無関係になることが出来る。しかし理由なし、何も返答なき場合、ならびに一定期間接触が得られない場合は、脱走として扱い、処分いたします。よろしいか?」

 こちらは文句なく、俺と佐伯は頷いた。

「禄は月に三両。支度金二両。全部で五両、すまないが今渡せるのが金五両のみだ」

 土方さんが出した紙に小判が乗せられ、自分と佐伯の前に差し出される。

「え、こんなに?近藤さん、金は出せぬと言っていましたが」

「命をかけてやる仕事なのだ。そう心を決めた者に出さない訳には行くまい。それに支度金なのだが、その金で準備して貰いたい物が有るので出している」

「何ですか?」

「刀だ」

 ・・・・・・刀なんか持っている。だがそれを見越して近藤さんは続ける。

「持っているのに買えとは疑問だろう。しかしあえて確認してもらいたい。それで何人斬れるかと言うことを」

「・・・・・・」

 確かに今まで考えた事がなかった。

そうだな、これからは京で殺し合いが始まるのだ。みんなはもう決心がついていることを改めて、突きつけられた気がする。

「この家の当主・八木源之丞殿より依頼して刀匠にて新刀を製作していただく。その金額が金四両。製作の意思を訪ねたい。作るか?」

 実際、町で上質ではないが、刀などは一両(13万円)で、手に入れることが出来る。それなのにあえて新刀を作りに頼むとは。・・・・・・少し興味を引いた。

「ちょっと見せてもらっていいですか」

 そういうと懐かしい試衛館の仲間の一人、井上源三郎さんが腰から鞘ごと抜き、渡してくれた。それを受けとり抜いてみる。

刃渡りの長さ二尺三寸(69センチ)で、一番多い長さの刀だ。見た目の綺麗さより強度をあげて、豪快な作り。反りが少なく抜きやすい形をしている。

江戸初期に作られた『新刀』。そして最近作られて始めている『新新刀』だ。その新新刀の一本。

「抜刀に優れている刀ですね。作者は?」

「二条小川角に住む刀匠・山田一郎」

 鈍い光。武骨だが命を預けられそうだ。迷わず、

「この剣を買います。お願いします」

 そういって紙に乗っている五両から一両外し、四両(約53万円)を近藤さんの方に押し出した。

「承知した。佐伯殿は?」

「拙者は今持っている刀で足りています。それより多様な支度のために、金がいり用で、そちらに回しとう思います」

「そうか。了解した」

 佐伯、金を受け取り、小判の下にある連名書に名前を書き、金を懐に入れる。

俺も近藤さんの見ている前で、紙に自分の名前を書き小遣で指をさし、血判。

「これからハジメ。頼りにしている」

 近藤さんの目を見て、うなずいた。

「しからば、今日は引き取られ、数日中に、こちらにはいられよ」

 山南さんの締めの言葉で、お辞儀をして俺と佐伯は立ち上がる。

「佐伯殿」

 去ろうとする俺たちに、改めて土方さんが念を押す。

「家があるのなら、そこから通いでも結構。しかしこちらに入られたら、毎朝集合、点呼が必然になります。もしも夜明かししたとしても、毎朝、ここに来られることを厳守と心えていただきます。よろしく」

「判り申した」

 佐伯と一緒にお辞儀をして部屋を出た。





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 外に出ると、もうすっかり陽が翳り、夕方になっていた。

陽が落ち始めたせいか、寒さが増している。佐伯と一緒に出て、京都を東に向かう。

京都御所から南に下がった所に、聖徳太子ゆかりの六角堂という寺がある。その近くに『からす丸』という池があり、そのほとりに聖徳太子流の道場がある。

聖徳太子流の道場というのは、江戸時代、望月定朝という者が聖徳太子の夢を見て、この教えをみんなに伝えなくてはと創設した道場。ゆえに聖徳太子が説いた学問を伝える道場で、武術と軍法を教える所である。

壬生からは少々遠い。これからそこに戻らなくてはならないので、少し速足にして壬生村を抜けていく。

「いいのか斎藤。浪士組になってしまっても?」

「やるしかないでしょう」

「・・・・・・本気でやるのか?斎藤」

「どうした?何か気になることでも?」

「いや斎藤は拙者とは違い、師範代でやっていけているのに、何故わざわざ参加する?」

「知り合いのために、・・・・いや、違うな。・・・・・何かをしたいのかな?」

「攘夷か?」

「当然、攘夷だろう」

「そうだな。拙者も攘夷のために頑張るのだ」

 力を込めて言う佐伯の顔を眺めなら、思った。

佐伯は嘘を言っている。そんなこと全然思ってないだろう。佐伯は自分が生きることしか関心がないと思う。でもそれは悪いとは思わない。・・・・・・俺の本当はどうだ?

 攘夷?俺もそんなこと考えていない。自分もどうやって生きるかが一番大事なことだと思っている。ただ外に出て自分の腕を試したい。これが本音だ。

剣で生きるには、無論、人を殺すことになる。

 一年前、俺は初めて人を殺した。その代償は江戸からの夜逃げ。そして別人として別の場所で生きていくことになってしまった。

おかしい。侍は剣で生きるのではないか?それなのに剣が使えないなんて。何の為の剣術だ。ならばやってみたい。剣を使って生きていくことを。人を殺して生きて行くことを。


 京に何かとてつもない流れが起き始めていると誰もが感じている。しかしその先が解らない。そんな時に江戸から200人という武士の集団が来た。しかもその土方さんや試衛館が居る。これから俺の進むべき道が始まるのではないか?。きっとこれが勝負の時なのだろう思ったのだ。



 聖徳太子と深く関わりのある六角堂の境内を抜け、さらに東に抜ける。

道場はそこにあり、その裏に塾生の寄宿舎がある。佐伯と二人、そこに戻った。

「おい、斎藤。これは館長に挨拶に行かなくてはいけないよな」

「当然だろ」

 とにかく道場に行って館長にあい、事の顛末を話して許可を得なければならない。

道場に入ると館長である吉田師範の部屋に報告に行く。

「どうでした?壬生は?」

 さすがに情報が早い。今日、自分たちが行ったことを知っていた。弟子の誰からか、聞いたのだろう。

「すみません。何も言わずに他のところに行って」

「狭い京です。それもここは軍法を学ぶ道場です。情報収集能力は長けていますよ。ホホホー」

 嬉しそうに笑う吉田館長。ここはこの館長の優しさで出来ている。この館長は、俺みたいに人を殺して逃げてきた奴や、大阪からのびて来たような奴さえも受け入れてくれる心の広い人なのだ。

「それで拙者、斎藤ハジメは浪士組に合流したいと思い、お暇を頂きにまいりました」

「やはりそうなりましたか。予想はしていました。いい判断だと思います」

 館長は茶を進める。そして足を崩すことを許す。

「これから京は荒れるでしょう。それは私も感じていたこと。ここ京で新しい道を 切り開くのは素晴らしいことです。師範代が居なくなるのは痛いが、旧知の仲なら仕方あるまい。存分に働かれることを願います。ただ君は求めるあまり頑固になる時がある。そして叶わぬと怠惰になるときがある。それには気を付けなさい」

とても優しい吉田館長の言葉にお辞儀をする。

「佐伯も行くのか?」

「はい私も京の治安のために働きます」

「斎藤を助け、しっかりと働けよ」

 お辞儀をする佐伯。懐から金二両を出し、館長に差し出す。

「二両返します。残りはまたいずれ払います」

「殊勲だな佐伯。その気持ち忘れるでないぞ」

しかし受け取らず押し返し、

「餞別だ。持っていきなさい」

「ありがとうごさいます」

「それでいつから行くのか?」

「荷物をまとめて、明日には入るつもりです」

 俺の言葉に、嬉しそうにうなずく吉田館長、どこまでも優しい。


 道場裏にある住み込みが使用する『離れ家』に戻り、荷物をまとめた。

自分を慕う門下生たちに片づけを手伝ってもらい、欲しいという物は門下生にあげて大部分の荷物を処分した。

佐伯もさっさと自分の荷物を整理して

「それでは、まだ人に会う用事があるため先に出ます。お世話になりました」

 頭を下げて出て行く。さっぱりしている。

「大丈夫かあいつ。師範代、あんな奴でもやれるのですか?」

「さあ、まだどうなるのかもわかっておらん。まあ佐伯は佐伯で考えを持っている奴だから、自分でやっていくと思う」

「斎藤師範代。しばらくしたら、見に行ってもいいですか?」

 他の門下生が聞きにくる。

「やはり気になるか」

「ええ、京都はこれからもっと戦いの場所になりそうです。ならばうまく立ち回り、我らも成り上がりたい。それが今のみんなの気持ちです」

「そうだよな。俺たちは武士になりたくて剣術をしてきたのだものな」

 みんな、俺の目を見てうなずいた。


 俺もそうだった。一年前に京都に出てきた時は、『攘夷断行』と息巻いていたが、周りにはそんな奴らばっかりで、毎日議論、討論で明け暮れていた。

京は、とにかく情報が入るので最新の情報を仕入れ、情勢を的確に捉えて意見を交わし、一端の攘夷志士に成ったつもりでいたが、周りの志士たちは思想のやり取りで孔子孟子の言葉を引用したり、行動やこれからの展望などの意見交換では水戸流や松陰流などの教えで理論武装をし、俺よりも数段上手に話をする。


 元来、俺は頭が良い方ではない。そして思考も、最善策を求めるために、考えてしまい、即決で結論を出すのが苦手だ。一種の優柔不断と言うやつだ。その上、楽天主義のため感激すると過大評価する時があり、心外だが、たまに嘘つきと言われる時もある。そんな奴が議論で勝てるはずない。早々に諦めた。


「議論では勝てん。俺は剣で生きるべきだ」

 そう切り替えて、聖徳太子流に入り、懸命に師範までなり、剣でなら何とかやっていけそうと思い始めていたが、やはりこちらでも勝てない天才たちがいた。

人斬りと呼ばれている薩摩の中村半兵衛や土佐の岡田以蔵たちだ。

「殺気が今まで見た事ないほど、ほとばしっている。巨大な気組みの塊」

 まるで獣。それも強い熊のようなどう猛な殺気をまとっていた。

「こいつらに勝てない」

 人の強さは一目見たときわかる時がある。それは恐怖と絶望を俺にもたらした。



 


              3


 翌日、荷物を持って壬生の八木家を訪ねてみると、みんなで出払って留守だった。

「浪士組の方は、今みんな新徳寺に出かけております」

とても優しそうなご亭主が出てきて対応してくれた。多分のここの当主、八木源之丞さんであろうと思える。まだ若いが恰幅が良く如何にも地主という姿をしている。

「なんでも朝廷はんから拝命を受けたとかで、いま皆さん、集合しています」

「そうですか。なら出直します」

 と、出ようとすると、京都人らしいおもてなしの微笑みを見せ、

「新しい方ですよね。聞いております。おあがりやす」

と、招きいれてくれた。

「お荷物は奥の離れにでも置いて来たらよろしおす。座敷で、ぶぶでも飲んでみなさんをおまちしましょう」

 離れの部屋に案内してもらう。

布団が畳んで片づけられて、横には各自の荷物が置いてある。見回すと何処も隅から取られており真ん中しか空いてない。その中で綺麗に畳んである布団を見つける。

「たぶん平助だろ。几帳面だ」

 その横が開いているので荷物を置いたが、自分の逆となりは、ぐちゃぐちゃ布団、

「こっちは原田さんか、・・・・・どうする?まあいいか」

「そこに置いておけばいいですさかいに。・・・・・・あ、そうや。山田はんの刀を頼まれていた方ですやろか?」

「刀匠の山田一郎さん。ええ、そうです」

「そうや、拵えをお聞きしたいとおもってましたのや。今の内に、済ましてもよろしおすか?」

「ええ喜んで」

「ならばこちらにどうぞ」


 通されたのは蔵の中。そこに畳が敷いてある部屋があり、厳重に鍵をされている刀箪笥がいくつも並んでいる。その一つを開けて一番上の段から一振りの剣を持ってくる。

「刀匠 山田一郎作。新新刀でございます」

 白鞘から抜き出し、刃をまた確認する。太くて強さを感じる刀だ。

「こんないい剣が四両とは安い」

「確か居合もなさると聞いていたのですが、柄はどのくらい長さにします?」

「八寸八分、張りはサメ、巻きは組みひも真田紐の黒で。薄く巻いてください。そして鍔は薄く小さめ。目貫は逆目貫で」

「また長いですね」

「ええ掴みやすいように柄を長くしています。その代わり巻きを薄くして細くします。細い方が軽くて握りやすく扱いやすいので」

「なるほど、ならば刃の溝を深くしますか?軽くなりますよ」

「いえ強度が減るので、このままで」

「武骨な剣です。少々は耐えられます」

「粘度がわからないで、しばらく使ってから考えます」

「粘度か。面白い言い方しますね。曲がるか曲がらないかということですか?」

「そうです。粘度が高いと折れにくくなるのですが曲がるので」

「中々、剣が好きなようだ」

「まあ自分の命が掛かっていますから」

 八木さんは楽しくなってきたようで、刀箪笥から別の刀を持ってくる。


「こちらは今日、預かりに置いて行かれた刀です」

 ニコニコと微笑み、ちょっと太めで短めな刀を持ってくる。

鞘の塗りと鍔や頭の拵えを見ただけで、相当高い刀だと判る。そして鞘を引き上げ抜いて見る。

「他の皆さんも何振りかお持ちなっておられて部屋に置いとく訳にも行かずこちらであずからせて頂いてます」

刀をこちらに置く。

「見ていいのですか?」

「どうぞ。保管を任せてもらうのを条件で、ここで誰が見てもいいとお許しを得てます。目の保養ですね」

「目の保養」

「剣を扱うものなら、銘品、駄作。色々見て知っておく必要があります。ですからそれをお許しもらう、これが保管条件です。どうぞ愛でてください」

「なるほど」

 刀を抜く。

「これは・・・・・・」

 抜くと一本、ソリも波紋も少ない。刃だけの刀。

「やはり同田貫。凄い。まるで出刃包丁の大きい奴だ。これは誰の保存で?」

「これはさる藩の家老からの預かりです」

 ギラギラ光る刃先。持っているだけで切れそうで、震えが来る。

「いやーほんとうに目の保養ですね」

「ほんまもんの刀好きでいらっしゃる。気が合いそうでうれしいですね」

そうしているうちに母屋で、人々の喋る声が聞こえる。みんなが戻ってきたようだ。

「お戻りになられたようで」

「ありがとうございました。また寄らしてもらいます」

「いつでも、いらっしゃい」

 刀を収め、八木源之丞・当主に渡し、蔵から出る。


「ご苦労様です」

「お、ハジメか。来ていたのか、ご苦労。しかし・・・・・・無駄足だったな」

 玄関で待っていると原田さんが入ってくるなり、離れに向かい去ってしまう。

「?」

 みんな戻って来るが、一様に不機嫌。誰も笑っておらず。雰囲気がちがう。

なんだろう?なにか異常な緊張感が漂う。

試衛館時代の一番仲のいい、同じ歳の藤堂平助を見つける。平助は草鞋を脱ぎ、他の人の分も横にずらして片づけていた。一番年下というのもあるが、藤堂平助という男は、礼儀作法をちゃんと心得ており実践する。

「どうした平助。何かあったのか?」

「ハジメ。・・・それが・・・・拙者たちは、すぐさま江戸に帰ることになりそうだ」

「なんだ?来たばかりで帰るのか?」

「ああ、今、帝からお達しがあったそうだ」

不満顔で平助がいう。関心がなさそうに永倉さんがカマチから上がりながら

「そう京都で攘夷じゃなくて。江戸でやるのだと。いや厳密には横浜のイギリス館に集まった奴らを攘夷で追い払うそうだ」

と言うと、原田さんと同じように去って行った。

「なんだそりゃ?どういうことだ?」

「清河だよ」

 最後に入ってきた山南さんが来て説明をしてくれた。

「今、壬生にいる浪士を一同に集め説明を始めた。今回、上洛した目的は攘夷の実行。それを命令してもらうため、帝に建白状を出し、受理されて拙者たちは帝の兵になったのだが、今朝、朝廷からの使者が来て、攘夷の先駆けとして横浜のイギリスの居留地を攻めて、攘夷断行の命を賜った。・・・・・・これは行かずにいられない。帝の勅命の攘夷だからな」

「おかしいじゃないですか。確か、皆さんは将軍が来るので、京都と治安維持のために来たのですよね」

「その通り、だからみんな戸惑っているのさ。朝廷の兵か、幕府から雇われているか」


 江戸に行くだと?話が違う。俺は行けない。江戸には戻れない。

去年、俺は江戸で人斬りして旗本を殺した。たとえ辻斬りという犯罪者でも相手は旗本。当然今でも詮議は続けているはずで、探索も行われていると思う。

そこに戻れば俺は捕まり『旗本殺し』の重罪で懲罰を受ける事になる。

「皆さんは、どうするのですか?」

「今、近藤さん土方くんが、沖田や源さんと一緒に話し合っている。・・・・・・では、拙者も状況を聞いてくるとしようか」

 山南さん、奥の部屋に向かって歩いて行った。



 他のみんなのいる居間に行くと、昔の試衛館時代のように、みんなゴロゴロと寝転んでいた。

「本当に京から出ていくのですか?」

 と問いかけると、当然のように原田さんが答えた。

「仕方ないだろうな。もう勅命が下りてしまったからな」

「浪士組200人全員なのですか?」

「判らん。拙者たちに権限はない。この後、どうすればいいのか、さっぱり考えつかないな」

 みんなを見回すと、不満そうな顔。みんな原田さんと同じ意見なのだろう。

「やめだやめだ心気臭い。なるようになる。それよりハジメ。拙者たちは京に来てまったく遊んでおらん。どこかに連れていけ」

 永倉さんが立ち上がり、出かける準備を始める。

「そうだ遊ぼう。京都に来て遊ばすに帰ってたまるか。案内しろ。祇園か島原」

 平助も懐から財布を出し、金を勘定し始める。

近藤さんたちの話の結論が気になるが、ここで待っていてもしょうがない。とりあえず出るか。


「平助いくらある?」

いつも腹減らしの原田は、買い食いが多いので、自分の懐に自信がない。

「平助に金なんてあるわけきゃないだろう」

永倉さんが笑う。平助は結構一人で女漁りでうろついているのを知ってるからだ。

「安いところにしろ。だけどいい女がいる場所だ、酒付きな」

十分承知している平助が注文をつけてくる。

 無理を言いやがって。そもそも貧乏人が花街、島原や祇園で遊べるはずはない。

一応壬生から行けば島原が近いので出てきたが、ここの料金は高い。どうする?まあ、ここは、とにかく行くしかないだろう。





              4


 歩きながら戸口を見ると「一見さんお断り」の紙が貼っている。

「どうなっているのだ京都は」

 原田さんは、入りたくても入れないので苛立っている。

「原田さん。これ別に一見でも入れますよ。そう書いておけば、嫌な客は入れずに済みますから。特に壬生から近いから、這っているのですよ」

そういう仕組みかと納得する原田。

「酷いところだな。京都は。いくつもの罠が仕掛けてあるのだな」

 いや今まで馬鹿な奴に、荒らされたための予防線なのですよ。と説明してもわからないだろうな。なんせ京都は400年の歴史から作り出された対応法なのだろうから。

「入りますか?永倉さん」

「いやいい。そういう卑劣な奴のところで、遊んでも面白くない」

「ハジメ。何処に入ればいいんだよ」

「こっちは行けるか?」「ここはどうだ?」

 みんなに聞かれるが、俺もそんなに遊んでいるわけじゃない。あまり知らない。無難な、聞いたことある店で構わんか。と踏ん切りをつけて

「こっちです」

 どうせ、お登りさんなのだ。どこでもいいだろうと、大通りに面し、人が多く出入りしている店を見つけ、構わずそこに入る。

「はい。四名様ですね」

「女、それと酒を頼む」

「お二階にどうぞ」

 あっさり通された。こんなものだ。

「こちらです」

 案内されて上に登ると、六畳ぐらいの広さのこじんまりとした部屋。落ち着いた調度品と掛け軸、一輪挿しなど、雰囲気はいい。

「良いとこだが、高くないのか?」

「普通だと思いますよ永倉さん」

「足りるか?」

「いまさら言われても永倉さん遅いよ。もうここで飲むから」

 仲居二人が酒を持ってきた。女は二人に一人のようだ。

「数が足りない」

「まだ待て平助。注文すれば、そのうちやってくる」

「へえ、追加どすか?そのうち来ますよって、どうぞ」

 酌を始めるので、ちょっと不満そうだが酒を飲み始める平助。

本当にこいつは女好きだ。特に酒を飲むとどんな女でも口説く。前に近藤さんの妾を口説いて、叱られていた。


「しかしなぜすぐに横浜に戻れと?」

「生米事件でイギリス人を斬ったろ。その賠償を求めてイギリスの兵が多数、上陸して集まっているようで、怖がっている民衆が騒ぎ出したらしい」

「そんなの江戸から人が行った方が近いのでいいだろうに。まだ江戸には武士がいっぱい居るのだから」

「京都の守護職の人間に、帝は頼まれたのだろう。このまま拙者たちが京に居座ると、もっと多くの不詳浪士を作るかも知れない。だからそうなる前に横浜に行けとなったのだと思う」

「永倉さん鋭いですね」

「拙者だって考えるさ」

「あれ?山南さんが同じ事いってなかったでしたっけ?」

 平助が茶化す。

「今回の目的は京都の治安維持。朝廷もそれをのぞんでいる。だから横浜へ所払いだ」そういって

 そういって笑って酒を飲む原田さん。

「まあ幕府が驚いて、朝廷に江戸に行くように命じて貰ったのが真相だろう」

 永倉さん、原田さんが言う通りだろう。

「幕府の金を使い、京都の目的は朝廷への忠誠。これじゃ幕府の面目丸つぶれですね。・・・・・・しかし残念ですね。お別れです」

「ハジメは江戸にまだ戻れないものな。旗本を切った『旗本殺し』だからな」

 平助が、俺を犯罪者よばわりしてきた。

「平助お前も一緒に斬ったじゃねえか」

「拙者が斬ったのは、付き添いの足軽だ、だから詮索なし」

「なんだ。そのことでハジメは、突然京都に行ったのか?」

「知らなかったんですか原田さん?遅いですよ。ハジメは旗本殺しです」

「あれは『天誅辻斬り』が、たくさん起きたので、それを逆に斬ろうと四谷で張り込んでいたら、出くわしたので・・・・」

「そう辻斬りを斬ってみたら旗本だった。それで次の日には夜逃げ」

 笑う平助。

「飛び掛かる順番が違っていたらおまえだったのだぞ」

「本当に、何やっているお前らは」

 笑うみんな。

ああーいい。これから、こんな風に楽しくやっていけると思っていたの、みんな帰るなんて残念だと思う。


 しばらくそんな談笑をしていると、慌ただししくと階段を上がってくる音がする。

「どこだ?一番いい部屋にしろ」

「酒を持ってこい」「女を10人呼んできな」などと大声で騒いでいる。

「うるさいな、隣は」

「お仲間じゃありませんの?おとなりさんも皆さんと同じ、江戸から京都に来たお侍さん方々ですよ」

 さすが早い。そうだった。京都は情報が命で生きてきた噂の町。もう拙者たちの素性もばれているようだ。

隣の声を聴いて永倉さんが気付く。

「あれ、この声。これ、芹沢たちじゃないか」

「そうどす。芹沢さんどす」

「あの壬生村の?よく来るのか?」

「へえ、この辺は毎晩どこかで飲んでらっしゃります」

「羽振りよろしおすえ」

「今日は向こうも、やけ酒か」

 永倉さんが、ふすまを開くと廊下を丁度、野口が歩いていく。

「野口」

「おう、永倉殿か」

「奇遇だな。もう飲んでいるのか」

「いやまだ、女を呼びに行っているところで」

「来たばっかりにしちゃ、もう出来上がっているようだが」

「向こうで一軒、回ってきました。待ってもなかなか女が来ないので出入りの良いここへ変えて飲み直しです」

「羽振り良さそうだな」

「ええ廻っています。・・・・・・シケているなら、こっちに来て一緒に飲みますか?芹沢さんに聞いてもよいですよ」

 永倉さんが振り返って聞いてくる。

「どうする?金、持っているらしいぞ」

金の心配していた原田さんと平助が喜ぶ。

「みんなで飲んだ方が楽しいでしょ。お願いしますよ」

「行くか。・・・・野口。聞いてくれ。よければそっちに移る」


 隣の部屋は20畳もあろうかという大広間。芹沢たちは5〜6人なのだが、広く使っている。

他から連れてきた女を3人ほど連れており、三味線を弾かせ、舞を踊らせている。

「これは珍客。永倉殿、どうぞこちらへ。同じ八木家に住んでいるのに、お話はあまりしませんでしたな」

 俺たちが中に入ると、こちらで一番、年上の永倉さんを上座の自分の隣に招き寄せ、合同の飲み会にしてくれた。

「左様。この終わりになって、相席になるのも何かの縁。今日は飲みましょうぞ」

 こちらに来た女たち二人に酒を持ってこさせて合流してきたので、まだ足りないが部屋が一挙に華やいだ。

「これは凄い。拙者が求めていたのはこれだよ」

 平助が、満面の笑みで芸子の名前を聞いている。

「こちらはいい男。どうぞ」

「まあ手酌で結構、気を回すな」

 原田さんは、こういう時にカッコをつける。本当は女好きのくせにカッコ良いと見られたい。

 そんなみんなを面白がって見ていると、芹沢さんたちの一番年配の人に徳利を傾けられ、お酌をされる。

「見かけない方ですね」

「あ、拙者、明石浪人、斎藤ハジメと言います。六角堂お池ほとりの聖徳太子流の道場で師範代を務めせて頂いております。本日から合流させていただきました」

「ほう聖徳太子流の師範代とはすばらしい。拙者、昨州浪人・平間重助でござる。浪士組にいます。以後お見知りおきを」

 芹沢がふと思い出し、永倉さんに聞く。

「先ほど、最後とか言っておられたが、何のことでござるか?」

「いや横浜にトンボ帰りなので、せっかく上洛しても何も出来なかった悔しさを晴らすために、今日は最後とやけ酒をあおっている次第で」

「ああ、清河のことですか。笑止千万」

「・・・?」

 永倉さんの斜め横に座っている新見が言い放つ。

「拙者たちは帰りませんよ」

「え、どういうことです?数日中に朝廷からの命を受けて横浜に出立することに」

「誰が、朝廷から命を受けたのですか?」

「・・・それは清河殿が」

「奴の名前、我々の署名した建白書に名前ありませんよ。やつは我々の仲間ではない」

 馬鹿にした口調で新見が言い捨てる。

「策士。拙者たちを操ろうとする魑魅魍魎の類です。だれがそんな奴の言葉を信じるものですか」

 驚く試衛館の人間たち。

「それに、来たばかりでそんな帰るなんて面倒だ。しばらく居ると京都守護職と話して、今、内定を取り付けて来た」

 高らかに笑う芹沢。

「どういうことでしょう?」

「拙者たちは将軍が上洛するために来た。その将軍がもう入って来るのだ。警護や鎮圧をやるべき人間が清河一人に振り回されて、ゴロゴロと壬生で転がっている。しかし誰かがその仕事をしなくてはならない。そう考え京都守護職の水戸藩に拙者の兄じゃがいるので打診してみたところ、やはり将軍を守るという兵を探しており、こっちにこないかと聞かれて、今、会ってきたところだ」

「こちらも金が尽きてきたところだ。何とか稼がなくてはな」

「しみったれたことを言うな平間」

「申し訳ございません」

京に残留。

 永倉、原田、藤堂、互いに目を合わせた。それが出来れば、こんないいことはない。

みんな試衛館を出て、京に骨を埋めるつもりで来ている。江戸にはもう戻りたくないというのが本音だ。

 これからどうするか?今、近藤さんたちが話し合っている。それが芹沢たちと同じように残れるとなれば・・・・・・しかし、誰もその言葉を言えない。武士として、さもしいように思われるは嫌だからだ。ならば・・・・・・

「芹沢殿」

「たれか?」

「初めてお目にかかります。江戸の時に試衛館に仲良くしていただいていた斎藤ハジメといいます。本日から浪士組に合流させていただきました」

「おう貴殿は、聖徳太子流の師範代。剣術立会い見せていただいた。なかなか稽古が進んで良い太刀捌きでした」

「おほめに預かり、恐縮です。それで今の話ですが、質問よろしいですか?」

「なんなりと」

「京都にて将軍警備なのですが、まだ人材を求めているようですが、拙者などが参加してもよろしいのでしょうか?」

「まだ多くを探しておるようだ。貴殿のように腕が立つなら向こうも喜ばれると思う」

「それに京の町も詳しい?」

 横から新見に聞かれ、一番喜びそうなことを答えた。

「ええ、皆さんに酒、女、博打、を案内できるくらいは馴染んでおります」

 新見も芹沢に聞かせるように助け船を出してくれたに違いない。頭の切れる男だ。

「ほほう京都に詳しい。ならば一緒に働けるな。聞いてみよう。永倉殿もどうだ?人は多ければ多いほどよろこばれそうだ」

 色めき立つ試衛館の人間。

「ぜひに頼みたいところですが、同志・近藤や土方の意見も聞かないと」

「宿も同じなのだ。それでは明日話し合いますか」

「ありがたいです」

「では飲もう」

 平助、芸妓から三味線を受け取り、『春の舞』を弾く。

「まあ、このお侍さん、すごいですわ」

「まあ遊び程度ですが」

 このなんでも出来るところが平助の凄さ。

「よし、舞妓踊れ」

 芹沢は、上機嫌で舞妓を踊らす。





              5


 壬生には浪士組が泊めてもらっているいくつか宿泊場所がある。

ここ八木邸の他、向かいの前川邸。南部邸、更雀寺、中村邸などなどで、200数十人が寝泊りするため、住民の家に居候させてもらっていた。

それで八木邸だが、今まで芹沢などの脱藩水戸藩の人間と、江戸試衛館の人間たちと共に寝泊りしていたが、上京の途中に少々諍いがあったため、共に干渉を避けていた。

 ただ新道無念流の永倉さんだけは、水戸藩と同じ流派だったので話をしており、特に気さくな野口は永倉さんと気が合い、この宿割で一緒になってから頻繁に話す様になっていた。

 一つは水戸藩から来た芹沢、新見、平山、平間、野口。

もう一つは試衛館の近藤、土方、山南、沖田、永倉、原田、藤堂、井上。

そして俺、斎藤。

八木家の奥の襖を外し、広くして集まって話しをする。


「京都守護職は集まって各藩の人間が互いに共同警備しているのだが、実際、兵を出して治安維持に勤めているのは数藩しかいない。そしてどの藩も金が無く、これ以上の増援が望めない。今回の清河の裏切りにより、再び京都の治安維持が難しくなるので、早急に人員を確保したい状態に陥っている」

 常に先を読み、頭のよさそうな新見から話した。そのあとを芹沢が繋ぐ。

「こちらはそれを見越し、手伝いを申し込み、京都残留を申し入れると、すぐに認可の返事がきた。しかしである。参加になっている人数なのだが、現在この5人しかおらず少々心許ない。同じ八木邸。そちら9人ほどおられ、そちらも一緒に参加して貰えれば、数的には十三人ほどの集団となり、しいては小隊の形として揃うので、一緒に残留して手助けする隊に参加してもらえないかという誘いなのだが、いかがですかな」

 芹沢の語りかけに答える形で山南さんが確認する。

「京都守護職の隊ですか?」

「いや守護職は各藩の寄せ集めのため、賄うことは難しいと思われる。この案件、幕府、将軍家のことになりますので、守護藩の薩摩か会津藩の預かりになるのが妥当だと思われます」

 新見が即答する。

「なるほど、それなら納得できるというもの。是非に進めて頂きたいものです」

「他の方もよろしいですかな」

 新見、見回すと、誰もが頷く。

「それならこれより忠誠隊。いやこれは仮のなまえであるが、自らの信ずる誠を尽くすために隊を発足させていただきたいと思う」

新見は刀を少し抜き、刃を見せる。それを見てが同じように刀を少し抜く。

「きんちょう」

 新見の言葉で、全員が刀を閉じる。鍔と金具当たり、キーンという金属音が響く。

全員の音がなった。確かに私は「約束しましたの証」として『きんちょう』をした。


「血判をして京都守護職、京都にいる水府藩公用方、芹沢鴨の兄である木村殿のところに提出する。多分認可は降りるはずだ」

 なるほど、隊になって申し込むということなのだ。

「ならば隊として形を決めたいと思う」

 再び芹沢が発言してきた。

「隊長として芹沢鴨。隊長は拙者で異存ありませんな」

ここが勝負の時の様だ。誰が主導権を取るか提示してきたのである。

すかさず土方さんが発言した。

「確かに実力、功労について芹沢殿をおいて他にありません。しかしこちらも九人という人間が参加する手筈にあります。こちらの近藤も隊長として認めてもらいたい」

「何を言っておる、隊には隊長一人だけだ、そんなのは認めん。隊長のみに決まっておろう」

「いやそれではこちらの形がつきません。是非にお願い申す」

「わからん男だな。主君はただ一人。それでなくて統率が取れなくなくなる。無理だ。この芹沢鴨に任せればよいのだ」

 そこで優しい口調で山南さんが提示してくる。

「まあまあ主君というのはこの場合、当てハマリません。みんな同志として集まっているので同列とみなし、主君は京都守護職として隊長の称号は使わず、合議制の局、局長として使用するのはいかがでしょ」

 うまい。土方さんが怒らせて、妥協案を山南さんが出してきた。

「筆頭局長は無論、芹沢殿。そして次局として近藤ということでどうでしょう」

 とにかく芹沢は一番が好きな男だ。山南さんの言葉に筆頭であるならいいと思ったようだ。

「うん。それなら、もう一人、新見を局長として入れて欲しい」

「はい、それは合議制です。二人より奇数の方が決定は出やすいですね。芹沢、近藤、新見の三人局長でよろしですかな?」

 山南さんが見回すと、頷くみんな。

「それでは雑務など担当する副長は、この私と、そこにいる土方で、このまま進めさせていただきますが、よろしいですか?」

「ああ、構わんよ。勝手にやりたまえ」

「それでは、これより副長として山南と土方が務めます。よろしくお願いいたします」

 副長に決まった土方さんが素早く紙と墨を出し、山南さんが水戸流の綺麗な文字で、京都守護隊務連名と書き、そして局長とまで書いて芹沢に回す。

 芹沢気持ちよく、その下に名前を書く。山南さんそれを引き取り、近藤さんへ。

近藤さんも芹沢の横に連名で名前を書く。そして新見に回す。

 新見、何故か一瞬考えるが、名前を書く。

それを受け取ると行を改めて間を作り、副長と書き、その下に山南さんは自分の名前を書いた。その横に土方さんも連ねる。これで体制が整った。

 後は横に回し、少し間を開けて沖田さんから順番に名前を書いて行く。

そして最後、俺のところに回ってきた。

京都に来てから使い始めた名前。斎藤一。

初めて連判に名前を書いた。始まるのだ。ここから斎藤一が。


 決起集会。「飲もう」ということでみんな島原に出向いて行く。

また俺が道案内。よくわからないが、ここ辰巳屋に入る。

確か広間が綺麗だと聞いていた。そこにみんなを案内する。

「女呼べ」「酒を出せ」

 始まった。仕方ないとりあえず、動き配膳する。こういう時、一番若い平助と俺は走り回るしかない。

「俺も持とう」

 いつの間にかそこに土方さんも加わってきた。

「いいのですか副長、みんなの相手をしなくて」

「こっちの方が俺は得意としている。日野の村では作物の収穫に何十人も集めて準備する仕事が大好きで、いつもやっていた。こういう下働きが性に合っている」

お膳を一緒に運びながら、土方さんが言う。

「ハジメ。いや大人になったのだ。斎藤と呼ぼう。・・・・・・斎藤、人を斬るぞ」

「・・・・・・」

 え、いきなり何を?それで誰を・・・・・・

「清河を斬る。奴を斬れば幕府に恩が売れる。裏切り者、清河の首を欲しがっているはず」

 不敵に笑う土方さん。

「それと奴を切ったら、今いる浪士組、全員こちらで頂きが出来る。斎藤手伝え」

本気かこの人。

 御膳運びながら、なんてこと考えているのだ。




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