第7話 斎藤の語りー3 浅黄色の羽織
「はずかしいな。これ着るの?」
奥で飯を食べていると玄関口で騒ぐ声がしている。
行ってみると上り框に、菱屋から届いた葛籠来ており、そこから浅葱色した羽織を出して広げる平助が声をあげていた。
「うわー、これは赤穂浪士なの?恥ずかしい」
広げて袖を見るといくつも山形があり、だんだら模様になっている。そこの袖に腕を入れて羽織ってみる。
「これぐらい派手がいいんだ」
それを見て、ニヤニヤ笑って山南さんが言う。
「これが隊の服ですか」
そばにいた新しく入ってきた隊士の一人が、一枚抜き出して掲げてみる。
「確かに、これは目立つ」
すると屯所にいる他の隊士も気が付き、見に来てさわる。
「どうだ?似合うか」
奥から菱屋の手代に見繕ってきて来た芹沢、平山、平間、野口達が揃いの状態で玄関口にやってくる。
「お似合いです」と手代はおべんちゃら。
「そうだろう」
満更じゃなく喜んでいる芹沢。近藤さんも出て来て、広げて笑う。
「お、来たか。見せてみろ。いいぞ。これだ。これでなくちゃ。切腹の衣装の色ですね」
自慢げに芹沢が
「死をもって隊務を全うする。潔い死に方ができる」
と、いうと山南さんが褒める。
「死ぬというはいい覚悟だ。・・・・・・して、このだんだらは?」
「隊の人数が四十七人と聞いたから赤穂浪士にした」
また安直だなと思った。それに『仮名手本忠臣蔵』が、いま歌舞伎で流行しており、それをまねたとしか思えない。・・・・・・が、それは口にはできない。
なんせこの羽織の金は芹沢が出しているからだ。
「あっぱれ、義のために命を懸けるということ。だからこの誠なのですね」
さすが山南さん、心得ており、盛り立てる。
「誠、嘘いつわりのない心。誠の武士か」
一緒に赤い布があり、広げると旗だと解った。そしてその赤に白字で誠の一文字が書かれている。誠とはそれのことだった。
手代は羽織を持ち、次は近藤さんを奥に連れていく。
「山南さんもほら」
と、促されて幹部は奥で着替えを始める。
奥から来た新見、ニヤニヤとにやけて見ている。
「新見,着ろ」
「拙者はいい」というと、「失礼」といいながら、また奥に引っ込む。
芹沢は、近くにいる新隊士の松原や佐々木愛次郎にも着るように勧め、数人の隊士は葛籠から出して羽織を着る。
「いいぞ。着て出よう。支度のできた奴、行くぞ」
7~8人が着込んで揃ったのを見計らい、芹沢達は意気揚々と町へ出て行った。
その入れ違いに沖田さんと土方さん、原田さん永倉さんなどが入ってくる。
沖田さんはニコニコと羽織を着る平助を見て笑う。
「平助、切腹ですか?」
「ええ殺してくれって言っています」
土方さんも微笑み、
「平助、我慢しろ。これは大事だ。原田もこれでボロからも、おさらば出来る」
「壬生浪と呼ばれている拙者たちに、綺麗に身支度できるように用意してくれたんだ。ありがたいことだ」
汚い服の上に着る原田さん。
次々にやってきて羽織を探す。新隊士の馬詰柳太郎、信十郎、そして島田魁。それぞれ自分にあったものを見つけ羽織るが、島田魁は一生懸命に探しても、自分に合ったものが見つからない。
「めちゃくちゃにするな島田」
「そういっても新八、拙者に合うものがない」
ひときわ大きい島田魁に合うものがなかった。
「さっき芹沢さんが開いた葛籠は?」
「手代さんが、開いたのでわからない。ないか?」
「どれでもいいんじゃない。どうせ羽織るだけだから」
自分は済んだのでみんなを見て茶化す平助。
「平助は小さいから袴で隠せばいいけど、拙者はほれ」
にょっきりと腕が出てしまう島田。
「別注だね」
「金がないでござるよ」
「しかし拙者たち、見すぼらしいな。原田さんいくら羽織っても、その汚い着物じゃあ」
「ばか、風雪に耐えた歴史の着物だ。威厳があるだろ」
「埃まみれの着古しにしか見えない。沖田さんは、なんでいつも同じ着物なんですか?」
「これしかないのだ。洗って又使う。繰り返しだ」
「ハジメ。お前もそうだ。何着も持っているくせに、全部同じ柄とはどういう了見だ」
「気に入った柄なので、一緒に拵えているのだよ」
「もう少し気を遣えよ」
「平助、お前は服を変えすぎだ。女じゃあるまいし。ちっちゃいんだから余計女に間違えられるぞ」
羽織を選んで着込み終わった永倉さんが、平助を茶化す。
「人のこと言えますか?背の大きさなら永倉さんだってそんなに変わらない」
「馬鹿。お前より二寸(6センチ)でかい」
「いや二寸も違ってない」
「いやいや、二寸ある」
身長に関しては永倉さんと平助のこの二人は、異常に言い合いになる。
支度の整えた近藤さんと山南さんが出てきた。
「着たか?出るぞ」
「えー、こっちも出るの?」
「当たり前じゃないか平助、見せてなんぼだ」
「俺もか?近藤局長」
「決まっているだろ土方くん。副長なのだから着ろ」
その辺の物を掴んで着る土方さん。お、なんか様になる。いい男は徳だ。
「なんでこんなもの・・・・・・」
自分の趣味に合わないものを嫌う土方さんだが、今回のこれは仕方ないのだろう。会津藩に見せるために作成した羽織。揃いを決めて、京の町に押し出す制服なのだから。
「じゃあこちらもお披露目に歩きますか」
意外に嬉しそうな沖田さんが先導する。
「じゃあ行くか、先ずは大通りを歩こう」
派手なことの好きな近藤さんは、胸を張って歩きだす
街を歩く近藤、山南、土方、沖田,平助その他、隊士10名程度。
まあいつもは道案内兼ねて先導しているのだが、恥ずかしいので隠れていると、
「ハジメ。道が分からん。前を歩け」
原田さんに押し出されて、前から2列目に出される。
隣の沖田さんが「似合ってるぞ」という。・・・・・・勘弁してくれ。
壬生から、東に出て清水の方まで足を延ばす。
清水通りを北上していく。警備、巡回の道筋。大通りを歩く。
人がこちらを見つけると、目を見張り、何か小言で話している。異様な集団が歩いているのを見逃さない。やはりこの服は恥ずかしい。
「胸を張れ、斎藤」
土方さんに押される。
「どうもおまえは自分のことを隠そうとしたがる。そして口では、『やってるやる』とか、ほざくが、やりやしねぇ。見せねえと誰も信用してくんねえぞ」
自分だって恥ずかしいくせに。
鴨川の近くに出る。大体壬生浪士組の取り締まる地域の巡回が終わった。
「どっち行く?」
「拙者たちは二条城へ」
近藤さん沖田さん山南さん永倉さんは、さっさと北へ。武家屋敷方面に道を変える。
「土方さん。ハジメや平助を連れて祇園の方お願いします。御所で合流ってことで」
と軽く沖田さんが言う。
「おい、そっちは店が多いほうじゃないか」
土方さんが言うが聞いちゃいない。
「頑張ってくださいね」
そういうと、鴨川の橋の方に出ていく。
「仕方ない。こっちは祇園か」
土方さん、島田、原田さん、平助と共に東周りの北上になる。
こっちは呉服や小間物問屋とかの店が並び昼は盛んなほう。今行けば、やはりみんなの注目を浴びることになる。やはり気がつく浅葱色の集団は珍しい。
「給金が無くつらいが、手柄を立てる働きで金が出るのだよな」
原田さんは言葉や態度で荒武者的、「拙者に勝てる奴はいねえ」などと豪快なふりをするが、生活のことを考えたり、お金ことをとても気にする意外に繊細な心の持ち主だったりする。
「不逞の輩を、捕まえれば金が出る。ならば捕まえにいかないとな」
身体が大きく、人一倍飯を食うので、絶えずそのことを気にする小心者だったりもしているので、用事がないときは率先して見回りに出て、手柄を立てようとしている。
だがそんなに見つけられるものでもない。
新しい隊士・島田が聞いてきた。
「不逞の輩というと?」
「天誅組だ。あと討幕論者。やつらは暴れれば、幕府の危機が来ると思っている。そいつら捕獲して、番所に連れていき引き渡せばいい。報奨金が出る」
土方さんは答える。
「捕獲すれば金になる。でも捕獲は難しいな」
平助が、捕獲という言葉にひっかかるが、土方さんが後を続けた。
「まあむやみに捕獲は出来ん。詮議が必要。しかし拙者たちは独自に詮議する権利を貰った。そして詮議が出来ない場合、斬ってもいいと了承も得た」
「え、斬ってもいいのか?」
「詮議は必要だが、返答なき場合、切り捨て御免だ」
島田、喜ぶ。
「そうでなくてはやっていけない。斬りかかってくる奴を捕まえるなんて無理だ」
「だから見ている誰もがハッキリと判る衣装を作った。これを着れば、こちらは先に抜刀が出来る、そして切り捨て御免」
土方さんはそれを見越して羽織を作るように図ったようだが、しかし芹沢に頼んだのが失敗だったようだ。「この羽織はない」と思っているのだろう。
街中で茶碗が割れる音がする。
近づくと昼間から酒を飲んでいる侍、大声て店主に注文をいい付けている。
「もういい加減になさったほうがよろしいのでは?」
「金は払うんだ。出せばいいんだよ」
したたか酔っているのに、まだ酒を要求しており、店主がたしなめたのに腹を立てて、ぐい吞みを投げて割った。どうやらもめている。
暖簾を半分開けて、顔を突っ込む土方さん。
「通りまで声が聞こえている。店主、お困りか?」
それに反応して酔った侍たちは土方さんを見る。
「誰だお前は?」
「会津藩預かり壬生浪士組と申す。京都守護職、松平さまより京の治安維持をまかせておる。しかるにこの騒ぎ」
店内の誰もが向き直り土方さんの言葉を聞く。
「店内ではご主人にご迷惑がかかる。外に出ていただこう」
「なぜ我々を問いただす。理由をいえ」
「貴殿の行動と言動が、不逞浪士とならば」
「何をもって不逞浪士と決めつける」
「いいから出て来いって言ってんだ」
平助が急に顔を突っ込み、いつもの啖呵をきって叫ぶ。
「だめだ平助。そんな強く出ては」
「こういう煮え切らない奴は嫌いなんでね」
「おやめください店内で」
「どうやら怖くて出れないようだな。突っ込んでやろうか?」
「何をえらそうに、出てやる・・・・」
と、志士たち外に出てくるが、みんな揃いの浅葱色の羽織が四~五名いるので驚く。
「藩名を名乗ってもらおう」
改めて土方さんが聞く。
「店主と話していただけだ。そちらには関係ないだろう」
「こちらは何も悪いことはしておらん。いうべき筋はない」
どの志士も、あくまでもこちらに従う意思はないようだ。
「京都治安を預かる会津藩から、言付けられている。番所まで同行願おう」
「断る。罪人扱いじゃないか」
「こちら何もやましいことはない。お断り申す」
酒も入っているので、まだ強気に言ってくる。
「ならば同行出来ぬものは逃亡とみなし、斬る」
「なにを言うか。そんな権限が、お主らにあるというか」
「羽織見たね?これが拙者たちの権限ありの証明になる」
平助、刀を抜く。それに釣られ刀を抜く志士。
「おい平助。向こうが抜いてからだぞ」
先に刀を抜いたほうが、きっかけを作ったとされているので、たしなめたが、
「さっき土方さんが言ってたろう。切り捨て御免だって」
もう平助の気持ちが高ぶり、目の色が変わっていて聞き入れない。
状態は平助が抜刀。志士3人抜刀という形で、平助が1対3という形。これで体面的には出来た。十分、反抗している状態にできた。
周りの住人達が争い事の野次馬として、見物に出てきて遠巻きにいる。
「壬生浪士組・藤堂平助。審議決裂のため行動に変えます。もう一度お聞きします藩名と名前をおしゃってください」
刀、正眼でにじり寄る平助。みんなに聞こえるように言う。
「答える必要無し」
その言葉で決まった。やるしかない。
志士が平助を囲もうとする動きを、土方さんが分断する。平助の後ろに入られないように、刀を抜いて間に入る。
俺もその一人の正面に立ち剣を抜いて向かい合った。
「お相手は、こちらがいたそう」
他の隊士も剣を抜き、島田が俺の相手の後ろに立った。
島田は大きいため、威圧感がある。目の前の志士は、どちらも気になり、集中できない。
「卑怯な」
「立会いじゃござらん。詮議するまで」
向こうの侍一人対し、二人で挟み込んで対戦に持ち込んだ、取り囲みが出来た。
あとは向こうが手を出すのを待つだけ。
俺は誘うように、刀をゆっくりと下げ、急に上に振り上げる。すると急に動くのでつられて、まるで魚が釣り針を引くように、斬りかかってくる志士。
「よし、かかった」
上段から降ろされる刀に合わせて、剣を絡める動作で志士の刀を下に導き、ガラ空きになった首の部分に左側から、袈裟ぎりで刀を入れる。
「ぬん」
斬ったあと、右によけ、返り血を避ける。
「お見事」
後ろの島田が称える。
すると他でも剣戟が始まり、あっという間に3人の骸が、地面に転がった。
「ハハッハー。どうだ、思い知ったか」
人斬りで気分が高揚し過ぎたためか平助が笑いだす。
そうだ俺も生涯二人目だ。前ほど怯えていないが、いま膝がガクついている。
「いい動きしてやがる。楽しくなってきた。・・・おーい誰か。番所に届けてくれ。会津藩預かり、壬生浪士組・・・」
と、周りを見回し土方さんが言うが、まるで聞こえないかのようにみんな消えて行く。
「見学かい」
見ると店主もいない。
「助けてやったのに店主のやつ、お礼の一つもいいやがらねえ」
「街の嫌われ者、壬生浪士組。しかたないさ。番所に行こう」
懐の紙で血をぬぐい、刀を収めた原田さんは、さっさと歩きだす。
「死体を放置して?」
こちらも仕舞いながら、周りを見回すが、平助も歩きだす。
「知ったこっちゃねえ」
冷たい京。こちらも勝手にやっていくしかない。
ここからだと天神の番所が一番近いのでそこに届けを出すことにした。
「まあ何はともあれ預かりは手柄をたてないと金が貰えない。これで一つ手柄を上げたということだな」
原田さん、確認するように歩く。
「確かに。だがあれで手柄になるか?」
手を先に出してしまった平助が半信半疑。
「だが求めていたのはこれだろう。しかし小物をいくら捕まえてもどうだかな」
土方さんも初めてなのでよくわからない。
「大物を捕獲すればいいのだよな。・・・・・・・大物って誰だ?土佐の武市。長州の久坂や高杉あたりか?しかし奴らには土佐の岡田。薩摩の田中という人斬りがついている」
「それも含めて斬るしかあるまい。そうすれば報奨金が貰える」
原田さん、ますますやる気になったようだ。
「戦国時代になったようだ。素晴らしい」
そして島田も喜ぶ。
俺たちには金は無い。稼ぎ出さなきゃならない。
番所に届けて、屯所に戻る。平助、返り血を浴びたようで、
「ああ、新品の羽織もう汚しちゃった」
気にして、羽織を洗うため井戸端に行った。
俺も手の中に残る肋骨を切り下げるゴツゴツした斬る感触が、うざくて手を洗いに行く。手を桶で洗いながら、もっとスッパリいかななかったか疑問が残った。
土方さんも気分が高ぶっているか、
「京都は半端じゃ生きられない。殺す。これが仕事だ」
みんなに言うふりして、自分に向かって言っている。
「ああ、思いっきり酒が飲みてえな」
そこに先に戻っていた沖田さんが来る。
「いいな。遭遇したんだって?私も人を斬りたいな」
「馬鹿。切られるかもしれないぞ。切られると痛いんだぞ」
原田さんは、死ななかったが過去に切腹で腹に刃物を刺したことがある。刃物の痛みを知っている。
「当たり前です、剣士なのですから。それも含めて相手を斬る」
「攘夷ですよ。攘夷のためです」
平助、羽織を水につけて、大根をおろして血痕に充てて、血を落とす。
「見立てはどうだ?」
隊で起きたことは、隊の手帳に記する報告書のようなものを作っているため、山南さんが聞いてきた。
「言葉の訛りから、肥後浪人と思われます」
「しかし京は、拙者たちに冷たいな。どうしてだ、ハジメ」
「今、長州は公家を取り込んで京を自分のものにしようとしている。そのため金撒いて人気取りしています」
「討幕。そして自分の藩が幕府を作ろうとしているようだ」
なかなか平助も事情を飲み込み、判りだしたようだ。
「帝の攘夷を利用している。権力を掴むために」
「なんだそれは?メンドクサイな」
さすが島田、体と同じように豪快な頭のようだ。
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