第9話 斎藤の語りー4 殺人剣


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 毎朝、浪士組は点呼から始まる。

この間の試験を受けて入ってきた人間が来て、そんなに広くない八木の家の庭には人が溢れている。

 永倉の古き友人で島田魁。大阪出身で調子のいい川島勝司。美男子・馬詰柳太郎と馬詰信十郎の親子。頭を丸坊主にして鉢巻を巻いているため、「いま、弁慶」と呼ばれる、ガタイのいい松原忠司。顔がいいと評判の佐々木愛次郎。

 顔がいかついが真面目な安藤早太郎や元ばくち打ちの濱口鬼一と中村金吾。自分のことは言わないが無口で真面目な林信太郎。その他、諸々な人々を向かい入れた。

当然、出身や経歴、性格や様子、全くといっていいほど様々だ。


 入隊には剣術が出来る者を、と言うのは前提だったが、隊を大きくしたかった理由で少々怪しいに奴も、大目に見て採用してしまったため、各個人の力量を心配している。

そのため点呼の後は、剣術の稽古というが隊務の流れが決められた。

「まずはみんな全員、掛け声で、素振り100本」

それが竹刀ではなく木刀で行う。各自持たされて、振れる範囲に間隔をあけて始まる。

「やはり木刀だ」

 木刀でやると聞かされて分かっていても、毎日の稽古となると、話は変わってくる。

竹刀だと約500グラムだが、木刀だと刀と同じ重さの1キロぐらいある。20~30回も振れば汗が吹きだしてくる。

「こりゃ稽古で殺されちまう」

新しい隊士が、ブツブツを文句を言うのも判る。

 最近は、師範代を務めていたせいか、俺に師範代行が回ってくる。聖徳太子流竹刀稽古の時も、厳しいと言われていたが、俺はここではもっと厳しくすることにした。

「型打ちはじめ。面、面、面、胴」

 いま俺たちがやっているのは剣術ではない。殺しあうための練習である。

死なないためにも稽古。斬られないためにも稽古。斬るためにも稽古。殺すための稽古。剣を抜いたら、二度目はない。その為に稽古をするのだ。

「行くぞ連続打ち。小手、面。小手、胴。面、面・・・・・・」

 稽古をしたから殺されないで人を斬れる。これは気の鍛錬にもなる。だからとことん稽古する。

 ケガをする?殺されるよりましだ。打撲で動けない?内臓を地面にビラ巻くよりましだろ。

『鬼の斎藤』と言われているが、「強くなると殺されない。強くなれ。それが生きる道」と答える。


「ハジメ、激しいな」

乱取りでのあまりに激しい稽古に、みんなへきへきし始める。

「マムシの目になってるぞ」

 稽古しながら、茶化す沖田さん。

「やめておけ。全員けが人にする気か」

「沖田とハジメはダメだ。稽古と言いながら戦いだ」

 永倉さんや井上さんなどの試衛館で厳しい稽古してきた人間たちは、稽古をしながらでも余裕があり、こちらを茶化す。・・・・・・もっと厳しくしてやろうか?

「さあみんな、見回りに出るぞ」

 原田さんが今日の見回り当番で、みんなを集めて巡回に出るため声を掛けた。

「助かった」

 濱口、松原、馬詰親子などなど、見回りに入ってない人間もみんな原田さんに着いて行ってしまう。

「逃げられたな」

 沖田さんが笑っている。

「判ってない奴は死んでから気付けばいいんだ。ハジメ、久しぶりにやるか?」

 木刀を握り、立会いに誘ってくる。

「ハイ」



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 蹲踞して礼。立ち上がると、沖田さんが平正眼。

天然理心流の正眼は、刀を寝かせ、体からぶつかる突きが基本で、突いて外されると横に払う。突きと胴打ちの両方に行ける正眼の構え。

 そして沖田さんは突きが得意。頭から行く突きで、そして突くと引くの動作が早い。それが連続で止めないため、大体の人間が逃げきれず食らう。

 突きは全てを叩き込む。体で行くため取り返しがつかない。しかし剣ではやはり突きが一番の有効な剣だと思う。

 突き対突き。こちらも正眼に構え、半身に体をずらす。

「お、ハジメも正眼になったのか?」

「はい、突きを稽古しようと思って」

「生意気な。串刺しにしてやる」

 互いに突く、はじく。突くはじく。下がる。突っ込む。の動作で突っつき合い。

「それで終わりか」

「え?」

「参る」

 沖田さんが速度を上げた。前に後ろにすり足の足さばき。ついていけない。

軽く腕に食らい、それから、なし崩しのように腹や胸に食らい、痛みの為に動けなくなってしまった。

「まだまだだな。ハジメ」

 地に倒れこんだ俺を見下ろし笑っている。


「沖田さんなぜにそんなに強いんですか?」

 井戸端で汗を流しながら、聞いてみた。

「うん?別に強いと思ってない。俺より強い人はいっぱいいると思っている。永倉さんは強いよ。つっつーと誘われて手痛いの貰う」

「俺は永倉さんより、沖田さんに勝てません」

「うーん、私か?まあしいて言えば、・・・・・・見えるかな?相手の剣筋が見える。それを交わすか避けるかして、こちらの間合いで斬る。ただそれだけ」

 目が良いのだ異常に。そして体の動きが早い。練習しても早くはなるが、この人は天の才能が備わっているのだろう。

 すると先程、原田さんと出て行った新しい隊員の馬詰、父親の方が戻って来た。

「すみません。応援をお願いします。やられました。濱口と松原が・・・・・・」

 それを聞き終わらないうちに、沖田さんが立ち上がり、

「ハジメ。出るぞ。呼べ」

「ハイ」

 沖田さん、自分の荷物のところから佩刀を掴み、羽織をつかみ、走りながら着る。

「先出る。場所は?」

「島原、大通り越えて二本目です」

「緊急」

 こちらも邸内の人間に告げ、同行する人間を確認して、自分に着いてくる様に指示。

馬詰を先に行かせて走る。沖田さんの後に続く。

方向は南。島原方面だ。


 島原の大通りを抜けて二本目を過ぎると、浅葱色の服が着た者がいたので、そこが現場と解る。駆けつけてみるが、隊士以外相手がおらず、相手は逃げてしまったようだ。

隊長・原田さんに聞く。

「相手はどこの奴ですか?」

「知らん、詮議中だった」

 酔っている五人の集団が大声をあげているので、注意したそうだ。

なおも声を上げるので呼び止めた。そしてその詮議中に、後方にいた人間が逃げた。

新しい隊士なので、逃げた奴に気をとられていると、他の者も一斉に逃亡し始める。

各自、バラバラの方角に逃げたので、各自に追跡させたのだが、その濱口鬼一の追った奴が急に反転し、反撃されて手傷を負わされた。

 それに気づき原田さんが割って入ったのだが、再び逃げられて見失ってしまった。


「何処へ?」

「しらん」

それともう一人、中村金吾。羽織に腕を通してなかったため、走って追っているうち、羽織がばたつき脱げてしまい、その場は構わず追跡したが、今、戻って羽織を散策したが見当たらないという。紛失のようだ。

 付近を探索したであろう沖田さんが戻ってきた。

「本当に酔っていたのかな。壬生浪士組をはめる罠だったかも知れないね」

 最初の一報があった濱口と松原は共にかすり傷程度、反撃を受けて慌てて転んだのを、やられたと勘違いしたらしい。

「なかなか手が掛かりそうだ。ハジメが騒ぐのも解るな」

原田さんも判ってくれたようだ。


 

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「壬生浪士組は大きな剣の集団にする。最強の部隊になってやる」

 と土方さんの言った言葉に痺れた。

確かに一人一人が強ければやっていける。しかし入ったばかり奴が、人斬りで有名な岡田以蔵や中村半次郎と戦うのはやはり難しい。

そのほかにも京には剣の手練れが集まっている。そんな剣豪に一対一の戦いを挑むのは分が悪い。やはりその時には集団で殺すやり方で打ち取るしかない。

 翌日、みんなを座敷に集めて山南さんが、名前が入った隊編成を書いた紙を見せた。

「集団になったのですから、役割を決めましょう。土方くんが言っていた集団の戦い方を調べると、フランスの伍長を置いた隊列に似ている。これは機動力を第一に分担作業を行う編成になっている。会津藩のフランス兵法の本を直訳してもらい、それを元にして編成して組んでみた」

 土方さんが見る。四人一組に伍長がついて五人組み。それが二班あって、その横に伍長に命令する隊長がいて、それを助ける助勤。全部で12人の編成の見本が書いてある。

「これは?交代制を取るということかな?」

「そうだ。二班あって、他の班が主軸になった時、もう一方がその周りを警護する班になる」

「こっちの伍長っていうのは?」

「前か後にいて、この班に命令する。そしてその伍長を命令するのがここの隊長」

「山南さん。これだよ。これで何時でも、小さい喧嘩から大きい戦も出来る」

土方さんが興奮して喜ぶが、あまりみんな今一わかってない。

「まあいいさ。動けばわかるようになる」

 嬉しそうにしている土方さんが俺を呼ぶ。

「斎藤、ちょっと手伝え」

「何ですか?」

「(ニヤと笑うと)・・・・・・これからな必殺剣を作る」

 と言って庭に連れて行かれる。



「斎藤。おまえが強いと思うのは誰だ?」

「沖田さん、永倉さんです。とても敵いません」

「そうだな、みんな沖田のような天才じゃねえ。永倉のように剣筋や稽古を積んでいるわけじゃない。誰もが数年前に剣術を始めた素人。目録に到達するのは時間がかかる」

 木刀を持つと、片手で振って見せる。

「特に俺と斎藤。俺たちは近藤さんからも汚いと言わるほど、剣に色んな流派が混じていて、天然理心流の形が取れない。つまり俺たちは雑草。いろんな流派が混じって作られた人殺しの剣だ。・・・・・・ならば人殺しを極めるべきだとはおもわんか?」

「人殺しの剣」

「ああ殺人剣を作る。斎藤、喧嘩に勝つために大事なことは?」

「剣じゃないのですか?」

「だから喧嘩だよ」

「はい。喧嘩は人数が多い方が強い」

「そうだ。戦でもそうだろ?だから一人に対して二人で斬りかかる。・・・・・・それで斎藤、その時、嫌なのは?」

「後ろから斬られること」

「ならば一番嫌な、前後から斬りつけるんだ」

「卑怯ですね」

「馬鹿。剣術で戦うと考えるとそうだ。しかし戦(いくさ)と考えると?」

「正解です」

「判ったようだな。挟み撃ちの同時斬りだ。2人以上の時に使う。そして囲い打ち」

 土方さんは、俺の真後ろに立つ。振り返ろうとすると、振り向く逆に回る。できるだけ見えないようにする。

「名前を付ける。双龍剣。みんなに伝達するときに必要だし、名前つけて剣技の一つにしちまうんだよ。必殺の剣」

 やはりこの人は、別の意味で天才だな。


「二人で囲ったとき、相手が強かった場合、同時で一気に行かず、何度も斬りつけ、手数を負わすというやり方に変える。その時は深追いせず一撃で倒さず、素早く斬りつけて下がる。また斬りつけて下がる戦法にする」

「的が絞れず嫌な戦いになりますね」

「これを『乱応剣』としておく」

 なるほど、考えられている。


「あと道が狭く、囲えない場合はどうする?」

「突っ込むしかないです」

「確か班では四人一組だ。だから順番に突っ込んで行く」

「切り込み番ということですね」

「突っ込むということは、自分を捨てる。次の奴も自分を捨てる。次の奴も捨てる。・・・・俺たちだな」

「雑草剣」

「無駄に死に行くような感じだな・・・・・・・いいか?そんな名前で?」

「・・・・嫌ですね」

「後で考えよう」

 ふと思いつき、土方さんに打ちかかって、剣を合わせるとそのまま抜け出る。

「これ、突っ込んだら、抜けますよね」

「ああ、そうなる」

「一人斬りかかり、すり抜ける。そして向き直り背後につく。そこで同時に次の者が斬りかれば、相手は、前のやつの相手をしなくてはならず、後ろに回った奴に斬られる。・・・・・・それじゃあと振り返って応戦すれば、次の奴に背後をさらしてしまい、次の奴に背後から斬られる。・・・・・・双龍剣。いやこれは雑草剣から変化した剣になりますね」

「雑草剣はやめろ。決まってしまうぞ」

「じゃ草の攻撃剣。・・・・・・これと分けて独自にしないと、突っ込んで戻ることを忘れます」

「ああ、確かに、これは別の攻撃方法に分けておいた方が判り易い」

「燕返り攻撃剣でどうです?」

「佐々木小次郎の燕がえしみたいだな。まあ名前はどうでもいいが、必要な剣技だ」

 あれ、さっき、名前は大事とか言っていただろうに。・・・・・・この名は気に入ってないな。こういう細かいところに固執するところが、土方さんの悪いとこだ。

 そこに沖田さんと平助が通りかかるので呼び止める。

「すまんが、今いる奴で構わんが、集めてくれ」

と頼み、土方さんと俺で殺人剣の班で、最初に来た平助を敵に見立てて模擬で戦いを見せる。




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 一人に向かって挟む双龍剣。集団で突っ込む草の攻撃剣。抜けて囲い挟む燕返し。

「被害を出さずに、相手を斬る集団で斬る負けない剣だ」

  しかし思いのほか、みんな唸る。

近藤さんは、顔をしかめて「卑怯だ」という。

「局長、卑怯だというのは簡単だ。だが死んでからじゃもう何も言えない」

「でもこうやって殺すだけの剣と言ってもな」

「何か、あまり綺麗じゃない」

 原田さん、井上さんも、あまり乗る気じゃない。

「しかし・・・・」

 沖田さん、平助、永倉さんが

「これは凄いと思う」と賛成をする。

「いや、これなら。拙者たちだって、生き延びるのは難しい」

 永倉さんがうなり

「簡単に斬られちまう」

 平助も頷いている。

そして沖田さんを含め、三人は判ってくれたようだ。

これは戦いだと言う事を。

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