第10話 佐伯の語りー5 京女

  大阪で派手に遊んだ。そして京に戻っても騒いでいる。

壬生浪士組にはなったが、今の自分たちの位置や行動がイマイチ把握できてない。毎日どうすればいいのか指示もない。自分たちは何のためこうしているか判らないのである。

 とにかく飲め、遊べ、そのうち何か出番が来る。しかし芹沢は、度を越えて暴れまくってしまった。そのため、ついに会津藩が怒ってきた。


 カゴに乗って会津藩・本多四郎が八木邸に来た。

「どういう了見だ。大阪で何万両も借金して。そして京都でも天誅組まがい。本当に浮浪浪士に成り下がったか」

 かなり怒ってらっしゃる。こういう時は、弁の立つ山南さんが返答に立つ。

「申し訳ございません。しかしこちらも生きているのでござる。会津様の言われるまま隊士を増やし稽古して、大阪警護に同行したりしています。お金が掛かるのでござる」

「それはその都度、渡しておるではないか」

「確かにその支度金は頂いております。ですが、それは軍備、移動費、武具購入、武具修繕費であらかた消えております。お恐れながらこの羽織であっても、洗わねばならず、綻びれば縫わねばならぬし、切れれば新しいものを発注せねばなりませぬ。そして隊士は毎日食事もすれば酒も飲む。休みの日には祭り見物でもせねば、やっていられない。預かりとはいえ、それを全て手柄金で賄えとは、土台無理な話なのでございます」

 まあ筋の通った返答に、言葉に詰まる会津の本多様。

「いや気が付かずすまん。これはこちらの思慮が足りなかった。早急に検討するとしよう。しかし、羽織を発注した京の大文字屋。そこには早急に金を払うように願う。藩と同じ呉服問屋ゆえ、色々と小言が多くてな。すぐに工面するので処理の方を頼む」

 そう言って立ち上がる。

「将軍も浅葱の揃いの羽織を見て、いたく感動なされていた。松平容保様も大層な期待をなさっておる、しかと頼むぞ」

 と言って出て行かれた。

それを見て平間が「助かった」と胸をなでおろしていた。

なんせ今、本当に金がない。この前、返済を求めてきた人間を、芹沢が無礼打ちにしようとしていたのを見た。殺して踏み倒そうとしたのだ。

まさしく浮浪志士と同じ最低の対応の仕方だ。


 数刻たつと飛脚が来て、会津藩からの金を運んで来た。やはり会津だ。素早い。

「名目は大阪警護の褒美。よし、とりあえず金が出た」

 平間、喜んで帳簿に描き込むために、金を数えようとすると、芹沢が来て、その金を掴む。

「何を?これを持って行かれると。本当に」

「平間、これも急いで返す必要はない。隊には必要な金だ。確認する。来い」

 勘定方の拙者と平間を連れて、近藤のいる奥の部屋に行き、その金を置いた。

「今はまだツケが利いているのだ。生金は手元にあった方がいい」

「それでも、そのツケの期限が来ている」

 真面目な近藤は、借金やツケが嫌いなのだ。

「また延ばせばいいのだ。ツケなのだから」

 みんな顔をしかめるが、芹沢はカネを自分と近藤、そして隊用にと3つに分けて、   自分の懐と近藤と平間の前に一つずつ置き、

「しばらくはこれでよかろう。大阪でも借金の約束が出来ているのだ。その金が届けば払えばいい」

 笑いながら立ち上がり出ていく。そして八木家で稽古している隊士たちに向かって、

「これより島原に繰り出す。行けるものは、ついて参れ」

 と触れ回る。当然、隊士たちは二つ返事で稽古をやめて付いていく。

永倉や原田、平助たちも喜んで島原へついていく。

部屋に残った近藤は金を掴み、山南さんと土方さんと、別の部屋に移動していった。

 残された勘定方の拙者と平間は、

「どうしましょうか?」

「とにかく言われた通り、数えて帳面に付ける」

 平間、芹沢の言うままだな。ひどい。・・・・・・いや素晴らしい・・・・・・が、これじゃやっていけないだろう。

「平間」

 新見がやって来て顔を出す。平間は年上だが、新見たちは呼び捨てにする。

「少しこっちに回してくれ」

「ダメですよ。この前もまだ戻してもらってないのに回せません」

「ちょっと締め付けが強くてな。拙者のひいき筋に芹沢さんが来て、荒らされてしまって、また探さなきゃならなくてな」

 新見も独自に借りを作っているようだ。

平間、小判を数量、紙に包んで渡す。なんて弱い人だ。断らないのかこの人。

「口外するなよ。佐伯」

「はい」

 帳面に、資材費として五両と書く。・・・・・・あれ?いま新見に渡したのは三両だったはず。見ると平間、自分の懐に2両入れているのを見た。

「え?」

 この人も、ちょろまかしているのか。勘定方が盗んでどうする?

こっちが見ているのに全く気付かず、平間は立ち上がり、

「急用が出来た、少し出かける。あとは任せる。八木さんの蔵にしまっておいてくれ」

 というと、いそいそと出て行く。

平間は酒を飲まない。ならば女か。なるほど、その金で女を買いに行くか。

その姿を見送り、平間の書いた勘定帳をみる。

「日付、いくらは入った、いくら出たとしか、記述がない」

ザルだ。これじゃまったく内容がわからない。何のための勘定方だ。

所詮平間は、どうなろうと自分さえ良ければいいようだ。仕事を投げて、金をくすねて遊んで、芹沢の寄生虫なのだと判った。

 みんな自分勝手に隊の金をくすねている。こんなんじゃ金を食いつぶし、崩壊するだろう。・・・・・・しかしこれを誰にいえばいいか?どうすればいい?・・・・・・判らない。ならば、・・・・・・確か、井戸の流し場が傷んでいたことを思い出した。ここに『修繕費、2両』と書き込んでおき、あとで拙者が直しておこう。

つまり代金先払いだ。

二両も掛かるか判らないが、とりあえず二両を懐にいれて、後でやる。だから今日はこの辺で終わり、拙者も花街に行こうと思う。

勘定の用の金、帳、筆、墨などを箱にしまい、八木殿に蔵を開けてもらえるように頼んだ。

その箱を蔵の奥にしまい、鍵をかけてもらって八木邸から出た。


 突然、手に入った大金二両(約25万円)当然、今夜は酒と女だろ。

「島原は今、芹沢達でいっぱいだから行くべきではない。祇園も新見と平間が行っているだろうから、避けよう」

清水の方は、観光地なので比較的京都人は少ない。

知り合いと会うこともないから今日は清水方面にいく。

 酒も女も地方から来た観光客用で少し高いが、それなりに良い女も揃っていたりする。

 観光客も多種多様な人が来るので、地方によって好みが違うから、それに合わせるように女も豊富に揃っている。

「金がある。ならば太夫だ」

太夫というと単なる芸妓と違い、お茶やお花など一流の教えを得ている。

売れっ子になると大名にも匹敵すると言われている。

島原の太夫や、祇園なら高くて手が出ないが、清水なら太夫も手が届く。観光客相手の太夫だ。名前だけのもいる。その中で南の方、西方の方の顔の彫りの強い女を選び、酒と一緒に呼んでもらった。


「あては京の生まれどす」

「なんだ。てっきり南かとおもったのに」

「そう思われますさかいに、あまり祇園とか行かず、清水さんなどを贔屓にしてやっております」

 さすが太夫、自分をわかっている。まあそれはそれで構わない。

「長州ですか?」

「なぜわかった?大阪弁つこうとるのに」

「大阪人はそんな風に頭を使いまへん。そういうこと考えて喜びはるのは、長州ぐらいの方しか思いつかへんさかい」

 なるほど頭がいい。洞察力もある。太夫とはこういうものか。

「ならばわかるか?」

「へえ、お床で寝転んで飲みとう思ってらしゃるんでしょ?」

「初めてだ。こんな気が付く女は。大夫というのはこんなに先読みするものなのか」

「他の方はしりまへんけど、殿方が喜ばれるように考えて動くだけでおます」

うん。素晴らしい。やはり太夫ともなると、その辺の女郎なんかに比べ、女の格が全く違うな。 




 罪悪感か?怯えの気持ちがあったのか、翌日はみんなより先に準備をし、八木殿に勘定方の箱を出してもらう。

昨日と何も変わってないのを確認して、部屋の一角に箱を置き、それを隠すように机をおいて、自分の体で隠すように座る。これで箱の中身は外から見られない。これが勘定方の配置になるだろうか。

 着いて間もなくすると芹沢が来た。

早い。やはり金の管理人は早く来てないと務まらない。平間はまだ来てないため、拙者に金の入った赤い巾着袋を渡す。

「昨日の残りだ」

「はい。預かります」

 預かり、中身を数えようとすると芹沢が止める。

「・・・・聞いているだろ?」

「何がですか?」

「これは、別につけておけということだ」

「はい。数えます」

「今は、やらなくていい。いや平間に預けておけばいい」

 そこに平間が来て、慌ててこちらを抑えた。

「すみません芹沢さん。確かに受け取りました」

「平間、こいつによく言っておけよ」

 出ていく芹沢。

平間は中身を見もせずに巾着袋の口ひもをクルクル巻いて閉じると、箱の奥にしまう。

「この巾着袋は芹沢さんの袋だ。隊の勘定と別に芹沢さんの金を預かっている。隊の金はこっちの青い巾着袋だ」

 いくつか巾着袋があるが、ひときわ大きい芹沢の赤い巾着袋を、いくつかある巾着袋の後ろに隠す。

「みんな個人では懐や袖の下に大量の金を入れて持ち歩けない。だからここで預かっている。これは芹沢さんの金だ。ゆえに誰もこの金に触ってはいけない。いいな判ったな」

「ハイ」

 なるほど、面臭いことだ。


 廊下の向こうで、何やら歓声があがった。

奥の部屋で試衛館の人間たちが、嬉しそうに騒いでいるのが聞こえてきた。

どうやら昨日の金を近藤が土方さんに預け、そして今、歓声が上がっているのは土方さんが、みんなに配分しているからだ。

試衛館の中では特別手当として配分して、隊務と別に賞与されたようだ。

その歓声の後、原田と藤堂平助こちらにやって来る。

「これ先月借りていた金だ。帳面から消してくれ」

 原田は、隊費用から借金していて、帳面には『金一両、借り出し』と書いてある。

こちらは金を受け取ると、その日にちと金額を確認して、原田の名前を消し、今日の日付を書いて、済みと書いた。

 平助は逆で「ちょっと今は、使わないで預けます」と、言って3両を置いた。

日にちを書いて、藤堂の名前を書き、『金3両預かり』と記した。そして今日の日付けと三両と書いた紙の『預かり手形』を平助に渡した。

 土方さんも来た。ずっしりと入った薄い黄色の巾着袋をこちらに渡す。多分、配布した後の残った金だ。

「数えてくれ。預ける」

こちらは確認を怠らない。

 金額を帳面に付けると、『別枠土方』とその上に書く。

「もし隊士が金に困っていたら、こちらから貸してもいい。貸し借り帳を作っておいてくれ。世の中、金がなきゃどうにもならない。金がないと生きていけない。武士は食わねど高楊枝などとはいかないからな」

 やはり土方さんという人は、経済観念がしっかりしているようだ。

 しかしなんだ?みんな金が無い無いと言いながら、密かに金が回っているものだ。こんな貧乏な壬生浪士組であっても、金が蓄えられている。・・・・・・ならば今回のように、平間みたいに使わせてもらおう。拙者は酒も女も好きなのでね。




 さすがにすぐは、まずいので、鴻池のための大阪駐在所を作りに、芹沢たち幹部が大阪に行ったのを見計らって、また清水の太夫を買いにいった。

 大阪には最近新しく入隊してきた香取流棒術の山崎烝という大阪出身の隊士が同行するようになり、大阪にある槍で有名な阿部道場の阿部十郎という原田の知り合いが入隊したことによって、そこを拠点に展開させていくようだ。

 そのことによって、細かくてうるさい芹沢にべったりくっ付いての大阪行きに拙者は参加せずに済んでいる。


「覚えているのか?」

「あたりまえです。佐伯さん」

「なんだ?名前も覚えているのか」

「壬生浪士組の佐伯さん、お久しぶりですね」

 この前と同じ清水の桔梗屋という店に入り、また同じ大夫を呼んだ。

「そういうものなのか?」

「肌を合わすものなら、自ずと気になるものです」

 ついに拙者も太夫を馴染みにしたか。大名並みになったと言うことか。

「馴染みになって何かあるのか?」

「気に入ってくれたから馴染みになるのでしょ」

 まあ馴染みとなると気心が通じるのかも知れない。

女郎屋に通っている隊士も通えば通うほど良くなると言っている。

だが商売女を抱くのであれば、色々な女を抱いて回った方が、楽しいだろうにと思うのだが、人の志向というものは色々違う。


 秘め事を済まし、布団の中で酒を飲みながら太夫に聞く。

「馴染みというは、通うと優しくしてくれるからだな、女に安らぎを求める人やつは、ひと時でもすべてを忘れて女に埋没したいのだ」

「それが男と女というものですやろ。互いに支え合い、助け合う」

「そうか?互いに助け合う男なんて弱くないか?そんな男は情けないだろ。男は何があっても進むもの。それが男と言うものだ。女はそれを信じて付いて行くものだろ?」

「よく、西南の方の方が言わはる言葉どすね。全ての女がそうとするとは限りまへん」

「わからんな。所詮女は男について行かないと生きてはいけない。その点、男は命をかけて戦い生きていく。女は男に従っていればいいことだけのこと」

「全ての女が、男の言うことを聞くとは限りません。女にも女の思いはあるのですから」

「しかし今のお前は商売で体を投げ出している。金さえ払えばやらせる。違うか?」

「はい。そうです。ですが、わたしにも心はあります。身体は金で出しますが心は出しません」

「拙者が何回か通えば、心を出すか?」

「わかりません。京女は一途ですので、開かれるまで時間がかかります」

 よく太夫が言う言葉だ。

水あげしてもらうため、何度も通ってもらう為の誘いの言葉。

  拙者は太夫を引き寄せ、口を吸う。

よく体は許しても心は・・・・その心と同じといい、口を吸うのを女郎は嫌がる。

「やめてくださいまし」

「まだ馴染みじゃなかったのか。ハハハハー」

 離さず、なおも口づけすると、拙者を突き飛ばし離れ、かんざしを頭から抜くと首に当てて言う。

「嫌です。やめてください」

 なんだこの女、睨みつけやがって。

「なんだ?そのかんざしでどうする?死ぬつもりか?」

「貴方は女を知らない。本当に自分勝手なひと」

 何を言い出すこの女は、拙者を愚弄する気か?

「大夫がどれだけ偉いか知らんが、どんなに威張って見ても、金で売られている女だ。拙者は許さないぞ。殺してやろうか?」

「やったらいい。貴方はまったく女を判っておられない。・・・・・・女は金では動かない。女は情で動く生きもの。その情を佐伯様は見ていない。・・・・・・貴方は京の女をお判りではありませんね」

 本気で頭に来た。この女、男に意見するとは許せん。

「それ以上言うなら、本当に斬るぞ」

「こんな事で斬られはるんですか。馬鹿馬鹿しい、どうぞお斬りなさい。京女は気持ちで生きていますよってに。どうぞご骸にしてくださいまし」

 本当に斬りたくなったが、店に上がる時は刀を預ける。だから今は丸腰なので斬ることは出来ない。

この女、それを見越して煽っているのか?

ならばさすが太夫だ。勢いだけで言ってない。

「確かに馬鹿馬鹿しい。女相手に斬ると言っても始まらない。ふん、気が冷めた。帰る」

「へえ、ご苦労さんどした」

「京女か。どれだけのものだ」

「大丈夫ですよ。もうお呼ばれはしませんよってに。他の方をご指名くださりまし」

 さすが太夫まで上がった奴だ。強気である。


 泊まらず店を出た。しかし怒りで気が収まらない。

別の店に女を買いに出る。

前に長逗留した女郎屋の女のところに行く。

「あら、お久しぶりでしたね。もう来ないから、江戸に帰ったのかと思いましたよ」

「酒だ。そしてやる」

「まあ、お盛んで。部屋でお待ちください」

 馴染みと言えば馴染みだ。気を使わなくていい。

「お待ちどうさま」

と酒を持って入ってくる。

「はい。長州の中島ですよ」

「お、拙者を覚えているのか?」

「そりゃもちろん、よく来てくださるから、忘れはしませんよ」

「ならば、拙者の名前は?」

「・・・・・・く、・・・・・・久坂様」

 長州出身は覚えていても、名前までは覚えてないか。

「かまわん、かまわん。京は楽しいぞ」

 女郎を引き寄せ、口を吸う。なすがままに身をゆだねる女郎。

「女はおんなだ」

 女が口を利くのも腹が立つ。

女は黙って男のなすがままに生きていればいいのだ。


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