第11話 斎藤の語りー5 人斬りの刀


           

  

「草だ。草で突っ込め」

「ハジメ。なんだ?その草って奴は?」

 突撃のために待機している平助が振り返った。

「雑草のように・・・いや、草の攻撃のように、・・・・・・・とにかく突っ込む」

 店の戸口で、斬り合いになったようで、前のやつが店の中に行かない。

「とにかく突っ込め。二番、三番、並べ行くぞ」

 戸口に、身体を入れようとしている2番目の新人隊士の尻を蹴り、店に入れる。

「むちゃだハジメ」

「無茶でもなんでも行かないとラチが明かない。二番行け」

 戸口に待機している新隊士を無理やり戸口から押し込む。

それを見て原田さんは判ったようで三番目に並ぶ奴と代わり、

「次は、拙者が行く」

 平助も並び「仕方ない。魁のためだ」と刀を抜いて背負い、入った途端から刀を振ることが出来るように準備。

「草攻撃、参る」

原田、ツッコミ、間を開けず平助も突っ込む。

「行け。続け」

なおも残った隊士を店内に雪崩れ込むように突っ込ます。


 店内が静かになったので入ってみると、最初の一番目の隊士が肩口を斬られて座り込んでいるが他は無事。斬り合いになった相手と思われる志士二人は、原田さんと平助のメッタ刺しで絶命。志士を庇ったと思われる店主と志士の仲間の武士も二人斬られて土間で呻いている。

「とどめ刺すか?」

「いえ番所に引き渡します」

「凄えな、突撃隊だな。この草攻撃。味方なんてどうでもいいから、相手をぶっ刺す」

「土方さんが考えそうなことだ」

 改めて原田さんと平助は、殺人剣の威力に驚いている。

「ああ鬼だよ土方さんは」

と言いながら、この草攻撃の突っ込むと決めたのは、確か俺だった気もする。


 店から出ると、周りの店の客が見にきていて野次馬が20~30人、たむろっている。

血だけの俺たちを見て、目をしかめる。

「また壬生浪の志士狩り」

「血に飢えた狼」

 と噂ごえが聞こえる。

なんだよ。そういって見にきている野次馬のくせに。口では非難しても殺し合いの戦いが、みんなも見たいのは分かっている。

 人が斬られる迫力。死んで断末魔を上げるむごさ。人間が生を実感するのは、他の人が死んでいくとだと思う。自分が安全ならこんなに面白い余興は他にない。


 番所から人が来る。

「ご苦労はんです」

「壬生浪士組。斎藤ハジメです。御用改めに斬りかかってきたので成敗しました。後はよろしくお頼みもうします」

 あとは同心や岡っ引きに任せて、この場を離れる。


「減らねえな。不逞志士どもは」

血のついた羽織を、ヒラヒラはためかせ歩く原田さん。

「働いてもいない侍がなぜ京都に、なぜこんなにいるのだ?たしかに乞食に扮して、鴨川の貧民街で隠れていのもいるだろうが、飯は食ってんだぜ。拙者たちは飯を食うために、命を張って走り回っているのに京の町で志士がいられるのが不思議でならん」

 原田さんが疑問を口にすると、平助が答える。

「裏で長州が金を出している。と、もっぱらの評判です」

「だから長州藩といさかいが絶えない?何が良くて長州はがんばる?」

「目標は、倒幕。長州はこぞって討幕論者揃い」

「なぜにそこまで、恨んでいるのだ?」

「すべては吉田松陰。安政の大獄で殺された恨みで、つけ狙っているといいます。帝を上げて、幕府を倒せ」

「薩摩だってその辺は同じだろ。隙あらば、幕府を追い落して自分が後釜になろうとしている。そんなに権力が大事か?」

「原田さん。京都はもう何百年も権力争いの歴史しかないですよ」

「あ、そういえばそうか」

 本当に京都にいると権力の争いが必ず起きる。そう言う事が起きる土地なのだ。




 鴨川のところまで出ると、実戦練習の攻撃剣をやりに出た別の班と合流。

土方さんが隊長をやって、教えている班だ。

「どうした。やられたようだな」

「原田さんのは返り血だ。ケガはない」

「ハジメは鬼だ。草攻撃で店の前に並ばせて、詰まっている店の中に、容赦なくケツを蹴り入れ、斬り込ませた」

 原田さんが、土方さんに言いつけるように答える。

「魁、攻撃です。怖いけど痺れます」

 平助は結構、気に入っているようだ。

「戻るのか?」

 こちらの原田さんと平助は血で汚れ、負傷した奴は戻らねばならない。

「斎藤、こっちを頼む。俺も八木邸に戻なきゃならない」

 永倉さん、沖田さん、島田たちの強面を俺に預けてきた。

「鬼のハジメか、頼むぞ」

 永倉さんも、沖田さんも笑ってやがる。やりづらいな。


 ここからは祇園から下に降り、清水の方に見回りの順路を変えた。

段々、壬生浪士組が知られて来たのか、すれ違う侍は羽織を見て、隠れたりする。

 清水か。そういえばこっちはあまりきてないな。

こっちは清水寺や三十三間堂などの観光地が多いので、あまり志士が行かない。

そのため軽く流す程度の見回りしかしない。

大体が、地方から来たお登り様で、喧嘩は多いが取り締まりの対象にならない案件ばかりだからだ。

 案の定、酒を飲んでフラついている三人が、周りの店の看板や、ノボリを壊して歩いている。見つけてしまったため、声をかける。

「きをつけろ」

「うるせい」

「・・・・・・・」

 酔っている。無視して行こうとしたら、

「みぶろ」

 と大声で怒鳴る。酔っ払いが。

もう一回だけ無視してやろうと思ったが、真面目な永倉さんが反応してしまった。

「それはどういう事かな?」

 尋問に入る永倉さん。

「いい気になってんじゃねえ」

「拙者、京都守護職会津藩松平預かり壬生浪士組・永倉新八。申し訳ないが、どちらの家中の者か、名乗られよ」

「肥後藩家中のものだ。『みぶろ』ごときに名前なんて名乗る必要はない」

「それでは困る。肥後藩の確証が取れない」

「どんな権利があって名前を尋ねる?それなりの理由を述べろ」

 肥後は議論すきなので、口うるさい。面倒になってきた永倉さん。

「どうする?」

「斬りましょう」

 沖田さんが即答した。

「ならば言い立て出来ないように即死で」

「承知」

 永倉さん、沖田さんが柄に右手をかけ、つっーつと口煩い男の前に進む。

こちらは他の仲間の動きが見れるように、島田達一緒に脇にずれる。

「もう一度聞く。名前と何処のご家中かお聞きしたい」

 大声で永倉さんが聞いた。これでこちらを見ている周りの群衆にも聞こえたろう。

「いやといったら?」

 言い終わらないうちに、永倉さんが抜き打ちで、左袈裟斬りで斬る。

声も出ず崩れ落ちる男。

「うわー」

 後ず去る後ろの人間を、沖田さんが抜き打ちで横に払い、首を跳ねる。

するとその後ろにいた奴が逃げだしたので追う俺と島田。

大きな体の島田は足が遅く離されるので、俺が先に出る。

「大丈夫か島田」

「追ってくれ。逃がすな」

 次の角に出る前に追いつき、刀を抜いて走りながら、後ろから突く。

背中の肩口に刺さる。

「うぐっ」

 すると観念したか刀を抜きながら立ち止まり、振り返ってこちらに構えてくる。

構えは正眼。北辰一刀だろう。ブレはない。目録以上と思える。

「手練れか?」

右の肩口を刺してあるので、痛みのためか右に少し歪んでいる。

しかし稽古を積んでいるようで、相打ち覚悟の上段に振りかぶっている。

「一対一だな。島田を待つか。・・・・・・向こうは必死だ。斬りこんでくるだろう。どうする?」

 構えを、刃を横に寝かした天然理心流の平正眼に変えた。

「突きだ。棒術で使った突き。これで仕留める」

 少し踏み出し、相手の間合いに入ると、向こうがすかさず、斬る動作に入る。

それには応じず少し下がると、向こうは釣られて足を踏み出す。体重が前足に乗った。

 こちらの突き。

相手はそれをはじき、下がり間合いと取るが、逃さん。もう一歩踏みこみ、そこで  また突き。

 また下がって間合いを取ろうするが、そこで体ごとぶつかりに行き、右手を柄なら離して刃の背に添えて固定し、刃を滑らせて剣を突き出す。

固定してあるのでブレない。そのまま突き出せる。そして左手一本なので、体を入れ替えずにそのまま最後まで突き出せるので出す。

 こちらの間合いを超えて逃げ下がったはずなの、こちらの剣がなおも向かっていき、相手の胸に突き刺さる。

「なぜ届く?」

 信じられないはずだ。こんな長い剣の突きは見たことないはず。間合いに自信あるやつには想像も出来ない長さの剣筋で突かれるから、避けたはずでも串刺しになる。

 そして刺さった刃を水平にしているので、肋の骨の隙間に入り、肺に突き刺さっており、それを右手で柄を叩き横へ。

「ぐふ」

これで肺を切断。心臓まで届く。一瞬で絶命出来た。

追いついた島田、引く抜く姿を見て聞いてきた。

「左利きですか?」

 左手一本で刀を振り、血払いをしたからだろう。

「いえ右利きです」

 刀を右手に持ち替え、鞘にしまった。が、刀がうまく入らない。

「拙者は左利きだから左手でだけで振り回せるが、よほど力がないと難しいでござるよ」

「いえ、突きだけです。突きなら身体ごといけるから」

「なる程」

「力任せに行ったので、刃が曲がった」

 鞘の途中で止まっており、ちゃんと収まらない新新刀・山田一郎。




 屯所に戻ると、俺を見て平助が驚く。

「ついにやられたか?」

「違う。返り血だ」

「原田さんといい、ハジメといい、へたくそだな。どれだけ返り血、浴びてんだ」

 井戸に行って血を流しながら、さっきの左手一本突きを考える。

「突きの感じ、あれは届く」

 いつもより一足分、届いた。これは刀の刃渡り間合いじゃない。刀の長さそのままの間合いだ。これはかわせない。

これを極めれば、俺のだけの必殺の剣になりうる。

「何人斬ったかな」

 新新刀・山田一郎を見る。鞘から抜こうとしても、引っかかって抜きづらく、何とか抜けた。

「参ったな。新しい刀がいる」

 血を流し、着替えて奥の部屋の八木当主を尋ねることにする。




「八木さん、刀の事でご相談が」

「あ、斎藤様。それじゃあちらで話を聴きましょう」

 無類の刀好き、二つ返事で、蔵の方の部屋に案内してもらった。

「みてください」鞘におさまっていないままの新新刀を出す。

「ほほうこれは!直しますか?」

「いえ、相当刃こぼれがあるので、新しいのを頼もうかと」

「なるほど、使い込まれましたな」

 力を込めて鞘から出し、刀を検分する八木さん。

「はい承りました。また山田一郎殿に頼んでよろしいか?」

「それですが、気になる刀があります。『左の行秀』は手に入りますか?」

 八木さんがほくそ笑んだ。

「攘夷の剣ですね。切っ先が鋭くちょっと長い剣。新造なら手に入るでしょ。探すように頼んでおきます。攘夷の剣で志士を斬るというのもおつなもんでしょう。・・・でも斎藤様。そろそろみなさんのように良い剣を求めたらいかがですかな」

 そう最近は隊士がたちは剣が命になり、切れる剣を探している。

少々、値が張っても自分の命を託している品なので、銘のあるものを求めている者が増えているのだ。

「そうですね。とても欲しい。しかしどうにも自分に合った刀が思いつかない。このあいだのような同田貫なら欲しいと思うのですが」

「百両かかります」

「ですよね」

「でも斎藤様は、自分にあった剣というのが、なんとなく出てくるもんじゃないですか?」

「と申されますと?」

「抜刀、居合、軽い、重い。自分の使い易さであったり、見ただけで綺麗と思うものであったり、その人が気に入る刀です・・・・・今、売るのを頼まれている刀があります」

 八木さんは、刀箪笥に行くと、一振りを持ってくる。

「祐定といいます。室町の刀です。抜刀の優れた剣です」

すーと、差し出し、にこにこと八木さんに見つめられる。

まあ勧められるなら、一目見るだけと思い刀を抜くと、ちょっと白みがかった刀身が現れた。

「美しい」 

 素直に出た言葉だ。

「抜刀ですか?」

「ええ、実戦向きです。備前国住長船与三左衛門尉祐定」

 長さは二尺二寸、少し短めな刀だ。そしてこの刀、結構軽い。もしかしたら1キロを切るぐらいの重さしかないのではないか。

「いくらですか?」

「30両と言いたいが、15両」

「いやとてもそんなお金は・・・・・・」

「新しい剣が来るまで持っていなされ」

「それだと隊務で使って折ってしまうかも・・・・・・・」

「そうなったら買い取ればよろしいのではないですか」 

 そうだ。刀がなけりゃ隊務が出来ない。いやそれより京の町を丸腰では歩けないだろう。

「それではお言葉に甘えて、預らさせていただきます」

お辞儀をし、蔵から出て、庭に出る。

「やれやれ、大喪なものを預かってしまった」

と思う反面、綺麗な刀で凄くうれしい。

幸い庭に誰もいないので『祐定』を抜かしてもらう。

「綺麗だ。切れそうな予感がする。・・・・・・・そして抜刀。本当に抜群だ。前の刀より一拍早く抜ける。これで誰よりも先に斬る」

何度も抜いてはしまい、抜いてはしまいを繰り返し、確認する。

「抜いたら斬る。祐定。素晴らしい」


 部屋の戻ると平助が祐定を目ざとく見つける。

「ハジメ、それ。・・・・・綺麗なこしらえだな。ハジメに似合わん」

「ああ、俺もそう思う。赤鞘なんて華やか過ぎる」

「買ったのか?」

「預かっている」

「祐定か、俺も八木さんに勧められたが断った」

「平助は、いい刀を持っているものな」

「ああ上総介兼重。俺の愛刀だ」

 急に起き上がり、部屋に二人しかいないのをいいことに、抜きやがった。

「うわー。あぶねえ。」

「すげーだろ?」

「よくそんな高価な刀を使っているな。八十両くらいする刀か?ふつう使わんだろう」

「百八十両だ。れっきとした大名刀だ。だがな。これが俺の証明だ。俺はこれが無くては藤堂平助として認められない。刀というものはそういうものだぞ。ハジメも自分の信じる良い刀を持つべきだ」

「そういうものか?」

 刀はその人を表すと八木さんも言っていたが、だが、いまいち平助がいう言葉が腑に落ちず、胃袋辺りでモヤモヤしてる。



 昼と夜の1日2回。見廻りとして祇園さんと島原のあたりを東回り、南回りとして重点的に交互に回る。

どうしても人が多いところは争いも多い。治安維持としては、見回りは欠かせない。

四人一組、伍長一人、それを二班に隊長を一人、補佐1~2人。

全部で11~13人ぐらいの大所帯で動く。

 たまに新しく隊士や監察とかも一緒に行動することもあり、15を超える大人数の時もあり、いささか鬱陶しい。


「逃げると切腹。相手を捕まえないと切腹」

 原田さんがみんなに言っている。

「ひどいな。そんなのありか」

 隊士たちは、突撃させる原田さんに怯える。

しかしそれぐらい、いつも言っておかないと、怖くて飛び込めない。

土方さんと作った殺人剣の型が、だんだんと隊士の中に浸透してきた。

 雑草剣の名前が『草攻剣』と決まり、みんな死ぬ気で突っ込んでいくが、この『草攻剣』は過激だ。とにかく突撃しなければならないので実際何人も切られて屯所で養生している。

 この攻撃は毎回突撃順を変えて行っているので、順番が最初の攻撃の1番目に回ってくると、隊士たち『死番』と呼び恐れている。


「あまりの辛さに、脱走して逃げる奴も出てきています。この草攻剣は少し考えた方が・・・・・・」

 一応、土方さんには、状況を伝えると、

「わかった。はっきりした禁則を作る必要が出来たということだな」

 まったく違う。それじゃもっと隊士たちは逃げちまうよ。

とは思ったが、もう土方さんのことだ。俺が言う前に考えているのだろう。




 昼の見回りを終えて、非番になった。

いつもなら1日ごとに非番になるのだが、このところ志士の活動が増えたため、取り締まる回数が増え、それに伴い怪我人が続出してきたからだ。

出勤、休み。そして翌日は応援待機となっているはずが、出勤、出勤、休み、出勤とか、3連続出勤とか、厳しい対応になっているので、全く休みが不規則になっている。

「非番になった」

が、やることがない。いつも疲れているので寝てばかりだ。

まだ日が高いのだが、今日もサッサと終わりにして寝ようとしていたら、

「ハジメ。非番か」

 と平助が聞きに来る。そうだと答えると、ちょっと付き合えという。

「何処へ行くのだ?」

「泥棒市だ」

 百万遍知恩寺で、食い詰めた乞食が拾って来たり、店じまいしてしまった所から持ってきて並べる市。

 朝市から夜まで店が変わりながら開かれている市場で、中には本当に泥棒が盗んで来たものを売るという夜の露天商もいる。

「行く奴がいないんだ。付き合え」

 今日も市が開かれているので見に行こうと誘ってきた。

「男二人でか?」

「まあそう言うな。同い年じゃないか。仲良くしよう」

と軽い冗談を言うが、最近壬生浪士組は取り締まる量が増えた分だけ、恨まれる量も増えて、隊士一人で歩いていると狙い襲うということが起き始めている。

 特に長州藩と土佐藩が狙らっていると情報まで来ているのだ。

非番だからと言っても気が抜けない。

出来るだけ一人では出ず二人以上で行動した方がいいと隊内で言われ始めている。




 百万遍知恩寺の参道には沢山の古物商が大八車に家財道具などを積んで並んでいる。

数年前に起きた南海地震、そして東海地震の津波で、壊滅した町から持ってきて並べている奴が多く、水没した中古品だったりするが、なぜか、どこから仕入れたのか新品も多く、それが謎なのだが、そこが泥棒市の良さのようだ。

「すげえな結婚式か、引っ越しのようだな」

 参道の両側に箪笥、鏡台、火鉢、などなど無いものが無いと言っていいくらい物が来ている。

 そこを過ぎると今度は日用品になり、農機具、漁業など生活道具から、白粉、鏡、ビン付け油など、もっと日常の物になり、さらに奥には見たこともない南蛮渡来のし好品や漢方薬など、海を越えないと入ってこないご禁制のものまで、あらゆるものが並んでいる。

「さすがにすげえな」

 江戸の下町、深川で、住み込み道場の暮らしをして居た平助は、縁日のような、こういう雑多な市場が大好きだ。

 前から行こうと誘われていたが、別に何も欲しいものがなかったので行かなかったが、やはりくれば来たで楽しい。

「ほら、これ見ろハジメ」

 露天商の一つに、箱を何個か並べ、そこに錆びた刀身だけを入れた店があった。

「前から刀の出物があるって聞いていたので見てみたかったんだ。ほらほら、刀はいっぱいあるぞ」

 錆びてボロイ刀。一山、状態に並べてある。

「出していいのか?」

「へい」

 刀は鉄なのですぐ錆びる。手で触っただけでも錆びる。それを柄も、鞘も取り外して刀身だけで、刀同士重ねたら余計錆びる。

多く運ぶ為だろうが、箱に入れて置いたら錆びだらけで、どうにもならん。

「これは幾らだ?」

「どれでも三両です」

「おやじ、この錆びた刀、どれでも三両?高くないか」

「津波でつぶれた町から引き上げて来たらしいです。蔵から持ってきたので、大体は良品のはず、刀箪笥から出されたものなので、中には名刀も混じっていると言われています」

「見つけたならば安い?」

「考え方次第です」

 しかしここまで錆びちゃ駄目だろう。芯までいってたら、さび落としで折れる。

平助、面白がって出して見る。

「見ろ、村正だ」

刀の茎に、村正と銘が打たれている。錆びてはいるが微かに読める。

徳川の鬼門の刀だな。刀狩りまでして潰した刀だ。しかし本物とは長さが違う。反りがこんなに有りはしない、第一長い切っ先が特徴なのにそれが短い。

「なかなか面白い、刀匠になった気になるな」

「そうだな」と言いながらいくつか名を見たが、その中にまったく銘が見えないものが出てきた

「これは?」

 出して見ると、これに似た刀を何度か見た覚えがある。二尺二寸ぐらいか。その実物より少し短め。

「銘は?」

「ない」

「見立ては?」

「・・・・・・虎徹」

 持ち上げると剣の肉厚もある。ますます似ている。

「これは本物か?」

 平助に渡すと、唸る。

「・・・・・確かに似てはいる。でもどうして銘がないのか?」

「薄くて、錆びに埋まっているんじゃ」

「逆にこうやって偽物を掴ませる手だ」

「古物をやっている奴に向けての引っかけか。・・・・・・しかし似ている」

「やめとけ、同じ刀は嫌われるぞ」

 確かに、近藤さんと同じ刀だと向こうが嫌がる。虎徹は人気がある。だから偽物が多い。もう一本出てきた時、きっと「近藤さんのは本物か?」とか言う話になる。

 面倒くさいのでやめよう。


 境内を歩いていくと、まだまだ古物商や刀売りがたくさん出てくる。盛んなようだ。またゆっくり来て、自分の刀を探すのもいいかもしれない。

 そして出口付近で、折り返して戻ろうとすると前から来るやつがどうも気になった。見たことがある奴だ。誰だ?

 最近はダメだ。周りにいる人間全て気になったりする。探索の癖が抜けない。

目つきの鋭い旅姿の男。つい呼びかけてしまった。

「もし・・・・・・」

「なんですかな?」

「こちら壬生浪士組の斎藤と申します。貴殿の名前を聞きたい」

「この往来で突然ですな。・・・・・・名乗らない訳ではないですが、なぜうえに詮議します?」

「確認したい事がございます。どちらの家中で名前をお願いしたい?」

「往来を歩いているだけで、検索ですかな」

 筋は通した。これ以上、逃れようとするなら・・・・・斬るか?

刀を触って違和感が湧いた。そうだこれは裕定。

この綺麗な刀で、斬るのか?・・・・・・

「どうなされた」

「いや・・・・・・こちらの見間違いのようだ。行ってくだされ」

「左様。寺で無用な戦いは嫌ですからな。ごめん」

 それを平助はみつめていた。

「逃したのか?」

「いや見間違いだ。詮索は無用だ」

「どうした詮索はしつこいくらいする男なのに、いつものハジメらしくないな」

「流した。悪くは無いはず」

「まあな。非番だし、全員に食って掛かっても疲れるだけだから」

 呑気な平助はまたあるきだす。

しかし・・・・・・今、俺は斬り合いになるのを少し躊躇した。

「これが刀の効果か、臆したのか、はたまた余裕の威厳か・・・・・・」

 柄を見る。綺麗な施し、彫金の素晴らしい鍔だ。見ただけで満足出来る。

「この祐定は美しい。これで人を斬る?汚れる・・・・・・」

 いや刀というのは人を斬るため。そのためであってほしい。ならばこの美しさがいらない。

 俺に疑問が湧く。この刀を持つという意味が。


 八木家に戻ると、嬉しそうに当主の八木さんが俺を待っていた。

「刀が来ましたよ。左の行秀・・・・・」

すぐに蔵に行って刀を受け取る。

 左の行秀。最近は攘夷の志士がこぞって、この刀を持つ。攘夷志士の間で人気の理由は、少し刀身が太く長く、丈夫な作りだと言われている。つまり人斬りにいいと言われている。

 岡田以蔵か、誰かが戦いに使えるように注文を出して作らせたという噂が流れているが、真偽は定かではない。

「ご主人、お幾らでしたか?」

「はい四両になります。人気があるので高いそうですが、元がそれぐらいなので、四両で手に入れることが出来ました。・・・・・・それでどうでした祐定は?」

「抜刀は素晴らしいです。しかし使いませんでした。この刀は俺には合いません。ですからお返しします」

「おや残念ですね。斎藤様のように判ってくれる方に使ってほしいと思っていたのですけど。・・・・・・まだ手元に置いておくので、しばらく預けたままでもいいのですよ」

「やはり俺は切れる刀が必要でして、綺麗な刀は躊躇するようです。ありがとうございました」

 祐定を返し、蔵を離れた。

「おハジメ。それが新しい刀か?」

 部屋で、もう寝る準備をしている平助に聞かれた。

「ああ、左の行秀」

 平助に渡すと無造作に抜いてみる。

馬鹿、他にもがいるのに抜きやがって、あぶねえ奴だ。

しかし「ふーん」というと、しまってすぐ返してくる。

「綺麗じゃないな」

「切れればいいのだ」

「前の祐定は?」

「返した。俺には綺麗すぎる。実用的なやつで十分だ」

「そうかな?切れるのは重要だがそれより大事なことがある気がする。ハジメは綺麗だと躊躇するようだが、刀は自分だと思っている。汚い自分より綺麗な自分の方がいい」

「刀は道具だろ。切れればそれでいい」

「違う。刀が道具というなら、みんな同じ刀になっちまう。斬れればいいだけの刀」

 平助、自分の刀を掴みあげる。

「上総介兼重。これは俺自身。俺が藤堂平助であるという証明だ」

 あまりの剣幕で突き出して来るので、それを受け取り抜いて見る。

長さ二尺四寸。長い刀だ。そして重い。

刃文が大きく金筋が出て躍動している。

身幅が広く豪快で斬れる匂いが漂う。匂口と沸口が絶妙に美しい。

八木さんもたまに見せてくれてと頼む一品。


「俺には金がない。これほどの物は・・・・・・」

「金の問題じゃないだろう。自分の命だ。自分が素晴らしいと思うものを持つべきだと言うことだ」

 なるほど一理ある。

「ならば俺の刀とは?」

「知るかい。自分で探せ」

 まあその通りだ。

「平助は予備あるのか?」

「ああ山田一郎の刀を買ったが、八木さんに預けっぱなし。これがダメになった時ようにと思い、作ってもらったが、考えてみるとこれがダメになった時点で俺は死んでいる時だ。結局使わない」

 笑っている平助。

なるほど、その剣が終わるときは自分も終わっているか。その通りかも知れない

「そうか、もう一度。泥棒市。行ってみるか」


 夜になって、人もまばら、店もほとんどなくなっている。

また出直しか。と、思いながら歩いていくと、あの箱の刀売りはまだいた。

「そうだな。どうもあの刀・・・・・・虎徹まがいが気になる」

 箱の中を探してみると、まだあった。

「銘はない。贋作だろう。しかしこの存在感はなんだ?・・・・・・祐定は自分の刀ではなかった。じゃどれが自分の刀なのだ?」

 刀は人を斬るために作られている。俺も人を斬るために刀を持つ。

美しさは居るか?いらん。

名前は居るか?いらん。

ならば、どんな刀でも構わん。それが斬れる刀ならば。

「虎徹は斬れると聞く。もしこれが本物ならば・・‥‥見逃すには惜しい」

 ちゃんとしたものならまだしも、こんな錆びた鉄屑に三両(約40万円)。

「まがい物としたら高いな。・・・・・・親父、これをくれ」

 三両、払って布で包んでもらう。


 八木邸に戻ると、もう寝ていた平助が目を覚まして布団から顔を出し聞いてきた。

「銘なしを買ったんだろう?」

「判るか?どんな姿か見たくなった。研ぎに出す」

「やっぱり買ったか。あんな錆びて腐った刀によく三両もだすよ」

「蔵から出された名刀だぞ。悪いものがあるはずない」

「刀好きが騙された」

 笑い出す平助。

「道楽さ。仕方なかろう」

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