13 軍隊教育課程

 俺は14歳になり、大学院修士課程を卒業した。


 毎度恒例の儀式が執り行われ、使用人たちは喜び、一般人は恐怖から逃げ出し、政治家たちは相も変わらず我が家の関心を買いに集まってくる。

 それら一連の儀式を、シェルドが死んだような目で見ていた。


 大丈夫だ、そのうち慣れるから。


 これはグランツ家の恒例儀式だ。

 そう思うことにして、俺はさらりとこのイベントをこなした。




 そんな事より重要なことがある。

 俺は修士課程を卒業した。


 修士課程を卒業すれば軍隊の士官教育、さらにその先にある上級士官教育課程に進むことができる。


 我が家のコネを用いれば、キース・グラン連邦空軍の士官教育を受けることなど朝飯前。


 学歴には問題ない。

 空軍への人脈コネも問題ない。

 多少の問題があったとしても、金の力だってある。


 なのだが、俺は空軍の士官教育を受けることができなかった。



「ダメです。

 軍人はその年の4月時点で、18歳以上でなければ受けることができません。

 この鉄則に、一切の例外はありません。

 坊ちゃんはご自分の年齢をお忘れですかな?」


「クッ」


 軍需工場の工場長は退役空軍大将。

 その工場長からグウの音も出ない正論を突き付けられた。


「そもそも、子供が戦うなどあってはならないのです。

 そのようなことが起きないために、我々大人が戦場に出ていているのであり……」


 この後、老人特有の長い説教が始まってしまい、俺の士官学校入りは実現しなかった。



 子供を戦場に送るなどもってのほか。

 人殺しをさせるわけにも、殺されるわけにもいかない。

 あまりにも常識すぎる常識のせいで、子供が軍人になることはできない。

 当然、軍隊内にある士官学校に通うこともできない。




 ところで、なぜ俺が士官教育――正確にはその先にある上級士官教育――を受けたいかだが、理由は単純だ。


 死にたくない。

 だから、ただの兵卒でなく上の階級になりたい。



 ここから話すのは、キース・グラン連邦軍における話だ。

 前世の日本や、他国の軍事制度と同じにしないでもらおう。


 まず第一に、キース・グラン連邦軍の規定を話していく。

 軍では徴兵制が採用されているため、18歳から25歳の間に軍隊に入隊することが義務付けられている。


 それも入隊先は陸軍限定だ。

 陸軍は、軍隊の中で最も兵数が必要であることが理由の一つ。

 もう一つは、空軍や海軍は専門の技能が必要になるため、徴兵で集めた兵士に専門的な技能を期待できないからだ。


 そして徴兵で集められた連中など、ただの下っ端でお終いだ。


 彼らは基本的な訓練を施された後、各地に配属される。

 中には派遣軍の一員として、対シャドウウォーカーの前線へ連れて行かれもする。



 入隊1年目は2等兵で、1年経過した段階で1等兵に昇格される。

 そして生き残ることができれば、軍役は終了し、多くの人間は家に帰ることができる。



 だが、下っ端なんてのは、命令を出す上の連中から見れば、吐いて捨てるほどいる、一山いくらの扱いだ。

 いくら数が減ったところで困らない。


 突撃と命令されれば鉄砲玉になって突撃し、死ぬときは肉壁となってお終いだ。


 はっきり言って、この連中が一番死ぬ。

 もっとも死にやすい立場にいる。



 俺はそんな枠に加わりたくない。

 何事にも例外と抜け道があるので、俺の場合は徴兵先がなぜか空軍の下っ端になることが約束されているが、今回の話でそれは重要でないのでカットだ。



 ところで、高校を卒業して職業軍人となった場合、1等兵から上の階級になる道が開かれる。

 上等兵、兵長、伍長、軍曹、曹長と階級が上がっていく。

 ただし、高卒連中がたどり着けるのは、ここまでだ。


 軍曹や曹長なんてのは、大体が歴戦の兵士で、中年のおっさんで占められている。


 これがいわゆる兵隊と呼ばれる連中で、上から見れば一山いくらだ。

 ただの駒扱いされる連中だ。



 しかし、大学を卒業した場合は、士官教育を受けることができる。

 士官教育課程に進めば、卒業後に軍隊に入隊することを条件に、兵役が免除される。


 そして士官教育修了後には、少尉として任官だ。

 少尉となれば、命令される側の兵隊でなく、兵隊たちに命令を出す立場になる。

 もちろん、より上の階級からの命令に従う必要はあるが、武器を持って突撃するだけの兵隊カカシとは訳が違う。


 階級も、軍隊で実務経験を1年積めば中尉へ自動的に昇進し、さらに大尉までの道のりが約束されている。

 うまくやれば、ここからさらに佐官に登ることもできるが、行けたとしても中佐止まりだ。

 それ以上はない。



 ただし大学院で修士課程を卒業している場合は、さらに話が変わる。

 士官教育を修了後、軍隊で1年過ごして中尉になった時点で、上級士官教育を受けることを選択できる。


 上級士官学校を卒業すると、その時点で自動的に階級が1つ昇格させられ、大体は大尉か少佐になる。


 上級士官学校を出ている場合は、佐官クラスになるのは当たり前で、少佐、中佐、大佐と階級を上げることができ、さらにその上にある将官への出世コースが開かれる。

 将官ともなれば、将軍と呼ばれる地位になり、少将、中将、大将、そして軍隊における最高位である元帥にまで続いていく。


 上級士官学校を出れば、エリートコース扱いされるわけだ。


 さすがに元帥や大将は頂点の階級のため、誰でも就ける階級ではない。

 だが、上級士官学校を卒業すれば、よほどのへまをしない限り、中将辺りの階級が将来的に約束されている。


 むろん、それまでに死ぬことなく軍隊に留まり続ける、という前提条件は付くが。




 俺は別に、上級士官学校を出て、将官を目指したいのではない。

 軍の出世ウリートコース自体には興味ない。


 痴女駄女神のために、世界を救おうという志もない。

 まずは生き残ることが、俺の第一目標だ。



 さて、ここからが俺にとって最も重要な話になる。


 軍隊において命令を出す将官クラスの人間たちは、上級士官学校卒業生のみで作られている。


 彼らは、上級士官学校を卒業した者たちは、自分たちと同じ側に属する”仲間”だと認識している。


 末端の兵隊は自分たちの仲間でなく、ただの駒なので、簡単に使い捨てる。

 だが、自分たちの仲間を駒として扱うのはもってのほかだ。

 仲間は大切に扱い、可能な限り戦場で死ぬことがないように配慮する。


 むろん、戦時下の軍隊で、絶対に死なないという保証はゼロだ。

 それでも、命令する側からの扱いが兵隊と上級士官学校出では、天と地ほどの差がある。




 俺は上級士官学校を出て、可能な限り軍隊内の安全な場所にいたい。

 だから、上級士官学校に拘っている。



 むろん前線でなく、安全な後方で兵器開発に関わるのが最良だ。

 最低でも整備兵になれれば、最前線で敵と直接戦わされるなんて、死亡率の高すぎる現場に送られなくて済む。



 でも、無理だろうなー。

 エインヘリアル見習い(笑)の俺が、前線から遠い場所にいるのは、おそらく不可能だ。


 ならば前線に立つとしても、少しでも安全なポジションにいたいと思うのが、俺の考えだ。


 そのための、目指せ上級士官学校だ。





 なお、士官学校とそこから続く上級士官学校入りは、一時断念せざるを得なかったが、グランツファミリーのコネをいろいろと使った結果、学校の教育内容自体は非公式に受けることができた。

 公式には上級士官学校卒業とならないが、それでも中身を全て勉強できた。



 やっぱりうちのファミリーって、色々と恐ろしい。


 でも、家の力を使うことで俺の生存率が少しでも上がるのだから、グランツ家様々だ。

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