8 ウィルくんの物理面強化

 10歳になった。



 ところで、戦争で戦うとはどういう事だろう?


 俺が思うに、前線で武器を持ち、兵士として敵を倒すことだけが戦いではない。



 人類の敵であるシャドウウォーカーとの戦争は、人類同士の戦争とは異なる。

 人類であれば領土や経済問題、イデオロギーの違いが戦争の引き金になるが、シャドウという魔神が言ったことが事実であれば、シャドウウォーカーの目的は人類という種族の根絶だ。


 外交的妥協や停戦交渉というものがありえない。



 既に戦端が切られ、30年もの歳月が経過している。


 この間、人類側は常に戦線を押し込まれ、戦況が芳しくない。


 かつて赤の超大国ガルナッヘ帝国の帝都から発生したシャドウウォーカーは、勢力圏を拡大し、既に旧グラス条約機構に加盟していた国々を攻め滅ぼし、滅亡させている。


 青の超大国アルカディアを盟主とするカルナディア条約機構は、団結してシャドウウォーカー戦に当たっている。


 そして、どちらの条約にも加盟していなかった中小国の多くは、独力での防衛が不可能となり、その多くが滅ぼされている。


 この星は既に人類が生存する領域より、シャドウウォーカーが支配している領域の方が広くなっている。


 俺がこの世界に転生してからも、滅ぼされた国の数は両手できかない数になっている。


 この状況が続けば、いずれ人類はこの星から駆逐されてしまうだろう。




 その事態を防ぐために、俺はここにいる。

 少なくとも、俺をこの世界に転生させた痴女駄女神は、そう思ってこの世界に転生させたのだろう。


 もっとも、前世がただの一般人でしかない俺は、駄女神と同じ考えで行動しているわけではない。


 俺は単に、死にたくないだけだ。

 前世の死は、意識がない状態で訪れたので、死の苦しみというものは皆無だった。


 だが2度目の人生だからと言って、はいそうですかと納得して、何もせず無抵抗に死にたくなんてない。


 俺は生きたい。


 生物としての単純な欲求に従っているだけだ。


 だから、シャドウウォーカーと戦う。

 シャドウウォーカーの侵攻が、いずれキース・グラン連邦にまで達すれば、死なないために奴らと全力で戦う





 だが、そうなるのはまだ未来の事だ。


 戦争においては、前線で兵士が武器を握って戦うだけではない。


 銃後においては、武器や弾薬を生産し、それを前線に送る仕事がある。

 武器も弾もなければ、軍隊は戦えない。


 これも戦争を支えるための、戦いの一つに違いない。



 グランツ家の武器工場も、日々休むことなく稼働を続け、前線へ武器を送り出している。

 我がキース・グラン連邦も、条約加盟国を守るために、派遣軍を他国へ送り出している。



 そして爺さんが所長を務める地下秘密研究所でも、人類の戦いを支えるために、新たな装備品の開発に日夜いそしんでいる。


 ここで新たに開発された装備が軍隊に普及し、前線にいる兵士たちを強化することで、敵の侵攻からの防波堤となってくれる。


 これもまた一つの戦いだ。

 現代戦においては、常に兵器の開発・改造が行われ、軍隊は強化され続ける。

 技術力の向上は、戦力の増強に結びつく。



「俺としては、爺さんの助手を続けて、装備開発で戦争に協力するのが一番の理想なんだけどな」


 “幼女戦史”という話に登場する幼女少佐殿は、安全な後方勤務をいたく希望されていたが、その願いが叶わず前線送りになっていた。


 俺もその考えに賛同だ。

 前線になんて行けば、いつ自分の命が消えてしまうか分かったものじゃない。

 現に今この瞬間も、前線では毎日何百、何千いう兵士が死んでいってる。

 そんな場所にはいきたくないので、安全な後方にいたい。


 俺の場合、このまま研究者や技術開発者としてやっている環境にある。

 たとえそれが無理な状況になっても、整備兵としてやっていけるだけの技術力は持っている。


 爺さんの研究に付き合っていれば、軍の装備品の修理、メンテナンスなんて、簡単にできるようになってしまった。


 シンクを作った際に、多脚戦車の研究もしたので、陸軍の多脚戦車の修理だってできる。




 ただし、これはあくまでも俺の希望だ。


 この世界に俺を放り込んだ痴女駄女神は、そうとは考えてないだろう。


 何しろあの痴女は、見た目はあんなのだが、当人(神?)が言うように本物のヴァルキリーだとすれば、事は一大事。


 ヴァルキリーが選定するエインヘリアルとは、前線で戦い、敵の首を上げる英雄たちの事をさす。

 間違っても、後方にいる研究者や整備兵の戦いを、戦いとは受け取らないだろう。

 エインヘリアル見習いだとしても、ダメだろう。


 この世界に俺を転生させた原因が、そんな神なので、俺もいずれは前線送りになるのが確定だ。


 俺の希望でなく、神の希望によって。




 ということで、死にたくない俺としては、技術面での知識を獲得しつつ、日々自分の肉体強化にもいそしんでいる。


 ビリー教官の訓練は既に終え、レーザーライフルも実弾ライフルも自由自在に扱うことができる。


 パワードアーマーなし、食べ物なしの状態で、60キロの荷物を背負い、冬の雪山を3日間雪中行軍もした。

 泥の中を這いずり、雪に足を取られて崖から滑落しそうになり、かじかむ手に息を吹きかけ、凍えないように耐えた。


「すばらしい、これでお前は惰弱で無能な芋虫を卒業だ。今日から貴様は兵隊だ!」


 訓練が終わった時、感動して泣きだしたビリー教官に叫ばれた。

 教官だけでなく、俺も猛烈に感動して、涙が出てしまった。


「ビリー教官、ありがとうございます!」


 数々の苦難を超えたことで、俺とビリー教官の仲はより深まったと思う。

 兵隊として。




 ビリー教官は元軍人で、軍隊では本物の教官をしていたから、兵隊としては優秀だ。


 だが、家の使用人たちの中で、ビリー教官より上はまだまだいた。




 我が家の料理長は、いつも美味しい料理を出してくれる腕のいいコックだが、なんと元特殊部隊出身の大佐とのこと。


 第4次世界大戦当時は、敵軍に奪取された戦艦や原子力潜水艦を、たった1人で奪い返した猛者。

 衛星軌道上にある対地攻撃型人工衛星のコントロール装置が敵国に奪われた際も、彼がたった1人で敵国の兵士をバッタバッタと薙ぎ倒し、無双して奪い返している。


 ちょっと待て、第4次大戦当時のセキュリティーどうなっている!

 戦艦も原潜も、ヤバイ衛星のコントロール装置も敵国に盗まれているとか、警備がザル過ぎるだろう!


 話を聞いた時には、そう叫ばずにいられなかったね。



 とはいえ、無双大佐は得難い人材だ。

 俺は元大佐殿に頼み込んで、直々に訓練を施してもらった。


 結果、何度か生死の境を彷徨い、三途の川を見た気がする。


 川の手前で、

「ダメー。ここで死ぬのは早すぎるから、引き返しなさいー!」

 と、ビキニアーマー痴女に後ろから抱き付かれ、川を渡ろうとする俺を引き留められた記憶がある。


 多分、訓練が激しすぎたせいで見た幻覚だ。

 妙にリアルな幻覚で、痴女の胸と肌の感触がまざまざと蘇るのが不思議だ。


 あの痴女の肌、一度触れると、放そうとしても吸盤みたいにくっ付いて、なかなか離れない。



 それと何度か死にかけたせいで、

「「ウィルー!」」

 と、両親が泣き叫ぶ日もあった。


 赤ん坊の頃にも、そんなことがよくあったな。



 とはいえ、料理長のおかげでますますパワーアップだ。


 これで戦場に出たとしても、素手で歩兵中隊くらいは撃退できる実力が身に付いた。

 過信は禁物だが、ステルス行動で相手の背後に回り込み、1人ずつ確実に仕留めて行けば、中隊程度問題ない。



「お前はまだヒヨコだ、これからも精進していけ」


「はい、料理長っ!」


 料理長に比べれば、俺なんてまだまだ。

 元大佐が、俺の事は料理長と呼べと言ったので、そう呼んでいる。


 とはいえ、料理長は簡単な事ではヒヨコとすら呼ばない。

 ビリー教官ですら、料理長から見れば卵扱いだ。

 卵の殻すら破れていない。



 料理長に認められた俺は、感動で涙した。


「よし、次のタマネギを剥げ」


「はい、料理長っ!」


 決して特殊部隊の訓練と並行して、料理の腕も仕込まれたのが原因ではない。

 たかがタマネギ100個の皮むきで、泣くわけがないだろう。


 グスンッ!




 だがしかし。

 我が家にはさらに上がいた。


 武器工場の工場長だが、元は空軍で大将まで務めた人物だった。

 現在は定年退職した退役軍人お爺ちゃんだが、老後の人生を営むにはまだまだ早いからと、工場で働いている。


 うちの工場が空軍の天下り先になっていて、それでやってきただけの可能性が無きにしも非ずだが、そのことは気にするまい。




 もちろん、工場では天下りと関係ない一般人も働いていている。

 中には、その辺にいくらでもいそうな、普通の中年おばちゃんだっている。


「坊ちゃま、ウィル坊ちゃま」


 俺の事を見ると、いつも愛想よく笑いかけてくる、ふくよか体型のおばちゃんだって働いている。


 肝っ玉母さんという感じで、お菓子を何度か貰ったこともある。



 ビリー教官などの元軍人の使用人たちは、何故かおばちゃんを見るとペコペコと頭を下げて、平身低頭している。


「ちゃんと野菜も食べているのかい?

 図体がでかいからって、健康的な生活をおろそかにするんじゃないよ!」


 元来、男とは女に勝てない生き物だから仕方ないのだろう。

 特に男にとって、母とは永遠に逆らえない相手。

 おばちゃんからにじみ出るおかんオーラに、教官たちもたじたじだ。



 このおばちゃんに、ちょっと変わったところがあるとすれば、兵器の試射でマシンガンを手にした時、性格が変わることくらい。


 1人では持ち上げられないようなマシンガンを両手で握りしめ、引き鉄を引いて的に連射していく。


「ハヒャヒャヒャヒャ、20年前を思い出すねぇ。

 あの時の戦争で、人間をぶち殺しまくった思い出が蘇るよ!」


 とても楽しそうに笑うおばちゃん。

 用意された的は、マシンガンの弾でズタボロにされ、原形が残らない。


 実は第4次大戦当時、若かりし乙女だったおばちゃんは、マシンガンをぶっ放して敵兵を大量に殺していたそう。


 その時の体験で、トリガーハッピーになっている。


 俺はこのおばちゃんと仲良くして、マシンガンの使い方を教えてもらった。




 と、話がそれたな。


 工場長で、元空軍大将のじい様。



 空軍に対しては物凄く顔が効く人物で、何度か空軍の施設に連れて行ってもらえる機会があった。

 その際、施設内部を案内してもらえた。


 そこで航空機の操縦方法や、機関銃とミサイルの撃ち方を教えてもらえた。


 前世の地球には存在しなかった、空飛ぶ巨大戦艦である”航空機動戦艦”の内部も案内してもらえた。


 操縦席に座って操縦の仕方や、砲撃の仕方。

 核攻撃命令が出た際の、核ミサイル発射の手順なんかも教わった。



「あれ、うち国って核は保有してなかったはずじゃ?」


「シィー」


 気づいてはいけないことだったようだ。


「ワー、スゴイナー」


 ということで、俺は座っていた操縦席の操縦桿を握り締め、無邪気なただの10歳児を装うことで誤魔化した。



 もちろん、これらの事を一般人の子供に教えるのはダメなのだが、世の中なんとでもなる方法がある。


 うちが空軍の天下り先であることと、さらに軍に多額の寄付をしているので、”少々”のことには目を瞑ってもらえる。



 改めて思うが、グランツファミリーの力ってスゲェーな。

 金と人脈の力があれば、軍隊内で”少々”のことをやっても、問題にならなくなるんだから。

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