7 多脚戦車と友達

 この世界には多脚戦車が存在する上に、グランツ家は軍需工場を持ち、地下には秘密研究所まで完備している。


 であれば、絶対にしなければならないことがある。


 9歳になった俺は、爺さんの研究助手を務めることで、いろいろ学習した。

 研究所の中で、右往左往していた頃の俺とは違う。


 結果、ついに目標の物を自力で完成させることができた。


「僕の名前はシンク。よろしくね、マスター」


 6本の足に、2本のアームを備え、キュートなボディーをした多脚戦車。

 しかも演算結晶と呼ばれる超AI回路を内部に搭載し、自立思考が可能ときている。


 そんな多脚戦車タンが、キュートな動きで挨拶する。


「よろしくな、シンク」


 あまりにもキュートな姿に、思わず抱きついて頬ずりしてしまった。

 我が家のシンクは、世界一キュートだ。



 この自立思考可能な多脚戦車のシクンだが、多脚戦車の特徴である不整地走行が得意で、舗装されていない道でも、廃墟と化した瓦礫の上でも、走破することができる。

 左右のアームにはそれぞれレーザーバルカンと、実弾のバルカンを装備し、天候が悪い場合の対策もちゃんとしている。


 多脚戦車としては小型なため、戦車砲を搭載していないが、いざという時の火力として、小型ミサイルを1発だけ発射することができる。

 うまくやれば戦車相手でも沈めることができる。


 基本的に対戦車戦を想定せず、対人相手に無双の強さをもつ。

 というか、戦車相手に戦うと戦車砲1発でお陀仏だ。

 戦車としての装甲はないに等しい。



 それでも、この小型のボディーはパーフェクトビューティー。


 シンクを生み出した俺は、親バカであることを自覚しながらも、褒めずにはいられない。



「ウィル、うちは空軍相手に商売をしているから、多脚戦車はダメだよ。それは陸軍の領分だ」


「……」


 俺の自慢のシンクだが、おとんからダメ出しされてしまった。


「で、でもさ、シンクには新機軸の装備を搭載していて、このフックショットを使えばビルみたいな高い場所へも縦移動できるんだ。

 従来の横移動しかできない多脚戦車と違って、都市戦では縦横無尽に移動できるんだよ。

 それに光学迷彩ステルスも装備しているから、相手に気づかれることなく追跡ストーカーをすることも可能で……」


 俺の可愛いシンクに、ダメ出しなど許されるはずがない。

 俺は必死になって、おとんを説得しようとする。


「……なんで俺の息子は、ただの戦車に、そこまでの装備を搭載してるんだ?」


「戦車じゃなくて、多脚戦車!」


 シンクのことを戦車と呼んではダメだ。

 ただし思考戦車と呼ぶのは、俺の中では合法だ。


 なお、シンクは見た目の割に、かなり高性能な多脚戦車。

 既存の技術では、コンパクトボディーに収めたい機能が入りきらないので、俺が頑張って既存のシステムを改良、小型化して、なんとか搭載した。

 シンクの為に、開発研究費がいろいろとんでいったが、グランツ家の資産からすれば、微々たるもの。


 何しろシャドウウォーカーとの戦争は現在も世界規模で継続中。

 軍隊相手に稼いでいる我が家は、不況知らずの好景気。


 それにシンク開発の為に小型化した技術を使えば、さらに稼ぎを増やすことができる。


 既に爺さんが俺の研究成果に手を付けて、次の実験に組み込んでいってるし。




 だけど、俺の熱意の前におとんはため息をつく始末。

 多脚戦車タンの何がダメだというのだ?


「……いいかいウィル、よく聞くんだ。

 100歩譲ってこの戦車を……」


「多脚戦車!」


「……多脚戦車のことを認めるとしても、思考可能なAIを搭載するのはダメだ。

 第3次大戦の時に何があったのか、頭のいいウィルなら知っているだろう」


 おとんが俺の目を見て言ってくる。



 さて、おとんの話に出てきた第3次大戦。


 この世界で起きた過去の戦争だが、その時の原因になったものがマズイ。


「第3次大戦では、当時の思考AIが暴走して、世界中のコンピュータシステムをハッキング。

 流通や、経済、電力網が機械に乗っ取られて、社会システムが崩壊。

 その後は、高度にAI化されていた軍事機械まで掌握され、機械と人類の生存をかけた大戦に勃発。

 この大戦の結果、辛くも人類側が勝利したものの、世界人口が最盛期の1割にまで減ってしまう。

 以後人類は、種としての繁栄を取り戻すためにクローン技術に手を出すことで、人口の急速な回復を促していくことになる」


 つまりは、過去に起きた第3次大戦の原因は、高度な思考能力を有するAIが原因。

 それに類する技術を、シンクの思考AIに使っている。


「その通り、教科書通りの解説だね。

 いいかい、軍事機械に思考AIを取り付けるのは、絶対にダメだ」


 おとんの口調がかなり強い。


 だが、思考能力のないシンクなど、ただの多脚戦車になってしまう。

 俺としては、認められない。


 そして俺は、ビリー教官を始めとする強面の元軍人集団から訓練され、扱かれているので、おとんの恫喝程度へでもない。


「父さん、第3次大戦でAIが暴走した真の原因は、当時の天才科学者が意図的にAIに仕組んでいた、プログラムが原因だったとされているよ。

 あの戦いの原因は、AIでなく、全部人間にある」


「そのことまで知ってるのか」


 苦虫をかみつぶした表情になるおとん。


 過去の大戦の原因だが、真実は思考AIが原因ではない。

 プログラムが意図的に人類に敵対するように仕組んだ、天才科学者が悪いのだ。


 だけどその大戦が原因で、戦闘機械に思考AIを搭載するのは、未だにご法度とされている。


 天才科学者って奴は、頭はいいんだろうが、人類を根絶するようなプログラムを仕込むとか、やってることがヤバすぎるな。

 マッドだ。


 うちの爺さんも、割とそっちの側の人間だけど、流石に人類抹殺計画には加担していない。


 ……ゼーレンって組織が、人類液化計画を企んでない限りは、だけど。




 それはともかく、俺とおとんとのやり取りは続く。


「ウィル、君が何を言おうと、多脚戦車に思考AIを搭載するのはダメだ」


「で、でも、シンクの操作性は人間には複雑すぎるから、思考AIがないとまともに動かせなくて……」


「それでもダメだ」


「クッ」


 グランツ家と言えども、所詮はただの地方の名士。

 世界的に軍事機械への思考AI搭載が禁じられている状況を、覆す力はない。



「シンク、ごめんな」


「マスター、落ち込まないでー」


 結果、おとんを説得できなかった俺は、シンクから武装を取り外す羽目になった。


 アームに備え付けた、レーザーと実弾のバルカン砲はなし。

 小型ミサイルも撤去。

 ステルスシステムも、軍事利用可能ということでオミット。


 ただし、フックショットは健在。


 こうしてシンクは、自立思考能力を持つ、ちょっと変わった多脚自動車に変わってしまった。



 まあ、AIは元のままだし、見た目にも変化はない。

 武器がなくなっただけで、シンクの愛らしい姿は一片も失われることなく健在だ。


 でも、多脚戦車でなくなったことが無念だ。


 俺はシンクに抱き付いて、その日1日落ち込んだ。





 ☆ △ ◇ ☆ △ ◇




 ところで、そんな俺の姿を見た両親は、俺の知らない所で次のような会話をしていた。


「ねえ、あなた。

 ウィルがあの戦車のAIにこだわる理由だけど、友達がいないからじゃないかしら?」


「そういえば、ウィルには友達と呼べる子がいないね」


 両親が思い返してみれば、ウィルは子供の頃から優秀で、手間のかからない子だった。

 子供っぽくなくて、むしろ大人と話しているかのような雰囲気を感じる。


 実際ウィルが普段から関わっている相手と言えば、地下研究所にいる科学者たちに、元軍人であるビリーたち使用人。

 周りにいるのは、全ていい年をした大人で、同年代の友達が全くいなかった。


 学校を飛び級であっという間に卒業してしまったこともあって、同年代の友達が全くいない。


「友達がいなくて寂しいから、無意識のうちにあのAIに友達を求めているのじゃないかしら」


「だとすると、かなり深刻だね。

 よし、私の方でウィルと友達になれそうな同年代の子供を用意しよう」



 例え天才だとしても、子供の友達がAIでは、あまりにも人として寂しすぎる。


 話がまとまって、後日ウィルの友達候補が、グランツ家の屋敷に集められた。




 ☆ △ ◇ ☆ △ ◇




 シンクの多脚戦車計画が失敗に終わって数日後、なぜかうちの屋敷にガキどもがやってきた。


「今更ガキンチョどもの相手なんてしたくない」


 それが俺の素直な感想だ。


 この世界での俺は9歳だが、中身は前世を合わせるととっくに40過ぎだ。

 今更ガキどもの輪に交じって、キャッキャアハハと遊ぶつもりなど皆無だ。


 俺は保育園の先生になるつもりはない。いや、今回は小学校の先生か?

 どっちも同じだな。



「ウィル、皆と仲良くしてあげなさい」


「友達を作るのも、子供にとっては必要なことだよ」


 おとんとおかんがそう言ってくるものの、ガキの友達なんて欲しいと思わない。



 てか、そもそも思うのだ。


「父さん、母さん、友達って金で買うものだよね?」


 今世もだが、前世の俺も、リアルで友達なんて1人もいなかった。


 勤めていた会社内での人間関係や、ネット上限定で薄い付き合いのある友達はいた。


 だが、ああいうのは、両親の言っている友達とは違うだろう。


 そして現実リアルでの友達ってのは、金で買う物だろう?

 俺は買ったことがないので知らないが、どこかで友達を売っているサイトがあるんだろう?


「「……」」


 そんな俺の回答に、両親がこぞって絶句。



「そもそも友達じゃなくても、研究室の人やビリーたちと仲良くやってるから問題ないよ」


 俺的には友達はいらない。

 ただし完全に孤立しているわけでなく、仕事や使用人たちとの人間関係はちゃんと持っているので、問題ないというのが俺の認識だ。



 と、そんなところに爺さんがやってきた。


「ウィル、お前に頼みがあるのじゃが……ムッ、なんじゃこのガキどもは?」


 集められたガキどもを見て、爺さんが胡乱な目になる。


「俺の友達候補らしいよ。いらないのに」


「そうじゃな、友達などというものは何の役にも立たん。

 ああいうのは必要になったときに、金で一時的に用意すればいいものじゃ」


「おじい様もそう思うんだ」


「当たり前じゃ」


 爺さんも俺と同意見。

 マッドで自分の研究以外の事はほとんど興味のない人なので、人間関係に関しては俺と意見が合うようだ。


「それよりもウィル。ワシの研究で必要になるのじゃが……」


 そんな事より、爺さんは研究助手としての俺を呼びに来たようだ。

 俺はそのまま爺さんについて行って、地下の研究所へ向かった。


 よし、これでガキどもとの面倒なやり取りから逃げられる。



 ガキの相手してるくらいなら、爺さんの研究を手伝って、研究者として出来ることを増やしていく方が、遥かに有意義な時間を過ごせる。


 昔に比べて、研究分野の知識がかなり増えたが、それでも未だに爺さんの天才的な頭脳には及ばない。

 爺さん相手だと、学ぶことが多くて毎日楽しいな。




「ウィルは、やっぱり父さんの孫なんだな……」


 その場をあとにする、俺と爺さんの後ろで、おとんがそんなことを呟いた。


 諦観のこもった重いため息が聞こえるが、悩み事でもあるのだろうか?



 まあ、悩み事があっても、夜におかんが馬乗りになってくれるから問題ないだろう。


 この前寝室の隙間から覗いたら、おかんがパンツを人差し指で振り回しながら、メチャクチャハッスルしていた。

 あまりの激しさに、おとんは白目むきかけてたけど、あれだけされればおとんの悩みなんて吹っ飛んでお終いだ。

 悩んでいられる余裕なんて、ゼロだな。





 ところでシンクを完成させた日から1ヶ月ほど、毎夜毎夜夢の中にフリル付きのビキニアーマーを着た痴女が現れるようになった。


「多脚戦車は邪教の神よ!あんなものを信じてはならない!」


 そんなことを叫んでいたが、完全無視で通した。



 俺が将来シャドウウォーカーと戦う時が来た時に、何か役に立つ助言でもくれるなら相手をしてやってもいい。

 だが、多脚戦車を邪神扱いする変態に用はない。


 露出狂の変態には、関わりたくない。




 なお、放置を続けていたら、戦闘機械への思考AI搭載禁止の法案が、廃案になった。


 世界を侵略するシャドウウォーカーとの戦争が悪化していて、戦力不足に苦しむ人類側は、昔の法律を順守している場合でなくなったことが原因だ。



 その決定を聞いて、俺は直ちにシンクの武装を復活させた。


「よかった、これでシンクはキュートでアイドルな、多脚戦車タンだぞ」


「ワーイ、僕は多脚戦車だー」


 両手のアームを突き出して喜ぶシンクを見ていると、ほっこりしてしまう。



 ついでにビキニアーマーの痴女が出てくる夢も、この日を境に見なくなったので、俺にとってはいいことずくめだ。

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