9 爺さんの友達の息子

 俺の爺さんは、研究以外の事にはとことん興味のない人だ。

 グランツ家当主の座も、俺が生まれてくる前に退き、父さんに丸投げしている。


 頭はいいが、その能力は研究方面に極ぶりで、地下の研究所で研究三昧の日々を送っている。



「ウィル、お前は早熟で頭はいい。

 だが、自分の能力を何れかの方面に特化しなければ、大人になったとき、ただの凡人になり果てるぞ」


 ある時、そんなことを言われた。


 俺もそう思う。


 今の俺は子供で、大人にはない吸収力記憶力がある。

 様々な方面に手を出しているが、このまま大人になれば、どの方面にも特化できていない、オールマイティーだが、器用貧乏なだけの凡人になり果てるだろう。


 爺さんとしては、俺に研究者の後釜になってほしいのだろう。



 人生そのものを、とことん研究方面に振り切っているのが爺さんだ。



 そんな爺さんは、人間関係は俺と同じで壊滅的。

 研究所で働いている研究者たち相手に話はするが、研究上のテーマが主で、それ以外の事ではほぼ会話がない。


 俺も、前世は会社以外の時間はほとんど趣味の為に使っていたが、前世の俺以上に徹底した生き方を、この爺さんはしている。


 ある意味、尊敬できる。

 俺には、ここまで徹底した生き方は無理だ。


 そもそも前世の俺は研究者でなく、ただの趣味人だったしな。




 ところで、そんな爺さんがある時1人の子供を連れてきた。

 黒髪にアメジストを思わせる紫の瞳をした少年だ。



「まさか爺さんに隠し子か!」

 なんて展開を考えないでもないが、爺さんに限ってそれはない。


 友人関係を作れない人間が、男女関係を作るのはもっと無理だ。

 そもそも爺さんは、そういう関係を人間に求めてないから、作る気すらない。



「この子はシェルドという。

 アルカディア空軍に、知り合いの大佐がいたが、そいつが戦死して1人残されたそうだ。

 なので、今日から我が家で面倒をみる」


「「「知り合い!?」」」


 爺さん、今なんて言った?

 知り合いって言ったよな?

 誰の?


 ワシの!?



 この場には、俺以外にもおとんとおかんがいたが、衝撃の言葉に、全員の思考が停止してしまった。


 爺さんが知り合いと呼ぶ人間なんて、今までにただの1人も会ったことがない。


 研究所で働いているメンバーであっても、部下とか弟子としか呼ばない爺さんが、知り合いと言った。

 昔の職場の関係者であっても、元仕事仲間としか呼ばない爺さんが、知り合いと言った。


 これは爺さん的に言えば、友達かあるいはそれ以上に認めている相手ということになる。


 この事態に、俺たち家族はパニックになった。



「シェルド、挨拶をなさい」


「シェ、シェルドと言います。あの、よろしくお願いします」


 俺たちが硬直している間に、爺さんが話を進めていく。

 固まっている俺たちを見て、自分が歓迎されていないのではと、不安な様子を見せるシェルド少年。


 済まない、俺たちは君のことを歓迎していないわけじゃない。

 ただ、爺さんの言葉の意味を理解できないだけだ。


 君のことを考える思考的余裕がない。



「シェルド君よろしくねー」

「よろしくー」

「僕たちと仲良くしてねー」

「ワーイ、お友達だー」

「歓迎のワッショーイ」

「ワッショーイ」


 俺たちが動けずにいる間に、多脚戦車のシンクたちがやってきた。

 時間があったので、シンクを6体にまで増やしたのだが、そいつらが勝手にシェルド少年を胴上げして、ワッショイし始めてしまう。


「えっ、ウワッ、ナニコレ。ウワアアァァーッ!」


 ワッショイされたまま、シンクたちにどこかへ連れて行かれるシェルド少年。

 そのまま悲鳴が遠ざかっていく。



 連れ去られた少年は、シンクの餌にされてしまうわけではない。

 そもそもあいつらは電気で動いているので、肉食ではない。

 食べ物自体いらない。

 放っておけば、ちゃんとここに連れて帰ってくるだろう。




「えーっと、爺さん、あの子を家で面倒見るの?」


「そう言ったぞ」


 でも、その前に爺さんと話し合いが必要だ。


「父さんが知り合いと呼ぶ相手。そんな人がいたなんで、初めて知りましたよ」


「だろうな。ワシがアルカディアにいた頃の話だ。お前たちが知らなくて当然だ」


 おとんも、爺さんに友達知り合いと呼べる相手がいたことは初耳らしい。



 ちなみにアルカディアということは、超大国にある例の特務機関絡みの知り合いだろう。


「どのような知り合いか詳しく話すことはできんが、奴の忘れ形見じゃ。

 既に母親も亡くなっているので、うちで育ててやるぞ」


 爺さんはグランツ家の当主の座は退いているが、家での決定権は持っている。


 そもそも反対するつもりは、おとんもおかんもないので、シェルド少年を受け入れること自体はすんなり納得した。




 たださあ。


「シェルドくんは11歳だそうよ。

 ウィルとは同い年だから、仲良くするのよ」


「よかったな、ウィル。お前にもちゃんとした友達ができるぞ」


 おとんとおかんから、そんなことを言われてしまった。


 俺、友達なんていらない。

 そもそも人間関係が爺さんと同レベルの俺に、何を期待してるんだ?




 しかし友達か。

 これからはこの家で一緒に暮らすわけだから、気まずい関係は良くない。


 とりあえず、俺が日頃やっているのと同じことをさせれば、仲良くなれるか?

 少なくとも、仕事仲間程度の関係にはなれそうな気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る