10 シェルドパワーアップ計画

 僕はシェルド・ランスター。


 昔の人はお母さんの体から生まれてきたそうだけど、今の僕たちクローンは、人工子宮から生まれる。


 母さんは、僕が生まれる前に事故で亡くなった。

 母さんが写った写真を見たことがあるけど、僕にとって家族と言えるのは、父さんしかいなかった。


 父さんは男手一つで、僕を育ててくれた。


 軍隊にいるので、詳しい事を話すことができないそうだけど、たまに同僚の人たちもつれてきて、男勢ぞろいでパーティーなんかしていた。



 だけど、そんな父さんは戦争で死んでしまった。


 父さんはアルカディア連邦の軍人。

 だから、いつかそういう日が来るだろうと、心のどこかで思っていた。


 だから父さんが死んだとき、ついにその日がついに来たのだと思った。



 父さんの遺品と言われた品を渡され、その時の僕はただ泣き続けたことを覚えている。


 でも、その後の事はあまり多く覚えていない。


 僕は国にある戦災孤児が入る施設に入れられ、これから先どうすればいいんだろうと、ぼんやり考えていた。


 そんなある日、ビル・グランツさんがやってきた。


 グランツさんは老齢のお爺さん。

 昔父さんに命を救われたことがあるとのことで、僕を施設から引き取ってくれた。


 その後、飛行機に乗せられて連れてこられたのが、隣国キース・グラン連邦にあるアンシェンの街。

 ここにある大豪邸が、グランツさんの家だという。


 ただ、ここに来るまでの間、グランツさんはあまり多くのことを話すことはなかった。

 目は冷徹で、人と話すのが苦手な感じ。


 僕から話しかけても、大体が「ああ」とか、「そうだ」と答えるだけ。


 グランツさんがあまり多くを話さない以上、僕もグランツさんに多くのことを聞くことができなかった。


 すごく気まずい。



「この子はシェルドという。

 アルカディアの空軍に、ワシの知り合いの大佐がいたが、そいつが戦死して1人残されたそうだ。

 なので、今日から我が家で面倒をみる」


 そんな僕は、グランツさんの家で、家族の人たちに紹介された。


 でも、みんな僕の方を見て固まっていた。

 もしかして歓迎されていないのではと思っていると、突然現れた6本足のロボットたちに胴上げされて、その場から連れ去られてしまった。


「えっ、ウワッ、ナニコレ。ウワアアァァーッ!」


 あの時は、ただ悲鳴を上げることしかできなかった。



 そんなロボットたち――名前はシンクって言う。自己紹介してくれた――は、愛嬌のある声で、家の中をいろいろと案内してくれた。


「ここに食堂があって、人間の皆はここでご飯を食べるんだよ」

「あと、あっちにも別の食堂があるけど、使用人用なんだってー」

「マスターたちは、あっちでは食べないの」

「ビリー君たちが食べてるよねー」


「ご飯っておいしいのかな?」

「僕たちは電気を食べればいいから、人間のご飯は食べられないよ?」

「マスターにお願いすれば、僕たちもご飯を食べられるようになるかもー」


「「「そうかもー」」」


 6体もいて、皆すごく仲がいい。



「ねえ、君たちのマスターって誰なの?」


 話に出てきたマスターが、シンクたちの持ち主だろう。


「マスターはウィル君だよ」

「ウィル君が僕たちを作ってくれたの」

「まだちっさいのに、大人より偉いもんねー」


「「「ネー」」


 そんな感じで、6体が互いに頷き合って答えてくれる。



「おーい、お前らいつまでシェルドを連れ回してるんだ?」

「「「あー、マスターだ!」」」


 そんなところに、シンクたちのマスター、ウィル君がやってきた。


 さっき自己紹介した時にいた、黒髪に翡翠の瞳をした少年。

 ここに来るまでに、グランツさんが言っていたお孫さんで、僕と同い年だ。


 でも、シンクたちロボットを作った人には全く見えない。


「ねえねえ、マスター。僕たちもご飯食べてみたいよー」

「ご飯っておいしいんでしょう」

「マスター、お願いー」


 そんなウィル君に、シンクたちが立て続けにおねだりする。


「ご飯を食べたい?

 味覚センサーを付けるなら簡単にできるし、咀嚼機能も付けられるな。

 けど、お前らは物を消化するようにできてないから、食べた物を吐き出すだけだぞ」


「でもでも、どんな味がするのか僕たち気になるよー」

「「「気になるよー、マスター」」」


 目はないけど、ウィル君を取り囲んで、じっと見つめるシンクたち。



「クッ、なんてつぶらな瞳なんだ」


 ウィル君、シンクに瞳なんて付いてないよ。

 どこを見て、そう判断してるの?


「わかった、今度味覚センサーを取り付けてやる」


「「「わーい、ヤッター」」」


 ウィル君が了承すると、シンクたちは2本のアームをあげて、万歳のポーズをとった。


 ロボットなのに、仕草が凄く人間っぽい。



「……と、こいつらの事は今はいいんだ。

 なあシェルド、俺にちょっと付き合ってくれないか?」


「う、うん、いいけど。えっと、ウィル君」


「君付けしなくていい。ウィルでいい」


「わ、分かった、ウィル」


 それだけ言うと、ウィルは歩きだしてしまう。

 そのあとを、僕――それからシンクたちも――慌てて追いかけて行った。





「訓練生諸君、一度入隊したからには、貴様らに除隊は許されぬ。

 敵前逃亡は銃殺刑と知れ!」


「はい、教官っ!」


「「「はーい、教官」」」


 なぜだろう?

 ビリー教官って人の所に連れてこられて、マッスル体操をさせられる羽目になった。


「へっ、ナニコレ?」


「新人、貴様もぼさっとせずに体を動かせ!

 そんななまっちゃろい体では、軍人にはなれぬぞ!

 そら、マッスルマッスル」


「マッスルマッスル」


「「「マッスルマッスル~」」」


 僕の戸惑いなんてお構いなし。ビリー教官に怒鳴られてしまう。


 ウィルはマッスル体操をし、シンクたちも器用にアームと6本の足を動かして体をひねる。

 多分、ビリー教官のしている体操を真似てるんだと思う。


 けど、シンクたちは体の作りが人間と違うので、それっぽい動きを真似しているだけ。



 僕もで、ビリー教官に直接指導され、強制でマッスル体操をさせられる羽目になった。


「新人、足をもっと大きく開け。貴様は軍人を舐めておるのかー!

 マッスルマッスル」


「マ、マッスル……」


「声が小さい!もっとでかい声で叫べぇ!」


「マッスルマッスル!」


 目の前でビリー教官に怒鳴られ、逆らうなんて無理だった。

 そしてこの体操が終わった後、僕は筋肉痛で動けなくなってしまった。


「あ、足が、腕が、動かない……」


 体中が痺れて、少し動かしただけで電気が走ったような痛みを覚える。



「シェルド、お前って体を全然鍛えてないな」


「「「シェルド君は貧弱―」」」


 そんな僕を、ウィルとシンクたちが呆れた目で見てきた。





 でも、これはただの始まりに過ぎなかった。


「シェルドは2学年分飛び級しているのか。

 じゃあ、1、2か月学校に行かなくても問題ないな」


 僕の学校での話を聞いた後のウィルは、黒い笑みを浮かべてそう言った。


 ……ウィル、君は一体何を考えているの?


 その正体は、翌日に分かった。




 なぜかビリー教官によって始まった、軍隊教育の日々。


 行進時の歩幅を合わせ、敬礼時の正しい姿勢の仕方。

 訓練用の軍服は常に洗濯して綺麗にし、革靴には汚れひとつ付かないようにピカピカに磨き上げる。



「ヘタレの蛆虫野郎。貴様にはゴミ程度の価値もない。

 そんな貴様を鍛えてやるこの俺に、感謝しやがれ!」


「はい、教官」


「声が小さいぞ。貴様には玉がついとらんのか!!?」


「はい、教官っ!」


 目の前で罵声を浴びせられ、唾が飛んでくる。

 でも、何を言われても、はいと答えて、ビリー教官に叫び返さなければならない。



 やがてライフルを持たされて射撃訓練を受け、泥水にまみれた地面の上を匍匐前進で進んでいく。

 進んでいく先には、鉄線が張り巡らされたバリケードがあり、その下を潜っていかなければならない。


 ―――パパパッ

 ―――ドドドドンッ


 周囲では実弾ライフルの銃声が鳴り響き、さらに機関砲が発射される音が連続する。


 僕は死んだ目をして、この地獄で死にたくないと念じ、それでも匍匐前進を続ける。

 目からは涙が出て、立ち上がってこの場からすぐに逃げ出したい。


 でも、ここでは本物のライフル弾が頭上を飛び交っている。

 機関砲に撃たれでもすれば、僕の体は一瞬で跡形なく消え去ってしまう。


 匍匐しなければ、死ぬ可能性が高い。高すぎる!


「チィッ、野戦砲がないのが残念だ」


「……」


 それなのに、僕と一緒に地獄で匍匐前進しているウィルは、そんな事を宣う。


 この子、おかしすぎるよ。

 僕たちの頭上では実弾が飛び交っているのに、目に剣呑な光を宿しながら、笑っているんだよ!


 絶対に、普通じゃない。

 僕はウィルが死神か何かだと言われても、その通りだと納得できる。



 ……そんなこんなの訓練があり、気が付けば2か月の時間があっという間に過ぎ去っていく。




 最後の訓練は3日間の雪中行軍。

 手足がかじかむ中、ろくな食べ物もなく行軍を続けた。


 重たい荷物を背負わされ、峻険な山を進めば滑落しそうになる。


 あまりの状況に僕の意識は朦朧とし、所々記憶が飛んでいる。

 でも、倒れそうになった時、ウィルが僕に手を差し伸べてくれたことは忘れない。


 そして訓練の終わりに、ビリー教官から言われた。


「貴様たちは本日をもって無価値な蛆虫を卒業する。

 お前たちは兵士だ。

 この国を守る立派な兵士として、今日からは俺たちと同じ隊列を組んで戦う、勇敢な男となったのだ」


「はい、教官っ!」


 ビリー教官に認められて、僕は無性に嬉しくなって涙を流した。


「よかったな、シェルド。これでお前も立派な兵士だ」


 僕をこの地獄に突き落としたウィルも、両目から涙を流し、僕が兵士になれたことを喜んでくれた。


 僕は忘れない。

 ビリー教官に、ウィル。

 2人の為なら、たとえどんな地獄でも、一緒に突き進んでいくことができる。


 僕は兵士だっ!




 ☆ △ ◇ ☆ △ ◇




 俺が普段している、特殊部隊用の訓練は流石にダメだろうと思った。


 なので、シェルドと一緒に陸軍の教練過程を、一通り体験してきた。


 料理長が化す訓練に比べれば、なんとも温い訓練だが、俺も最初はビリー教官の訓練から始まった。


 そう、これは兵士であれば誰もが最初に通る道だ。

 疎かにしていいものではない。



 雪中行軍訓練の後には、立派な兵士と認められたシェルドの姿を見て、俺も思わず涙を流して感動してしまった。


 こいつは、これから立派な兵士になるだろう。

 これでシェルドと俺は戦友だ。


 感情が入りすぎて、当初の仕事仲間程度の付き合いって感覚からズレてきたが、あの訓練を共にすれば、戦友と呼べる仲になってしまう。



 よし、シェルドの為にも、これからもガンガン鍛えて、より上位の……


「ウィル、シェルドくんは普通の子なの。

 まだ11歳の子供よ。

 だからお願い、これ以上あなたの無茶苦茶な世界に連れて行かないで!」


「へっ!?」


 さらなるシェルドパワーアップ計画を考えていたら、何故かおかんにストップをかけられた。



 俺は両親に言われた通り、シェルドと友達になろうとしただけなのに、どうして止められないといけないんだ?


「大丈夫だよ、母さん。シェルドはまだまだ強くなれる。だから次は空軍の教練……」


「絶対にダメ!そんなことをしたら、シェルド君が死んじゃうわ!」


 おかんに全力で止められてしまい、シェルドお友達兼強化計画は、そこで頓挫してしまった。

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