第1章 グランツ家の坊ちゃん

1 黒の軍勢の出現

 惑星グラント。

 この星では第3次世界大戦の折り、世界人口の急激な低下から、人類の種としての存続が危ぶまれる事態に陥った。

 この危機的状況を打開するため、クローン技術が急激な勢いで進歩した。


 新たに生み出されたクローンは戦時中という状況もあり、ただの人間のコピー品で終わることがなく、人為的に強化された内部骨格に、筋繊維組織、さらに受精卵の段階からナノシーンを投入することで、半機械化された神経網を体内に持つに至る。


 人類の上位互換であるクローン種の登場によって、この星の人類はクローン種へと急速に置き換わっていった。


 結果、この星ではオリジナルの人類種が絶滅し、全てがクローン種へ置き換わった。


 もっとも、クローンと言っても各個体の外見や性格が完全に同じに作られているわけでなく、それまでの人類と同様、見た目も性格も、それぞれに異なるものとなっている。





 さて、それから時代が下り、今から30年以上前。


 青の超大国アルカディア連邦を盟主とするカルナディア条約機構と、赤の超大国ガルナッヘ帝国を盟主とするグラス条約機構が世界を二分し、第4次世界大戦が勃発した。


 両勢力の戦いは世界全体を巻き込み、世界は血と銃砲の雨に包まれた。


 戦いの領域は陸海空に留まらず、宇宙空間においても互いの勢力が保有している人工衛星を巡る攻防戦が行われた。


 人工衛星があることで、国家間の通信が容易になり、衛星軌道上からカメラで相手陣営の戦力配置を知ることができ、弾道ミサイルの照準にも利用される。


 そのような存在を放置していられるはずもなく、第4次大戦では宇宙空間の戦いも熾烈を極めた。


 むろん、惑星内部での戦いはそれ以上に激烈。


 地上では歩兵たちが、パワードアーマーを装備することで、これ以前の歩兵とは比べ物にならない力と防御力を手に入れた。

 と言っても、両陣営ともパワードアーマーを装備した結果、結局行きついた先は、前進も後退もできない塹壕戦。


 新たに投入された新戦力である多脚戦車が戦場で活躍するが、それが戦争の決定打になることもない。



 空の戦いでは、新機軸の航空機動艦隊が投入され、空飛ぶ戦艦群が、互いの艦隊を沈めんと、苛烈な砲撃戦を展開し、空を砲弾の雨で埋め尽くした。



 また、新規の航空戦力として、航空機動歩兵と呼ばれる兵科が登場した。

 航空機動歩兵は、専用に訓練された歩兵に、ウイングアーマーと呼ばれるパワードアーマーの亜種を装備させることで、人間大のサイズでありながら、空中飛行を可能にした。

 彼らは戦場の空を駆け廻って戦うことができ、上空から地上にいる敵を一方的に叩くことで、新たな戦力として活躍した。


 ただ、その後両陣営とも航空機動歩兵を配備していった結果、空中で航空機動歩兵同士が戦い合うようになり、地上を攻撃している余裕がなくなる。


 結果、空の戦いも膠着状態に陥ってしまい、地上で行われている塹壕戦と似たような状況になってしまう。


 戦場では作戦や技術力といったものが意味をなさなくなり、ただ延々と続く、人命と物資の大量消費のみが続けられた。


 そんな戦いが10年近くにわたって継続したものの、ついには戦局が傾き、赤の超大国ガルナッヘ帝国の帝都攻防戦を迎え、大戦が終結の時を迎えようとしていた。



 帝都を陥落させれば、それで戦いの決着がつく。

 そうすれば、長い戦争もようやく終わりを迎えることができる。


 億を遥かに超える犠牲を出した戦争の終結を間近に、世界人類は安堵の吐息を吐こうとしていた。



 その時だった。

 世界中にいる人々の頭に、直接響く声が聞こえた。


『我は魔神シャドウ。

 我は戦いに明け暮れ、血で血を洗う生き様を繰り返す、お前たち人類を愛している。

 ゆえに、我は祝福を与えよう。

 人類よ、我が眷属に抗い戦い続けるのだ。

 お前たちが我が眷属によって絶滅するその時まで、戦い続けよ。

 戦いこそが、我が祝福である』


 狂った魔神の声に、誰もが驚愕した。



 この世界は、争いの歴史が多い。

 地球以上に戦争の歴史によって綴られた世界だ。

 だが戦いを望んでやっている者など、ほんのごく少数の人間しかいない。

 その他大勢の者たちは、戦いが終わることを望んでいた。



 しかし、その声を境にして、世界に変化が訪れた。


 大戦の終結の地になるはずであった赤の超大国ガルナッヘ帝国の帝都に、人の形をした黒い靄のような軍勢が突如として現れた。

 何千万、何億という数が瞬く間に現れ、帝都攻防戦を繰り広げていた両陣営の兵士に見境なく襲い掛かり、次々に兵士を殺害し始めた。


 かかる事態に、両陣営は互いに戦う殺し合うことも忘れて、黒い軍勢相手の戦いへと切り替える。


 幸いというべきか、この時の帝都には両陣営の戦力が集中していたために、この星の中で、これ以上なく軍事力が集中している場所だった。


 たが、億という圧倒的な数の暴力の前に、両陣営の軍隊は大敗を喫する。


 その後、黒い軍勢は赤の超大国ガルナッヘ帝国の領土を瞬く間に侵食し、さらには周辺国へと勢力を拡大していった。



 この出来事と前後して、2週間の間に、両陣営が保有していた宇宙空間の人工衛星が、次々に通信途絶状態となり、破壊されたのが確認される。


 やったのは、シャドウと呼ばれる黒い軍勢であることに間違いない。




 だから人々は、シャドウの存在を次のように定義しようとした。


 魔神を名乗るあの存在は、実際には別の星から来た宇宙人なのではないか、と。


 あるいは科学技術が高度に発達した結果、今では完全に廃れてしまった魔術を、敗北間際の赤の超大国ガルナッヘ帝国が使用し、別世界からの軍勢を呼び出したのではないか、などという話もある。



 だが、シャドウの存在と黒い軍勢の正体は、重要ではなかった。


 より重要なのは、彼らが現在進行形で勢力を拡張し、この星を侵略している侵略者であるという事実だ。

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