16 クローンの世代

 俺が16歳になったこの年、キース・グラン連邦周辺の情勢が、これまでにないほどきな臭くなった。

 隣国である青の超大国アルカディア連邦に、海上からシャドウウォーカーの一軍が侵攻。


 超大国本土へ、シャドウウォーカーが侵入した。


 この事態に、超大国の膨大な軍事力が投入されることになるが、同時に超大国が他国へ派遣していた軍事力が止まる。


 既に他国へ派遣されていた軍の配置はそのままだが、超大国本土での戦いが発生したため、よそに援軍を送る余裕がなくなってしまった。



 戦況は予断を許さない。

 このまま超大国が陥落という事態にはならないだろうが、隣国での戦闘は、キース・グラン連邦にとっても大きな衝撃となった。



 また、超大国以外の他の戦線が手薄になったことで、各戦線でシャドウウォーカーの圧力が強まる。



 この影響で、俺が生まれてから常に人が減り続けていたアンシェンの街の人口が、初めて増加に転じた。

 キース・グラン連邦へ流入してくる、難民の増加という形で。



 毎年シャドウウォーカー相手の戦争で、人類の形勢は悪化の一途をたどり続けているが、いよいよキース・グラン連邦周辺にも戦争の影響が色濃く現れ始めた。


 キース・グラン連邦が戦火に包まれるのも、もはや時間の問題だ。




「ああ、死にたくない」


 俺としては、戦争に巻き込まれたくない。


 異世界に転生して、チートだと言ってヒャッハーする勇者願望は皆無だ。

 そもそもチートしようにも、この世界だと生身の人間がライフル1発で死ぬなんてよくあること。


 俺は自分の命が大事なだけの、独りよがりな人間だ。


 戦争に巻き込まれるとしても、安全な後方にいたい。


 後方にいられるなら、出世までは望まない。


 爺さんの研究を手伝って、このまま研究者を続けるか、最低でも整備兵をやっていきたい。





 戦争の影響は、俺の周辺にも変化を与えた。


 グランツファミリーの使用人は、その多くが元軍人だが、同時に予備役軍人でもある。


 状況のきな臭さは国の上層部も感じているようで、予備役だった彼らにも、軍への招集命令が届き始めた。


 櫛の歯が欠けるように、使用人たちがポロポロと減っていく。

 戦闘能力では、おそらく人類最強格の料理長も、現役の軍人として復帰する。

 我が家からは、お暇だ。



「料理長、今までありがとうございました」


「安心しろ、俺は死にに行くわけじゃない。だから、また会おうな、坊主」


「……はいっ!」


 戦場へ向かう料理長だが、ダンディー笑って去って行った。



 退役軍人である工場長も、空軍大将という地位まで勤めたこともあり、軍への呼び出しを受ける。


 ビリー教官は残ったが、身近な人がどんどん減っていく。




 グランツ家に残る俺には、彼らの無事を祈るくらいしかできない……訳ではない。

 ここからでも出来ることはある。



 俺は日々死なないために訓練をしているが、それと同時に1日の半分は地下秘密研究所で爺さんの研究を手伝っている。


 ここでの研究内容は、軍隊の装備にも関わるものだ。

 前線にいる彼らの生存率を、多少は上向かせるのに役立つ仕事だ。



 そして現在、地下研究所には特務機関ゼーレン直々の依頼が来ている。


 大変胡散臭い組織だが、青の超大国アルカディア連邦内で、かなり重要な役割を担っているらしい。


 爺さんは、昔ここで研究員を務めていたと話したが、これはほとんど嘘だ。


 今でもズブズブに関係が続いていて、グランツ家の地下研究所は、ゼーレンの外部研究所としての役割を担っている。


 ゼーレン本部に第1研究所があるとすれば、地下研究所は第2支部研究所みたいなもの。

 あるいは超大国の重要な組織なので、ここ以外にも第3、第4の外部研究所が存在しても、まったく不思議でない。


 10年以上爺さんの助手をし、研究内容にも深く関わっているので、それくらい分かってしまう。


 とはいえ、流石に組織全体のことまでは、俺のいるポジションでは知りようがない。




 さて、そんなゼーレン直々の依頼だ。


「試作第7世代クローン用のウイングアーマーか」


 過去にも、これと同じ依頼が何度も来ている。


 爺さんの最大の功績は、航空機動歩兵の装備であるウイングアーマーの発明に関わっていること。

 ゼーレンからの研究依頼で、最も重要視されているのがこの分野だ。



 今までにも依頼でウイングアーマーの改良品を何度も提出しているが、その依頼がまたしても来た。


 爺さんはこの研究にかかりきりになり、俺も助手として、かなり深く関わっている。

 それどころか、俺の研究成果やアイディアが取り入れられている箇所すらある。


 爺さんの助手をやり続けた結果、地下研究所での俺の立ち位置は、ただの見習いのガキでなく、爺さんの右腕的な立ち位置にまで成長していた。




 とはいえ、第7世代クローン用のウイングアーマーというのは、これまでのウイングアーマーと比べると、性能が格段に向上することになる。




 さて、ここからはこの星の狂気に満ち満ちた話をして行くことになる。


 そもそもとして、現在この星にいる人類は、自然発生したオリジナルの人類でなく、彼らを元にクローン技術によって生み出した人類のコピー品だ。


 過去に発生した第3次大戦によって激減した人類の数を補うため、人間の遺伝子情報を元に、クローンを生み出した。

 しかし戦争の影響もあり、少しずつ手が加えられ、オリジナルの人類より強化されていくことになる。


 この時点で、この星のクローン人類は生殖能力が欠けてしまい、人工子宮でなければ生まれることができなくなった。


 だが、この星では世界大戦と呼ばれなくても、それ未満の戦争が何度も発生している。

 過去にとある軍事国家の一つが、今までのクローンでは戦闘能力が足りないからと、生身の体に機械を組み込んで、体の半分を機械化したクローン兵士の量産を始めてしまった。


 当初のクローンを第1世代クローンと呼び、次に軍事国家が生み出した半機械化されたクローンを第2世代クローンと呼ぶ。


 第2世代クローンは、人間と機械ロボットの長所を併せ持つ兵士として扱われ、戦争ではそれまでにない活躍をみせた。

 もっとも、戦争用に作られたクローンは酷く短命という欠点を抱え、戦争以外での使い道にも乏しいときていた。


 第2世代型クローンは、そこまで大量に生み出されることなく、その時代を終えた。



 その後時代が進み、自然環境の変化や、局所的な戦争で核兵器が使われた。

 星の環境が、人類、クローン両者にとって、生存していくのに適さないものに変わる。


 そこで変化する環境に対応できるようにと、新たに改良を加えられたクローンとして第3世代クローンが生み出された。

 彼らは受精卵の段階から体内にナノマシン処理が施され、生身のボディーとナノマシンによる、半機械化された体を持つようになる。


 骨は強化骨格へ改造され、筋肉も人工筋肉へと置き換えられ、それまでのクローンよりけた違いに頑健になる。


 と言っても、見た目は完全に人間と変わらない。


 だたし、体内の神経伝達網にナノマシンによる電子ネットワーク処理が組み込まれ、それまでのクローン人類より格段に頭が良く、身体能力も強化された。

 怪我の治りだって、体内のナノマシンによって早く修復される。

 細胞の老化も抑えられ、寿命が延びた。

 放射線への耐性も、それまでのクローンとは桁違いに高くなった。


 人類は、ここから第3世代クローンへ急速に置き換わっていく。


 そして自然環境の変化に対応できなくなったオリジナルの人類は、この時期に絶滅したと言われる。

 あるいは世界中を探せば、未だにオリジナルの人類が生存している可能性もあるが、この星の支配者は、オリジナル人類からクローン人類へ代替わりした。



 この後、第3世代クローンに改良が加えられた、第4世代型クローンが生み出される。


 第3世代は高性能であったが、量産性に欠けるという欠点を抱えていたため、数を増やすにはあまり適していなかった。

 当時の人口減少を改善するという目的もあり、量産性に長けた第4世代クローンが以後は主流となって生み出されていく。


 能力的には第3世代の劣化版であるが、それでもオリジナルの人類よりも高いスペックを有している。


 この第4世代は、俺が今いる現在でも生産されていて、クローン人類の主流を占めている。

 99.9%以上が、第4世代クローンだ。



 しかし、ここでクローンの歴史は終わらない。

 まだ続いていく。


 ナノマシンを使ってそれまでの人体にない機能を植え付け、自身の種の遺伝子をいじくりまわす狂気の世界。

 この世界は、前世の地球以上に戦争の歴史が多いが、それ以外の分野でも狂気に満ちている。



 さて、この次に第5世代クローンが生み出される。

 コンセプトとしては、もともと高性能であった第3世代をさらに高性能化したのが、第5世代クローンだ。


 研究者たちの期待に応えて、性能は間違いなくこれまでに生み出されたクローンの上を行く存在となった。

 そして高性能化させた反動で、1個体を生み出すのに第3世代以上にコストが悪いという欠点も増強された。

 メチャクチャ増強された。


 よほどの金持ちでなければ、第5世代クローンは生むことができないという、最悪のコストパフォーマンスだ。


 なお、俺は第5世代クローンになる。


 前世の俺は、学業はそこそこいい方に属していたが、それでも天才と呼べるレベルには程遠かった。


 そんな俺が、この世界でやたらなんでもこなせるようになった理由が、第5世代クローンであることと関係している。

 赤ん坊の段階で前世の大人としての意識があったので、生まれてから様々な方面で頑張り続けてきたが、そこに第5世代クローンというブーストが加わった結果、今の俺があるわけだ。

 前世の俺だったら、赤ん坊のころから頑張っていたとしても、爺さんの研究内容は理解できないままだろうし、軍事訓練もあそこまでやり遂げられるはずがない。


 第5世代はチートだな。


 この第5世代は、おとんとおかん、それにシェルドや料理長が属している。


 前世なんて持ち合わせていないのに、おとんもおかんもシェルドも、こいつら全員学校は飛び級経験者だ。

 第4世代クローンに比べて、格段に優秀なのだ。


 ただし爺さんは除く。

 爺さんは第4世代クローンだが、研究者としてはとびきり優秀で、第5世代より頭がいい。

 クローンの世代差を覆す、極一部の例外というわけだ。




 そしてこの後に、第6世代クローンがいる。


 科学者たちが何を考えたのか知らないが、戦場での連帯能力に長けた兵士を作ろうと、テレパシー能力を持ったクローン人類を作ることになる。

 これが第6世代クローンとして生み出される。


 テレパシー能力を持っているので、会話の必要なく相手の考えを読み取ることができ、爆発と銃火器の音で何も聞こえない戦場でも、無言で連帯できる兵士の集団を作り出した。



 研究者マッドサイエンティストってのは、頭がおかしいな。

 あるいはそんなクローン人類を作るように命令した、政府や軍の上層部の人間がヤバいのだろうか?


 両方ともヤバいな。


 おりしも第6世代クローンの登場が、第4次大戦前夜という時代環境もあったのだろう。


 しかし第6世代、戦場でメチャクチャ暴走して、まったく役に立たない欠陥品だった。


 テレパシー能力で味方の考えを読み取れるのはいいが、味方だけでなく敵の考えまで読み取れてしまった。

 結果、敵側の考え方に同調し、裏切り者が集団で出てくる始末。


 さらに第4次大戦が終わろうとした矢先、シャドウウォーカーとの戦争が始まってしまう。


 現在に至るまで第4次大戦は終戦宣言が出されていないが、既に敵陣営がシャドウウォーカーによって滅ぼされているので、この戦争は終結時期不明の、終わった戦争となっている。


 さて、シャドウウォーカーとの戦いにも、第6世代の生き残りが加わった。

 そして彼らは、前線でシャドウウォーカー相手に何かを読み取ったらしい。


 しかし、何を読み取ったのかは第6世代以外の者には分からない。


 なぜなら、彼らは突然泣き叫んで発狂し、手にした銃を乱射して敵味方関係なく殺してまわり、暴れまわった。

 正気を失った彼らを、味方として扱うことはできず、第6世代が大量に虐殺されるという事態へ陥った。


 欠陥品である第6世代は欠番扱いされ、もはやこれ以上生まれてくることのない存在となった。




 この後に、第7世代クローンがくる。


 ……のだが、今のところ正式な第7世代クローンは存在しない。


 人類がシャドウウォーカー相手の戦争に忙しすぎて、クローン研究をしている余裕がないのが理由の一つ。

 もう一つの理由は、クローン研究は非常に時間がかかり、成果が出るまでに早くても20年から40年はかかるからだ。


 クローンを生み出しても、生まれた段階では赤ちゃんでしかない。


 体が大人のクローンを作っても、『見た目は大人、中身は0歳児』の赤ん坊が生まれてしまう。


 なので、赤ん坊として生まれた彼らが人として成長し、実際に大人になるまでの経過を観察した上で、クローン人類としてやっていけるかを確認しなければならない。

 この確認期間に、20年から40年もかかってしまう。


 しかも失敗と判断されれば、確認期間が無駄となる。



 なので、公式に第7世代は存在しない。


 ただし、爺さんと蜜月関係にあるゼーレンでは、既に試作型第7世代クローンが存在している。

 その研究データの一部を爺さんは閲覧できる立場にあり、実は俺もその情報を見ている。


 外でばらすと口封じされてしまう、超重要国家機密だ。


 研究段階ではあるものの、そのクローン向けの装備を、グランツ家の地下研究所で製作している。


 爺さんの研究に付き合った結果、俺は戦争に関係なく、既に引き返せない場所に立っている。



 死にたくないと思いながら、とっくにドツボに嵌っていた。

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