15 グランツ教官の教育

 前回出会ったトサカ、モヒカン、マシュマロ、姉御のチンピラ4人を、”友達”としてグランツファミリーに招待した。


 2週間ほど、我が家の使用人元軍人たちが温かな目で見守る中、マッスル体操によって最低限の筋肉をつけたチンピラたち。


 なお、彼らに拒否権は存在しない。


 この街でグランツ家に逆らえる人間は誰もいない。

 我が家はちんけなマフィアと違って、薬なんてものは取り扱っていない。

 拳銃チャカなんて子供の玩具も売りさばいるが、全体から見れば本当に玩具に過ぎない。


 売っている物は、戦争で使うための殺しの道具だ。


 空軍様相手に、大量殺戮をするための道具を作って売りさばいている、現代の死の商人だ。


 しかも、この街最大の納税額を毎年叩きだしている。



 そんな我が家の使用人たちが、黒服にサングラス姿で、チンピラたちを見守る。

 全員が筋骨隆々のマッチョマンで、ニコリともせず無表情でチンピラたちを囲って見守る。


 この圧力マシマシの環境に、チンピラたちはグウの音すら出せず、ビリー教官のマッスル体操を喜んで受けてくれた。




 では最低限の体力もついたことだ、本番に行くとしよう。


 チンピラどもを、俺の前で一列に並べて整列させた。


「腐った蛆虫野郎ども、お前たちは人間以下のクソだ!

 そんな貴様たちを一端の兵士として使えるようにするため、訓練をしてやることにしたグランツ教官だ。

 以後、俺の事はグランツ教官と呼べ!」


「なんで、俺たちこんなところに……ギャアッ!」


「訓練生、誰がしゃべっていいと言った!」


「ヒエエエッ」


 俺の許しなくしゃべったバカの脛を蹴って黙らせる。


 蹴られた男は膝を抱えて蹲る。


「さっさと立て、ウスノロが!」


「イ、イテェー」


 だが、いつまでも痛い痛いと喚いていることなど許されない。


 ビリー教官が胸倉を掴み上げ、悲鳴を上げている男を無理やり立たせる。



 毎度おなじみ、陸軍式訓練の開始だ。

 最初はチンピラ4人だけを相手にするつもりだったが、計画を少し変更した。


 日本でも底辺の落ちこぼれが集まる低学歴高校があったが、この街にも落ちこぼれが集まる高校が存在した。

 チンピラ4人は、その学校の生徒だった。


 その学校の生徒100人も、追加サービスで招待した。

 そいつらを全員一列に並ばせ、陸軍式の教育を開始する。



 以前までなら、俺は訓練生側にいたが、今回からは教官の側になって、クソッタレの蛆虫どもを教育する側に回った。


 むろん俺1人では手が足りないので、ビリー教官を始め、うちの使用人の中でも教官としての軍務経験がある者を複数手配。


 俺たちが総出になって、クソ野郎どもの教育を開始する。



「わ、私は女なのに……」


「黙れ、メス豚。誰が口を開いていいと言った!」


 訓練が始まったというのに、口を開くバカがまだいた。


 バシンと頬に平手打ちをくらうのは、チンピラたちの女ボスだった姉御。


 そして平手打ちをした側は、ゴリラのような見た目をした、どこからどう見ても巨漢にしか見えない大男だ。


 ゴメン、図体めちゃくちゃでかいけど、体に見合ったサイズの胸がある。

 メロン並にでかい。


 メスゴリラみたいな見た目をした、女教官だ。


 女の相手は女がする、これって訓練では重要な事らしい。

 女の訓練生を男が扱うと、変に手心が入ったりして、ダメになってしまうそうだ。



 そんな俺たち教官勢によって、これから2か月にわたる新兵訓練が開始された。



「……」


 なお、シェルドも今回訓練生として参加だ。


 最近たるんでいるような気がしたので、初心に帰ってもらいたくて、訓練生として参加してもらった。

 もちろん強制なので、シェルドに拒否権はない。


 一度訓練生の道を通っているので、バカな連中と違ってシェルドは沈黙を守っていた。


 アメジストを思わせる紫の目からハイライトが抜け、若干死んだような顔になっているのは、初心を取り戻しているからだ。

 あれくらいの目をしていないと、これからの訓練についていけないからな。




 その後2か月にわたって、訓練を続けた。


 クソッたれの甘ちゃん共は、頭上で銃弾が飛び交う訓練場で、汚泥にまみれながらも匍匐前進をして進んでいく。


 逆らえば飯抜きの懲罰房送り。


 気が狂ったのか、夜中に叫びだしたバカがいた時は、鎮圧するためにスタンガンで気絶させた。



 ただ、こいつらは人間的にダメだ。


 支給した訓練用の軍服(ただし軍隊で使用されている正規品ではない)に、まともにアイロンをかけられず皺を作る。


 軍服に皺を作るなど、許されていいわけがない。


「お前たちは軍人誇りである、軍服を舐めているのか!」



 革靴に泥を付けたままのバカもいる。

 どうして、ピカピカに磨き上げることができない。


「この社会不適公者のクズが!」



 私物を入れるロッカーを開ければ、片付けのされていないゴミ溜めと化していた。


「直ちに腕立て伏せ200回!さっさと始めろ!」


「は、はいっ!」


 片付けの出来ないバカが、目に涙を貯めながら俺の前で腕立て伏せを始めるが、泣くくらいならちゃんと片づけをしろ。


「気合が足りてない!」


「グヘッ」


「返事は?」


「はいっ!」


「声が小さい!」


「はいっ!」





 出来損ないのクズどもだったが、毎日の訓練で、まともに育って行ってくれた。

 特に匍匐前進訓練の時に、不運にもケツに実弾をくらった奴がいたので、そこからはみるみるやる気を出して、成長するようになった。


「冗談抜きで殺される」


「舐めた態度でいたら、次こそ殺されちまう」



 不幸な事故だが、ちょうどいい見せしめだった。

 人間、本当に死ぬ気になれば、大体のことはできるようになるし、成長だってちゃんとする。



 最後には、恒例の3日間の雪中山岳行軍訓練も行った。


「ダ、ダメだ。力がでねぇ、動けねぇ。俺の事は捨てて行ってくれ……」


「馬鹿言ってないで、ついてくるんだ」


「そうだジョー、お前だけ落第させるわけにいくか!」


「俺たちの手を掴め」


「ウウウッ、みんなーっ」


 3日間の行軍訓練では、重たい荷物を背負ったまま、食べることなく行軍を続けなければならない。


 100人もいれば、その中には当然他より体力のない奴が出てくる。

 だが、ここまでの訓練で鍛え上げられた彼らは、仲間意識を発揮し、脱落しそうになった仲間を助けていた。



「ヴヴヴッ、なんて感動的な光景なんだ」


 そんな姿を見て、俺は思わず目を涙で潤ませてしまった。


「ボヤボヤするな、ノロマども!目的の時刻までに目的地にたどり着け―!」


 もっとも、心の中では目を潤ませつつも、ここで手心を加えては教官失格だ。


 俺は、ウスノロ共が早く歩けるようにと、怒鳴り声をあげることで彼らの背中を優しく押してやった。




 その後、100人すべてが3日間の雪中山岳行軍訓練を終え、目的地へたどり着いた。



「よくやった、お前たち。

 貴様らは無価値な蛆虫を卒業だ。

 今日から貴様たちは兵士だ。

 俺たちと共に戦い、この国を守っていく兵士だ!」


「「「きょ、教官―っ!」」」


 訓練を終えれば、彼らは全て兵士となる。


 2か月の訓練で、鍛えられ磨き上げられた彼らは、立派な兵士となって涙を流す。

 彼らを育てた俺も、目から涙が零れてしまう。


 ビリー教官は、訓練の度にいつもこんな気持ちでいたんだな。


 俺だけでなく、この訓練に協力してくれたビリー教官を筆頭にした、教官たちも皆涙する。



 メスゴリラ教官も、ウワンウワン泣き声を上げ、巨大な体でアネゴーを抱きしめる。


 ちなみに姉御だけど、あれは俺の聞き間違えで、本名はアネゴーだった。

 最後に棒線を付けるのが、彼女の名前だった。



「きょ、教官苦しいです、胸が……」

「ウワーンウワーン」


 抱きしめられたアネゴーだが、メスゴリラ教官の胸に顔面が沈んでいた。


 アネゴーの顔より、メスゴリラ教官の胸の方がでかいんですけど!



「ううっ、ウィル、僕が間違っていた。

 僕はやっぱり、兵士だ。心を入れ替えて、今日からも頑張る!」


 あと、この訓練でシェルドも涙してそう言ってくれた。


「ああ、シェルド。俺はお前を見放さない。

 だからこれからも変わらず、兵士として共に戦おう」


 なんて心強い友だろう。

 今世での俺は、友達のいなかった前世とは違った生き方になりそうだ。

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