12 庭師No13

 諸君、良いニュースと悪いニュースがある。



 まず良いニュースだが、グランツ家が経営している工場が拡張され、従業員が以前の倍の400人に増えた。


 相も変わらずオートメーション化された工場で、人数以上の生産力を誇る。


 武器弾薬が毎日たんまり生産され、それがキース・グラン連邦空軍や、隣国のアルカディア連邦へ輸出されている。

 さらには生産力を増強したことで、キース・グラン連邦が加盟しているカルナディア条約機構の国々にも、新たな武器輸出が始まった。

 工場は昼夜を問わず稼働し続け、休む暇もない忙しさだ。


 我が家に入ってくる金の量がさらに増し、日々ウハウハ状態。

 軍需複合体は戦争があれば儲かると言うが、まさに我が家の春で、グランツ家の資産が爆増し続けている。




 では、悪いニュースに入るとしよう。


 武器を生産しているうちが好景気になったことで、理解いただけるだろう。

 人類側の戦局が一段と悪化した。


 カルナディア条約機構に加盟している大国の一つが、シャドウウォーカーに敗北した。


 国境線に敷いていた防衛戦が崩壊し、敵の大軍が国内になだれ込んだ。

 前線から逃げ遅れた部隊が敵中に孤立して飲み込まれ、組織的な抵抗力を失った大国はシャドウウォーカーに敗北。


 戦場における人類側とシャドウウォーカーのキルレシオは、1対10どころか、うまくいけば1対100になることすらある。


 戦闘能力においては、人類の方がシャドウウォーカーより圧倒的に強い。

 地球の第二次大戦におけるドイツ対ソ連並に、人類の方が敵を殺している。


 だが戦闘能力を上回る物量で、シャドウウォーカーは攻め込んでくる。

 ますます、第二次大戦時のソ連みたいな連中だ。


 これまでに殺したシャドウウォーカーの推計は、50憶に達するとされている。

 だが、それでも奴らは止まらない。


 そして人類側の被害も、既に30億に届くとされる。



 戦場においては、人類の方が敵を殺している。

 しかし、シャドウウォーカーの目的は戦闘に勝つことでなく、人類を1人残らず抹殺することだ。


 前線を突破したシャドウウォーカーは、後方地域にいる一般人に襲い掛かり、武器を持たない市民を片っ端から血祭りにあげていく。


 ただの一般人を、奴らは情け容赦なく殺し、それが人類側の膨大な被害の原因になっている。



 大国が陥落したことで、そこにいた人々が全て殺されていく。

 さらに大国の周辺にある中小国も、大国に依存していた戦力が期待できなくなったことで、まともな防衛戦力がなくなる。


 それらの国がどれだけ抵抗しようとも、シャドウウォーカーに蹂躙され、人々が殺し尽くされていく。



 この状況に、カルナディア条約機構の盟主であるアルカディア連邦も、静観しているわけではない。

 超大国であるこの国は、世界最大の軍隊を有する国家であり、各国に派遣軍を送り出して、対シャドウウォーカーの戦闘を行っている。


 特に、超大国の有する13ある航空機動艦隊の一つは、件の大国での防衛戦に参加していた。

 空を飛ぶことができる、航空艦によってのみ構成された艦隊だ。


 空中から敵を爆撃し、数多の火砲が敵を薙ぎ払い、主砲である電磁投射砲は砲弾が8㎞/sにも達する。


 だが、その艦隊はもはや存在しない。


 超大国が誇る航空機動艦隊のうち、第7航空機動艦隊の名称を与えられていた艦隊は、シャドウウォーカーの空中戦力に撃破され壊滅。


 全ての艦が撃沈されたわけではないが、戦闘能力を喪失して、艦隊としての能力を喪失した。



 超大国は、即座に失った艦隊の再建に取り掛かったが、すぐに再建されるわけではない。

 大国の失陥だけでなく、人類側の強力な戦力が、しばらく欠けた状態になる。




「ぶっちゃけ、こいつらに勝てる未来がまったく思い浮かばん」


 俺をこんな世界に転生させた、痴女駄女神のことを呪い倒してやりたいが、そんな事をしていても時間の無駄だ。


 この世界に転生して既に13年生きている俺は、この絶望的な戦いを生き抜かなければならない。


 世界を救うなんて勇者的な思いなど欠片もない。


 ただ死にたくないから、自分を鍛えている。

 爺さんの研究を手伝っているのも、人類側の戦力を少しでも増強するためだ。



 とはいえ、前世が異世界人の俺が1人いるところで、この戦争はどうにかなるってレベルの問題じゃないぞ。





 しかし、それはそれだ。

 俺は少しでも自分の生存率を上げるために、日夜訓練を怠らない。

 怠るわけにはいかない。死にたくないから。



 料理長からの特殊部隊訓練は、現在も受けている。

 一通りの訓練課程は終了したものの、未だに俺と料理長の間には、天と地ほどの果てしない差がある。

 日夜訓練を怠ることなく、精進しなければ。



 そして料理長仕込みのステルススキルを駆使して、スニーキングの訓練を家でする。


 我が家は、軍需工場を抱え、使用人たちは元軍人が勢ぞろい。

 警備はかなり厳重で、場所によっては軍事施設の厳重警戒区画並みだ。


 ぶっちゃけると、爺さんの地下秘密究所周辺の警備が一番厳重だ。


 他の場所にしても、ライフルを持った元軍人たちの警備の目がある。


 あくまでも元軍人だ。

 彼らの真の所属が、実は隣の超大国にある某特務機関に関係しているが、形式上は元軍人だ。


 そんな訳で、スニーキングの訓練をするには、我が家はこれ以上なく恵まれた環境にある。


 ビリー教官や、大体の使用人に気づかれることなく、家の中を自由に移動できるようになったが、ある時庭師に見つかってしまった。



「俺の背後に立つな!」


 スニーキング中にいきなり怒鳴られて、ビビった。


「……なんだ、坊ちゃんか」


 ちょっと待って!

 ただの庭師のはずなのに、振り向きざまに拳銃を構えるのはやめてもらいたい。

 俺も反射で銃を叩き落とそうとしてしまったが、意思の力で急ブレーキだ。


「俺に気づいたのか?」


 しかし、料理長仕込みのスニーキングを見破るとは、この庭師は何者だ?


「たいしたスニーキングだ。だが、俺の後ろを取るには10年早い」


 渋くて、物凄くカッコいい庭師のオッサンだった。




 なお、この庭師だがNo13ナンバーサーティンと呼ばれる人物で、狙撃の名手だった。


 第4次大戦当時は、敵国の指揮官や重要人物を暗殺して回った狙撃兵スナイパーだったが、大戦終結前に軍隊から姿をくらまし、その後は裏社会で凄腕の暗殺者をしていたとのこと。


「そんなことまで俺に話していいのか?」


 当人から話を聞かされた時には、驚いた。

 てか、そんなヤバすぎる過去を知った俺って、このまま消されるんじゃないか?


 ちょっと警戒してしまったよ。

 料理長仕込みの危機察知スキルが、ビリビリ反応してしまった。



「安心しろ、今の俺はただの庭師だ。依頼主の家族をすようなことはせんさ」


「お、おうっ」


 依頼主って……君、今から誰か殺そうとしてないよね?

 おとんか爺さんが、依頼主なのか?

 そんな物騒な事はしないでいただきたい。



 ただ、この後凄腕スナイパーNo13に頼み込んで、俺はスナイパーの訓練も受けることができた。



「No13、今の俺はあんたに遠く及ばない。それでも男としてさらに強くなれたよ」


「フッ」


 訓練のおかげで、俺にもNo13の渋さが少し身に付いた気がする。

 あくまでも、気がするだけだ。


 No13はかすかに笑っただけ。

 それ以上の言葉は無用と、庭仕事に戻っていった。


 別に俺の前を去って、どことも知れない裏社会の闇に帰って行ったわけではない。


 てか、うちが裏社会の闇そのものみたいな場所だけど。





 ところで、我が家にヤバい元軍人と、それに類する人間がなぜ集結しているかだが、もちろん理由がある。


 爺さんだ。


 爺さんは第4次大戦中に登場した新兵科、航空機動歩兵の生みの親の1人だったりする。


 航空機動歩兵は、ウイングアーマーというアーマーを着ることで、空を自由に飛んで戦うことができる。

 この兵科が登場した当初は、敵国の陸上戦力に空から強力な攻撃を加えて活躍し、膨大な戦果を挙げることができた。


 航空機動歩兵は、現代の地球で言えば空対地攻撃能力に長けている、ヘリコプターの進化系のような存在で、空から地上に対する攻撃に長けた。

 通常の陸軍歩兵にとっては、アンチ兵科になる存在だ。


 一時は、敵国の戦線を押し込んだほどだが、敵国も対抗して航空機動歩兵を投入してきたことで、一方的に優位だった状況は停滞する。


 その後は、地上の塹壕戦よろしく、敵も味方も前進も後退もできなくなり、空も陸も延々と戦いが継続していくことになる。


 が、それはまた別の話だ。



 若かりし頃の爺さんは、航空機動歩兵の装備であるウイングアーマーの開発において、主任研究員ではなかったが、重要な役割を果たしている。


 反重力制御クラウン機関と呼ばれる、プロペラやジェット推進に頼ることなく、空を飛ぶことを可能にする装置があるのだが、これの超小型化の研究に成功した。


 それまで反重力制御クラウン機関は、空飛ぶ戦艦である航空機動戦艦の浮力に用いられていたが、サイズが巨大だった。

 それが超小型化されたことで、人間大の大きさであるウイングアーマーに組み込むことが可能となり、航空機動歩兵という新兵科が誕生するきっかけにつながった。


 むろん、反重力制御クラウン機関の超小型化は航空機動歩兵だけでなく、既存の航空機動戦艦の内部設計を大きく変更することも可能にした。

 それまで巨大な反重力制御クラウン機関が占有していた内部スペースが省略され、艦の装甲を増やし、武装を増強させることができた。


 この世界が戦争続きでなければ、軍事以外の分野でも、様々な革命を起こせる発明だ。



 そして現在、グランツ家の工場で生産している主力製品がウイングアーマーだ。


 キース・グラン連邦空軍のウイングアーマーは、全てグランツ家の工場で作られたもの。

 さらにウイングアーマーの重要パーツのいくつかを、青の超大国アルカディア連邦の軍へ輸出している。



 そんな技術革命を起こした天才発明家が爺さんだ。


 爺さんの身の周りは、キース・グラン連邦と青の超大国アルカディア連邦によって守られている。


 だから、元軍人の名目で、爺さんの周辺には護衛が大量に配置されているわけだ。


 そこにおまけとして、空軍の天下り先としてのグランツ家の工場がある。

 だが、こちらはただのおまけだ。


 爺さんには、工場で生産される軍需用品以上の価値がある。





 と、言うことでだ。

 我が家には、航空機動歩兵に必要なウイングアーマーが大量にある。


 何なら、子供サイズの特注品を作ることだって可能だ。



「ヒャッホー」


 俺の物理面での戦力強化目的で、子供サイズのウイングアーマーを作って空を飛んだ。

 航空機動歩兵訓練の、第一歩を開始だ。


 青い空を風を切って飛ぶ。

 重力から解き放たれ、まるで自分が鳥になったかのように感じる。


 今の俺は何ものにも束縛されることがない、自由を手にしている。


 病みつきになりそうな感覚だ。



「ウワアアーッ、死ぬ、助けて、お父さーん!」


 なお、俺だけでなく”友達”のシェルドも巻き込んだ。

 俺の隣を飛行中だ。


 シェルドは両目から涙を流し、アメジストの目は瞳孔が大きく開いている。

 その後地面に着地すれば、四つん這いになって蹲ってしまう。


 プルプルと、まるで生まれたばかりの小鹿のように小刻みに振るえる。


「メチャクチャ楽しかった。

 よし、アーマーのバッテリーを交換して、続きをやろう」


 俺は、空を飛ぶ感覚に惚れ込んだ。



「……」


 だけど、シェルドは四つん這いの姿勢が崩れ、倒れ込んでしまった。


「おーい、シェルドどうしたんだ?

 あっ、白目向いて気絶してる」


 俺はメチャクチャ楽しかったのに、どうして気絶する?



 ……まあ、何度も空を飛べば、シェルドもそのうち慣れるだろう。


 ということで、シェルドのウイングアーマーのバッテリーも交換だ。

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