第30話 呪いのメール
残り四日
『リカちゃんは、小学三年生の女の子でした』
メールは、そう始まっていました。
(小三……私と同じだ)
ミナは、どきどきしながら続きを読んで行きました。
『リカちゃんは、学校に忘れ物を取りにいく途中、ひき逃げにあってしまいました。
ひいたのは、大きなトラックです。小さなリカちゃんは、上半身と下半身がバラバラになってしまいました。かわいそうなリカちゃん。
彼女はまだ、自分を殺した犯人を探しています。このメールを受け取った人は、四日のうちに五人にこのメールを送ってください。 そうでなければ、リカちゃんはあなたが犯人だと思って向かえにくるでしょう。
これは本当のことです。T県では、このメールを止めたOLが心臓麻痺で死にました』
(どうしよう、どうしよう)
ミナは、半分ベソをかきながら考えました。
誰かにこのメールを送れば、自分は助かるのでしょう。しかし、自分が死にたくないからといって、こんな怖い物を他人に送るのはいけない事です。このメールを送って、本当に誰かが死んでしまったら、ミナのせいでもあるのです。お母さんはいつも言っていました。「自分がやられていやな事を人にすると、罰があたるよ」と。
(まだ、四日あるから、その間に何か死なないですむ方法が分かるかも知れない)
そう思って、ミナは携帯を閉じました。
残り三日
夜、何かの気配を感じて、ミナは目を覚ましました。小さく明かりをつけておいたはずなのに、部屋の中は真っ暗でした。足下で、カサッと音がしました。
(リカちゃんが、この部屋で私を探している)
どういうわけか、ミナにはそれが分かりました。呼吸の音で居る場所が知られないように、できる限り息をひそめます。胸が痛むほどどきどきしますした。がさり。足の先に、何か重い物がのっかりました。視界の端、足もとに、黒い固まりがうずくまっているのが見えました。それはちょうど女の子の上半身ぐらいの大きさです。
(やめて……こないで!)
ミナは必死に祈りましたが、黒い物は足先から腰にはいあがってきます。その重さが、足から腰へと移動していきます。そして、とうとうミナにも陰の正体が見えるようになりました。血にまみれた女の子が、血みどろの手を顔にのばし……
そこで、ミナは目を覚ましました。夢だというのに、怖くて怖くて、ひどく疲れてしまいました。学校に行ってもぐったりしていました。取り出した携帯を読みます。本当に、このメールは呪いのメールなのでしょうか? 本当に、このメールを誰かに送ったら助かるのでしょうか?
「何見てるの? ミナ」
シオリちゃんが携帯をさっと取り上げました。
「あ、返してシオリちゃん」
ミナはお願いしたのに、シオリちゃんはメールを読んでしまいました。
「いやあ、なにこれ!」
「何だよ?」
シオリちゃんは騒ぎを見に来た香君に携帯を渡してしまいました。
「うわああ! なんだこのメール! ミナは呪われてるぞ!」
その言葉を聞いて、香君と仲のいい男子グループが一斉にはやしたてました。
「呪われ女! 呪われ女!」
「やめて! 返してよ」
香君の持っている携帯に手を伸ばしましたが、彼にお腹を蹴られて床に倒れてしまいました。その背中に、思い切り携帯を投げつけられました。
「寄るなよ、呪いがうつる!」
ミナは教室を飛び出して行きました。
ミナはまだ小三でしたが、これからどうなるのか、よくわかりました。これから、ミナはいじめられるでしょう。そしてそれは、そう珍しくはないのです。
学校の外にも、ひどい人はたくさんいました。道の自動販売機は壊されています。公園のトイレもめちゃめちゃです。それはミナの近所だけではなく、全国どこでもそうなのです。テレビに出てくる偉い大人達は、『人の心がサツバツとしている』とか『モラルがなくなった』とかいっていますが、よくわかりません。
「あれ! どうしたのミナ」
廊下の隅で泣いていたミナに、声をかけてくれたのは、前のクラスで一番の友達だったアカネちゃんです。
「それが……」
ミナは、今まであった事を話ました。
「大丈夫だよ。呪いなんて嘘だよ。私はミナの味方だから……」
アカネちゃんの言葉に今度はうれし泣きの涙が流れてきました。
残り二日
家に帰ると、ミナのお母さんが電話で話をしていました。
「まあ、なんて事なんでしょう」
お母さんは、少し泣いているようでした。
「ええ、ああ、タケル君がミナと話したいって? ええ、ちょうど帰ってきた所よ」
受話器を押さえて、お母さんがミナに言いました。
「あのね、従姉妹(イトコ)のメグミちゃんが亡くなったんだって。心臓麻痺で。それで、タケル君があなたと話たいって」
タケル君は、メグミちゃんの弟です。かわいそうに、お姉ちゃんが死んでしまって、悲しいでしょう。
『実は、お姉ちゃんが死んだのは、心臓麻痺じゃないんだ』
涙声でタケル君はいいました。
『呪いのメールで死んだんだ。携帯に、呪いのメールが残ってた。リカちゃんが迎えにくるって奴が』
残り一日
教室にいくと、机が落書きされていました。教科書も校庭に投げ出されています。ミナは泣きながら拾いに行きました。教科書には『バカ』『死ね』と落書きがして、あちこちページが切られていました。ちょうど登校時間で、この事に気づいている人もいましたが、知らんぷりでした。当たり前です。皆、やっかいごとにまきこまれたくないのですし、ましてやミナをかばうことで自分までいじめられたらたまった物ではありません。
「ひどい!」
アカネちゃんが飛んできて、拾うのを手伝ってくれました。
「ねえ、ミナ! あのメール、まだ持ってるの?」
アカネちゃんは顔を怒りで真っ赤にして、聞いてきました。
「う、うん」
携帯を取り出すと、それをアカネちゃんがパッと奪い取りました。
「もう、今日一日しかないんでしょ? 今日送らないと死んじゃうかも知れないんでしょ?」
ピ、ピ、とアカネちゃんは携帯をいじり始めました。
「もう、送っちゃえばいいじゃない! こんな風に嫌がらせするような奴ら、呪われて当然だよ!」
どうやら、アカネちゃんはアドレスの中からクラスの子を選んで送信先に設定しているようです。
「で、でも……」
「いいから!」
携帯を取り戻そうとして伸ばした手をふりはらい、送信ボタンを押しました。
「あ、あれ……?」
携帯の画面は、いつもの送信画面にならず、真っ赤にそまりました。そこに黒字でわけのわからない記号が浮かび上がります。歯軋りのような、ギシギシという音が流れてきます。
「なに、こ……」
最後まで言い切らないうち、アカネちゃんは胸を押さえました。苦しそうにその顔がゆがみます。そして、ひざをつくと、そのまま、ずるずると倒れていきました。
「本当に、これでうまく行くのでしょうか」
研究施設の一室で、助手は博士に言った。
「うまくいくはずだ。子供の予防接種の時に、ナノレベルの機械も一緒に注入させる。その機械は血流にのり、脳まで達すると血管に貼りついてそこにとどまる」
「そして、呪いのメールを転送しようとした時にのみ、専用のサイトに飛ばされる。そしてそこに流れる特殊な音と図形を脳が感知すると、機械が鼓動をとめる信号を脳の変わりに出す……ですか。しかし、子供を殺すのは……」
「その気持ちは分かる。だが、今の日本を見ろ。自分の利益を守るためなら、他人をおとしいれても平然としている。自分の物になるならば、乞食のなけなしの金をためらいなく奪い取る。このメールを転送するという事は、他人を犠牲にしてまで助かろうとする事だ。こんなことをする奴はろくな大人にならない。早めに芽をつんでしまったほうがいい」
「これで、うまく心優しい人がむくわれる世界になればいいのですが」
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