第3話 腕

 それは、僕が学生の時の話。夏休み、僕は友人のR君、M君と一緒にキャンプに行った。ネットにさらしたらまずいと思うから、具体的な地名は出さないけど、あまり流行ってない小さなキャンプ場。それでも一応、キレイな河が近くにあって、景色もまあまあよかった。

 昼遅く着いて、テント設置した後はお決まりのバーベキュー。

 しばらくワイワイやってたんだけど、M君が気分悪いとか言い出して、テントに引っ込んでいった。結構酒飲んでたし、M君は昨日夜更かししてたようで、その日はもともと体調が悪かったみたいだ。

 で、R君と二人で飯食ってたんだけど、しばらくしてR君がテントの中に入っていった。何しているのかとのぞいたら、奴、自分のバッグからフェルトペン出して、寝ているM君の顔に落書し始めてんの。

「ちょ、修学旅行かよ!」

 って突っ込みを入れたら、R君はM君の額に定番の『肉』の文字を書きながら、「Yを盗られた恨みだ!」って言っていた。(Yって言うのは、元はR君の恋人だった女の子。R君は冷たい、というわけではないのだけれど、彼女の前で他の女の子と仲良く話したり、Yさんの誕生日に六日遅れでプレゼントを贈ったり、イマイチ女心が分からない奴だった。で、YさんがM君に相談……というか愚痴っているうちに、M君の方へなびいてしまったというわけ。本当だったらもっとR君はM君に怒ってもいいと思うけど、自分が悪かったんだからって二人を祝福していた。でも、やっぱり悔しかったんだと思う)

 で、R君はM君の鼻の下にヒゲだの、頬にバカだの、腕に輪っかだの書き殴った。

 しばらくして起きたM君は、落書に気づいて「何やってんだよ〜!」ってどなりながら河で洗ったけど、石けんなんて持ってきてないし、結局顔の落書も腕の落書も、薄く残ったままだった。

 その頃には日も落ちて、真っ暗になっていた。Mの体調も治ったって事で、肝試しじゃないけど、懐中電灯一つ持って夜の林を散歩しようってことになった。ああいう所って、ちょっとキャンプ場離れると人気(ひとけ)がまったく無くなるのな。

 木々の間を歩いて行くと、急に開けた場所に出た。その一帯だけ木がなくて、雑草だけが生えている。

 風が吹くたびまわりの木がざわざわして、なんだかそこだけひんやりしているようで、不気味だったのをまだ覚えてる。何だか、草の一本一本に目でもついていて、じっと観察されているようで寒気がしたよ。別に、心霊スポットという噂は聞いていなかったのだけれど。

 広場の真ん中に、小山というか、塚みたいな物があった。

「おお、行ってみようぜ」

 妙にテンションが高いR君が塚を指差した。

「よし、あんな山があったら登るしかないだろ」

 M君まで乗り気だった。正直言って、僕はテントの所まで帰りたかったけど、ビビリだと思われたくなくて、仕方なくついていったんだ。

 塚にむかって歩き始めた時、黒い人影を見た気がして、僕は思わず悲鳴をあげた。

「なんだよ、一体!」

 驚いて、M君が声をあげた。

「い、いや、一瞬人が立っているのかと思って」

 僕が人と見間違えたのは、石碑だった。先端の丸い、小さな石碑が塚の傍に建っていた。

「なんだろ、あれ」

 R君がズンズンと石碑の方へ行ってしまった。仕方なく、僕もついて行った。

 そこに彫られていた碑文は筆で書かれたようなうねうねした書体で、まったく読めなかった。

「記念、記念!」

 M君が携帯を取り出した時だった。

 サーッと、あの携帯が通じた時の音がした。今にして思えば、そんな小さい音が僕にまで届くのはおかしいんだけど、本当に聞こえた。そのうちに、携帯から声が聞こえてきた。

「アアア……」

 タンが絡まったときに無理やり出したような、ホラー映画で怨霊が出すような、そんな声。

 怖いよりもまず驚いてしまって、僕らは顔を見合わせた。それから急に恐怖がわき上がって来た。それは他の二人も一緒だったようで、僕らはいっせいに逃げ出した。もう足なんてがくがくで、何度も転びそうになったよ。「うあっ」って小さな声に振り向くと、M君が倒れている。

「おい、M!」

 R君が声をかけた。

 M君は、立ち上がって走り始めたのだけれど、また倒れてしまった。そして、倒れたまま、後にズズッと引きずられた。見えない誰かに引っ張られているように。

「うう」

 うめき声をあげて、M君は雑草を握り締めて抵抗した。だけど、引く力の方が強いらしく、ブチブチと草が切れる音と、青臭い匂いがした。

 逃げる時に、放り出したんだろう。開いたまま落ちた携帯が、M君の足を照らしだしていた。

 M君の足首に、何か黒い物が巻き付いていた。最初は布かと思ったけど、よく見たら硬そうだった。もっとよく見たら、それ、手なの。肘の辺りから切れた腕が、M君の手首を握ってんの。

「M君!」

 かけよろうとした僕の腕を、R君がつかんで引っ張った。たぶん、僕までその『何か』に襲われたらヤバいと思ったのだろう。

 その時、僕は内心ほっとした。僕はM君を助けてあげたかったのに、R君が無理に連れていったんだ、僕は友人を見捨てたわけじゃない、って言い訳ができるから。でももう、はっきりと言おう。僕らは、M君を見捨てて逃げたんだ。

 僕らはそれから人を呼んで、M君を探した。でもM君は見つからなかった。ただ、その塚のまわりだけ、気持ちが悪くなるほど濃く、錆びた鉄みたいな匂いがしていた。

 それからM君はずっと行方不明のままだ。もちろん、M君の両親は捜索願いを出したけれど、意味はなかった。(それにしても、学生が一人二人消えたぐらいじゃ意外と大騒ぎにはならないんだね。警察にしつこく聞かれたり、新聞に記事でも載るかと思ってたけど、そんな事はなかった。もちろん、別にそれを期待していたわけじゃないけど)

 携帯だけは塚から少し離れた所で見つかった。けれど、碑文を読んでいた時の着信履歴はなかった。

 それから、何となくR君とは疎遠になって、そのまま音信不通。引っ越したみたいだけど、連絡もなかった。  


 で、これからはその後日談。最近、図書館に行く機会があったんだ。そこで、キャンプ場のあった地方の歴史が載っている本があった。そこには、その塚のいわれが書いてあった。


 その塚は、小さな武家屋敷の跡だった。その屋敷に吾助(ごすけ)という下働きがいた。ある日、その屋敷で殿様のお気に入りの香炉が盗まれる事件があり、吾助が疑われた。だが、吾助は無実を訴えた。取り押さえる事も、顔を見る事もできなかったが、自分は確かに一瞬犯人の姿を見た。犯人は、腕に輪の入墨をした前科者だったと。(腕輪のような入墨は、罪人に刺された物らしい。

 殿様は、吾助の訴えを嘘だと決め付け、吾助を手打ちにした。正直に言わんとはけしからん、腕に入墨のある男をでっちあげた罰だと言って、両腕を切り落とした後で。殿様は、普段から自分の正妻が吾助に惚れているのではないかと疑っていたから、いい機会と思って殺してしまったんじゃないか、との説もあるらしい。

 ひょっとしたら、あの黒い手は、切り落とされた吾助の腕だったんじゃないかと思う。そして、テントの中で落書きをしていたとき、R君はM君の腕に輪を描いていた。それを見て、吾助はM君を真犯人だと勘違いしたのだろう。

 そして、本当にゾッとしたのは、その本を書いたのが、R君のお父さんと同じ名前だと気づいた時だ。(前、R君が何かの時に『俺の名前、オヤジと一字違いなんだぜ』って嫌そうに言ってたから覚えてた)

 もし、吾助の話をR君が父親から聞いて知っていたとしたら? もし、冗談半分だったとしても、わざと腕に入墨みたいな落書をして、問題の場所へ連れていったとしたら? 自分の恋人を奪った腹いせに。

 もちろん、これは僕の推測にすぎない。著者の名前だってただの同姓同名だって事もありえる。でも……よく考えたら、キャンプに筆記用具なんて持って行くかな? 

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