第2話 りんごのきもち
11月1日
最近、ネットで興味深い実験の話を聞いた。
リンゴを縦に二つに切る。それらをそれぞれA、Bとして、同じ場所に置く。そして生徒もA組とB組の二つのグループに分ける。A組はリンゴAに「すてき」や「愛してる」などと好意的な言葉を、B組にはBのリンゴに「汚い」「嫌い」などと罵声を浴びせる。すると、どういうわけかBの方が速く腐る、という物だ。
言葉の意味が物質に与える影響を調べるものだという。
面白そうなので、授業とは別に生徒とやってみる事にする。さっそく、教室の後ろにリンゴを用意してみた。興味を持ったらしく、生徒達は面白そうに声をかけ始めた。
11月3日
皆、返事をしない物体であるリンゴに言葉をかけるのに少し抵抗があるようだ。
AのリンゴもBのリンゴも、大して変わらない。
11月6日
B組のリンゴを罵倒する時間が長くなった。大声を出すのがいいストレス解消になるらしい。スッキリして勉強もはかどると言っていた。まあ、先生公認で悪口を言えるなんてないからな。
気のせいか、Bの方が傷みが早い気がする。
11月10日
最近、A組とB組の仲が悪くなっているように思えるのは気のせいだろうか? 今まで
あった仲良しグループが解体され、A組どうし、B組どうしで再編成されているようだ。
B組の生徒達が、全体的に反抗的になった気がする。
Aのリンゴも傷んできたが、Bほどではない。
11月15日
だんだんとB組の浴びせる言葉が過激になっているようだ。「バカ」「アホ」ぐらいだったのが、「死ね」「ブッ殺す」になってきた。
それと、B組の須川が柔道の大会で活躍したらしい。「気弱な須川とは思えないくらい積極的な攻めだった」と顧問が驚いていた。きつい言葉を何度も口にすることで大胆になったというか、変な遠慮がなくなったのだろうか。
Bのリンゴはもうしぼんできている。だんだんと教室が臭くなってきた。
11月20日
教室に入ったら、B組の立川と木村が取っ組み合いのケンカをしていた。発端は、木村がリンゴに声をかけるときにふざけて「立川死ね!」と叫んだからだという。くだらない理由だ。
木村はどちらかというと大人しい性格で、悪口をいうタイプではなかったのだが。
A組は、もうほとんどB組に関わらないようにしているらしい。
Aのリンゴも少しずつ傷んできたようだ。
11月28日
近所の住人から学校に苦情があったという。なんでも、うちのクラスのB組中山がその人とぶつかり、謝るどころか口汚く罵ったのだという。きっと、罵声を浴びせることに抵抗がなくなったのだろう。
Bにはカビが生えてきた。Aも傷みが激しくなってきたそうだ。
11月30日
とうとう、事件が起こった。木村が持ち込んでいたサバイバルナイフで立川を刺したのだ。立川は病院に運ばれ、命に別状はないらしい。
もうそろそろ、実験は終わりにした方がいいようだ。リンゴを破棄することにする。
結果として、Aのリンゴの方が長持ちをし、Bのリンゴの方が早く腐った。けれどそれは副次的な物にすぎない。私が知りたかったのは、言葉が生徒達に与える影響だった。
物を腐らせるほど言葉に力があるのなら、当然その言葉を発した者に影響がないわけはない。結果は記録した通りだ。
実験は成功したが、もっとエスカレートしていくのが見たかったような気がする。
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