第20話 うさぎのおかし
今日こそ、女優の芹沢(せりざわ)を殺そう。付き人の谷村はついに決心した。昔から、芹沢のわがままには苦しめられてきた。大勢の前で恥をかかされた事も、くだらないことで深夜呼び出されたことも一度や二度ではない。
殺しの方法はもう決めてある。毒殺だ。芹沢は今、新しい映画の宣伝をかねて、昼の情報番組に出演していた。主婦むけに料理の手抜き方法やおいしい店を紹介する、あれだ。芹沢はその番組でこれからまさに有名パティシエの作った砂糖菓子を他のタレントや芸人達と一緒に試食をする事になっている。
今朝、谷村はスタジオ裏に用意してあった菓子の一つに、百人は殺せる毒を塗った。
かわいらしい鳥や子犬の形をした砂糖菓子のうち、誰がどれを取るのか決められてはいない。しかし、彼女がどの動物を選ぶのか、谷村には分かっていた。ウサギだ。不安定な職業だからか、彼女は占いやジンクスを気にする。今朝、テレビの占いで芹沢の星座はウサギグッズがラッキーアイテムだった。
谷村は気がついていたが、キャラがあるからか芹沢は自分の占い好きを秘密にしていた。という事は、何を選ぶのか見当をつけられるのは谷村だけという事になる。もし狙い通り芹沢が死んでも警察は無差別の犯行と決め付けるだろう。それだけ、犯人にたどりつきにくくなる。
砂糖菓子を手に取る順番だけは決まっていて、芹沢は一番初めに選ぶ事になっているから、他の者が先にウサギを取ってしまう事はない。谷村だって、憎いのは芹沢だけで、他人を犠牲にしたいと思っていない。
スタジオ裏から、谷村は収録を見守っていた。ワゴンに乗せた砂糖菓子がスタジオに運ばれる。
なんでも、この砂糖菓子を作ったパティシエはこだわる性格らしく、砂糖の産地にまでわざわざ足を運んで材料を仕入れてきたらしい。きっと芹沢の口にする最後の食べ物はさぞかしおいしいだろう。
砂糖菓子を置き戻ってきた店員が、安心したように小さくため息をついた。
「よかったわ。完成がぎりぎりで間に合って」
「あれ? もう今朝には完成してスタジオ裏に置いてあったはずじゃあ」
「ええ、ついさっき、店長が急いで全部作りなおしたんですよ。形が気にいらないといって」
そういって、店員は苦笑した。
「せっかく今朝できあがったのに、ウサギもネコも全部一緒に煮溶かして作り直し。うちの店長はこだわりますから……」
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