第3話
目覚めると、そこは異世界だ。いや、彼はまた城にいるが、城の雰囲気あまりにも異なる、異世界のように見える。
色鮮やかな壁、滑らかな地面、埃すらない内装。なにもかもさっきと違った。
なにかおかしな現象に巻き込まれたのか、と疑うクルトであったが。隣を見ると、先ほどの少女が床に倒れていた。
ケガはなく、呼吸も正常、意識を失っただけのようだ。彼はほっとした。
周りに、獣の跡はなかった。まるで最初からなかったかのよう。どういうことだ。
扉はうんともすんとも動かなかった。窓はなにをしても、剣で刺しても、石を投げても、傷一つ付かなかった。
少女のところに目を移すと、さっきまでは助けようと無我夢中で、よく見ると、金色の髪に、その上質なドレス。少女の服装も雰囲気も貴族らしきものだ。
「大丈夫なんですか」
クルトは少女の身を揺らす。彼女の顔はやすらぎに満ちていた。なにか、いい夢でもみているのか。
少女は起きて、まだまどろみの中にいるようで。不思議そうに、クルトを見た。
「……誰なの」
その瞳は昏い青色だった。
「ここは危険だ、移動します」
クルトの話を聞くと、少女はまだ夢の中にいるようだ。
「この城が危険……ですか?」
「さっき獣に襲われたばかりじゃないですか」
彼女の返事は歯切れが悪く、はっきりしないままだ。
「……そ、そうですね。ごめんなさい、寝起きは悪くて」
「とりあえず、中に戻ります」
クルトは扉を開かないことを説明する。すると、少女は城に詳しく、西に行くほうがいいと言った。西には、図書館、医務室と厨房がある。うまくいけば、水と食料も心配しなくて済む。
西といえば、学士のノラン・アダランもあっちにいるはず。情報交換できれば心強い。
クルトは剣を取り出し、少女を連れて歩き出した。
ふたりは西へ向かう。歩けば歩くほど、驚きだ。扉近くだけじゃなく、城の中にも真新しさを感じる。
「……あの」
少女は勇気をもって、この沈黙を破る。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「クルトです」
「私はシャーロットと申します。クルトさん、よろしくお願いします」
「呼び捨てでいいんです、そこまで偉くないんですよ」
「いえ、クルトさんは命の恩人です」彼女はまったく聞く気がなかった。
「俺は騎士、貴族を守るのが当たり前です、礼もいりません」
そもそも貴族が下のものに敬称をつけるのもおかしい、クルトは思った。
「それでも――それでも、感謝しています。あなたがなければ、私は既に獣の餌食となりました。ありがとうございます」
シャーロットは頭を少し下げながら、僅かに赤い頬を隠した。
「……そ、そうですか」
そこまで素直にお礼言われると、クルトもどう返事をすればいいのか迷った。
「実をいうと、私の家も貴族と呼べないほど弱くなりました。だから、その、私を守らなくても――」
シャーロットの話が終わる前に、廊下に罵声が聞こえた。
「聖獣様のことを調べる……? なんと罰当たりなことを!」
遠くにいても、よく聞こえている。あの神父の声だ。彼女は前に行こうとしたが、クルトに止められた。
「少し見に行ってもダメなんですか」
シャーロットは周りに危険がないことを確認し、クルトの後ろに耳打ちした。
「獣もいないので、大丈夫です」
「面倒ごとに巻き込まれるのがごめんだ」
「でも……その先には図書館と医務室があるんです、きっとクルトさんの役に立ちます」
その目を見ると、何を言っても、彼女はこのケンカを止めようとするでしょう。クルトはやれやれと思って、返事をした。
「お嬢さんは後ろにいて、あまり前を出ないでください」彼はきっちりと釘を刺した。
「シャーロットです。前みたいな言い方でも大丈夫ですよ、クルトさんは恩人なんですから」
クルトはその真摯な眼差しに動かされた。正直ありがたい申し出だ。クルトは堅苦しい言い方が苦手だ。
「よし、わかった」
「シャーロットもあまり前に出るなよ」
「はい、もちろんです!」
名前を呼ぶと、ニコニコと笑った。
クルトはシャーロットと一緒に進むと、二人の剣幕が見えた。剣幕と言っても、一方的だが。
「そ、その、手がかりがあるかもしれない、と思うのですが」
青年は首を垂れる、声も細くなっていく。事前にアダラン家のご子息だと知らなかったら、シモン神父の息子だと思うのかもしれない。なぜなら、父親が息子を責める図にも見えた。
「聖獣様は侵されてはならない、聖なる存在です! こんなぼろぼろな城に出るわけがない」
シモンはそのまま、教義をたらたらと述べ続けた。ノランは黙って聞くしかない。
「なにかあったんですか」
クルトは周りを警戒しながら、わざと剣を抜き、血だらけの剣を見せた。
「おおっ! よくぞ来た!」
シモンはクルトを見ると、べらべらと喋った。
「ここは一体どうなっているのか、他の兵士はどうした」
こっちこそ聞きたい、クルトは思った。そもそも、ここで会わなかったら、絶対話をかけなかった。
「シモン神父なんですか。俺も知りませんよ。さっきこのお嬢さんと逃げてきたばかりなんですが」
クルトは荒く言い放ったのを見ると、シモンは間をおいて返事した。
「さっきまではぼろぼろな城なのに、いつの間にか新しい城に。おかしいじゃないか」
クルトはシモンの後ろに立つ、ノランの目と合った。無言の圧力を感じるのか、彼は細い声で喋り始めた。
「ノラン・アダランです……ずっと城の東にいました。そんな状況になったら、
ノランは思わずシモンの方を見た。もちろんご立腹だ。
空、海、地、森の四つの属性がある。貴族も
それは聖獣の方こそ犯人だと、仄めかすような言い方だ。合理的だが、エディミア教にとって冒涜でしかない。聖獣は人を傷つくようなことはしないのはエディミア教の持論だ。
重い空気の中、三人の男がお互いを見つめるだけだった。
「なるほど」
クルトの後ろに慎ましく立っていた彼女が急に口をあげた。
「先生は聖獣さまのしわざだと考えているのですね」
「せ、先生って僕のこと……ですか」
ノランは見回すと、シャーロットが自分のことを指していると知り、慌てて訂正した。
「そ、そんな、先生だなんて! 僕なんて、ただのしがない学士です」
シャーロットはきらきらの目で、ノランを見た。
「ここで聖獣さまのことを一番知っているのはアダランさんです。なら、先生と呼んでもいいじゃないですか」
――変な理屈だ。その話が本当なら、この世は先生だらけじゃないか。クルトは心のなかで思わずに突っ込んだ。隣のシモンとノランもどう返事すればいいのか、迷ってる様子だ。
「いや、その、ノランと呼んでください」
ノランは助けを求める眼差しをクルトに送ると、クルトは仕方なく助け舟を出した。
「まぁ、俺はクルトで、このお嬢さんはシャーロットです。さっきの話は聞きました。騎士団としての意見は単純だ、脱出の手助けができれば、なんでも試すべきです」
「騎士団は聖獣様への冒涜でも許す気か!」
シモンはクルトの返事を聞くと激怒した。
「それとも、ここから脱出できる方法でも見つかりましたか」
クルト剣を収め、そのままシモンの返事を待たずに話し続けた。
「正門は無理ですよ、窓も開かないし壊せない、このまま獣に食い殺される気ですか? それなら、どうぞご自由に」
シモンは悔しそうな顔をし、何も反論できなかった。
「勝手にしろ、どうせ時間の無駄だ! 聖獣様はこんなおんぼろ城に出るものか」
シモンは大声を出し、拳を握りながら、そのまま場を去った。
「あっ、シモンさん!」
シャーロットはシモンを引き留めようとしたが、逆にクルトに止められた。彼女もまた、不満げの顔でクルトを見た。
「なぜですか? シモンさんをあんな場所に残すと危険なんです」
彼女の方こそ、目を離すと、ふらふらと好きな所へ行きそうな人だ。神父の方はまだわかりやすい。クルトは思わずため息をつく。
「おまえだって、さっき獣にしつこく追われたばかりじゃないか。人の心配をしている場合か」
「うっ、そうですね……気をつけます」
さっきのことを思い出しているのか、彼女は急にしおらしくなった。
「アダラン様、ですね」
クルトはノランに話をかけた。
「いえ、あっ、はい、できればノランと呼んでください。家名で呼ばれるのはあまり、好きじゃないです」
ノランは慌てて返事をした、人と話すのが苦手の感じだ。
「ノランさん、残念ながら、俺は今このお嬢さんを守らなくといけないので、あなたのことも守れる自信はありません」
「一人でも大丈夫です……どうかシャーロットさんのことを守ってください」
珍しく話が通じる人だ、クルトは思わず感心した。たとえ
「あと、ここにはあと何人が残ったのか、知っているのですか」
「えっと、その、僕と、シモンさんと、アイヴァンさんだけです……ほかの兵士さんは見当たりません」
なるほど、つまりハンスと新入りは全員いなくなったのか。クルトは彼の話を聞くと、現状の厳しさを改めて思い知った。
「あの、もう戻ってもいいんですか」
クルトは頷くが、さらに念を押した。「ここの獣は兇暴で、鎧さえも簡単に壊せるほどの獣なんです。見つかったら逃げてください」
「鎧を壊せる……」
ノランは首を傾げる。ブツブツ言いながら、自分の世界へ旅立ったようだ。暫くしてから、クルトの視線を感じたのか、我に返ったように、返事を出した。
「ご、ごめんなさい、僕の悪い癖です。獣のことは、こちらも気を付けます」
ノランが図書館へ戻るのを見て、クルトとシャーロットは探索を再開した。
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