第6話

 ――いったい、どうなったんだ。


 クルトは自分の目を疑った。狼から鳥へ。エディミア教の聖獣の姿を思い浮かぶ。


 こんなことってありえるのか。七色の鳥は翼を翻し、風はそれに従え、周りの草木を見境なく壊し、クルトの顔に直撃した。凄まじい衝撃だ。


 すべてが真実だと、無情に告げる。


 この大鳥もまさかシャーロットを捕まるためにここに来たのか。


 クルトの脳内には最悪の想像がよぎった。最悪の事態を避けるため、慌てて城へ走り出した。

 城に入ると、シャーロットはノランは庭園の方へ進んでる途中だ。彼女はクルトを見ていると、安心な顔で彼を見つめた。


「クルトさん、大丈夫ですかっ」

「ああっ、ギリギリだ」


 クルトは自分を見ると、全身は血や汗や水でぼろぼろだ。だが、それでも、城の正門での一戦よりもマシだ。


「そんなことを言ってる場合じゃない、逃げるぞ」

「ど、どうしてですか? クルトさんはもうあの狼たちに勝ったでしょう」

「普通ならな。あの狼たち、急に光を纏って大鳥に」


 冗談のような話だ。クルトは二人の反応を見ると、二人も呆れてて何も言えない様子。


 突如、庭園から雄々しい叫び声が聞こえる。まるで鳥の澄んだ歌声と狼の叫びを融合したかのような奇声。城さえも揺るがす耳障りな声だ。


 シャーロットの手は震き始め、顔は血の色を失せた。


「どうして、どうして、わたしがなにか間違ってたのですか」

「ここじゃまずいか。城の正門まで戻る」

「クルトさんはまだ、戦うつもりなんですか」シャーロットはクルトの手を拒み、立ち止まった。暗い顔したまま、話を続けた。


「もう、ぼろぼろじゃないですか。きっと、私がなにか悪いことしたから、聖獣様は私に罰を下しています。クルトさんは私のことを気にせずに――」


 少しだけ、ほんの微かだけ、あの青空色に見えた気がした。


「諦めるもんか。鳥だろうと、狼だろうと、最後まで戦う。無理なら逃げる、それだけだ」

「どうして、どうしてそこまでするのですかっ」

「俺は騎士だ、それに――戦う前に負けを認めてどうする。まだ負けだと決めていない」

「それだけの理由で」


 シャーロットは絶句する。「信じられません。嘘です」


 彼女の顔に複雑な表情を浮かべた。不安、焦り、悲しみ――そして喜び。ひとつひとつの感情が、心を掻き立てる。


 クルトは後ろに立つノランに話をかけた。「ノランさんも!」


「ぼ、僕ですか! 無理、無理無理です!」


 ノランは慌てて頭を振り、一歩下げた。


「シャーロットさんにも言いました、僕の銀糸コードの術は攻撃向きじゃなく、弱々しい支援しかできません!」


「支援だけでもいい、足りない分は俺がなんとかする。最悪の場合、ノランさんだけでも逃げる算段を用意します。お願いします」


 あの大きさで、剣一本だけでは、到底務まらない相手だ。後方支援があるだけでも、ないよりはマシだ。


 ノランは彼の真摯な眼差しを見ると、断ることもできなかった。


「……城の頂までいけば、なんとかなるのかも」


 ノランは少し考えながら、ぽつりと漏らした。二人からの視線を感じると、ノランは急にたどたどしいの喋りになった。


「ぼ、僕の術は簡単な支援しかできないから、下から……攻撃するより、う、上に登るほうがいいです」


「で、でも確信がなく――」


 クルトはノランの言葉を遮った。「よし、決まりだな」


「ええ、そんな」


 彼はシャーロットの手を引き、ノランと共に正門まで引き戻す。ノランは相変わらずブツブツ言いながら、何かを考えている様子だ。


 きっと勝つための策を考えてるのだろう。無茶な戦いだと、彼は百も承知だ。だが、僅かな可能性があり限り、試し続ける。


 正門まで行くと、クルトはシャーロットの手を放し、勝手に正門で放置されていた展示用の兵士の鎧を手にとった。剣だけじゃなく、槍もなりふり構わずに次々と外した。


「このまま城の頂にいく」


 クルトは武器を全部抱えて、去り際に後ろにシモンの声が響く。


「いったいどういうことなんだ!」


 シモンは相変わらず不機嫌のままだ。地面に散らがってる武器と見て、クルトを問い詰める。しかしクルトは全く話を聞かず、勝手に話し始めた。


「シモン、丁度いい、シャーロットを頼む」

「シャーロットさんを? なにかどうなってる」


 全然理解していないシモンを見ると、クルトも仕方なく説明した。


 城の外にいる大鳥。シャーロットを執拗に狙い続ける事実。おまけに大鳥は城の壁と壊そうと攻撃している様子。これから大鳥討伐作戦を行うことも。


 シモンは話を聞いたあと、思わずに叫んだ。「なん、だと! こんなぼろぼろな武器で! 気でも狂ったか」


「俺はここで死ぬつもりはないから。それともおまえが大鳥を倒してくれるのか?」

「い、いや……」シモンはすぐに怯んだ。

「なら何も言うな、シャーロットを安全な場所に連れてけ」


 シモンは納得行かず、叫び続けた。


「お、おい! これが人を頼める態度か! あの大鳥だって、聖獣様かもしれないだろう!」


 まぁ、これがエディミア教の神父を頼める態度だろう、クルトは思った。エディミア教嫌いにしては上出来だ。


「聖獣はこんなおんぼろ城で出るわけがないって言ったのはシモン、おまえだよな」


 揚げ足を取るクルトに、シモンは反論できず、何秒も黙り込んだ。


「いいかっ、シャーロットさんは城の礼拝堂に連れて行くが。俺が罵る言葉を思いつくまで、貴様は死ぬなよ!」


 神父だけど、案外そこまで悪くない人だ。クルトはその怒り狂う顔を見ると、なんの罵る言葉を思いつくのか見ものだな、と陰に思った。


「クルトさんっ!」


 クルトは武器を持って、正門から離れようと、シャーロットから心配そうな声が聞こえた。


「必ず、戻ってきたくださいっ!」彼女は両手を強く握りしめ、クルトを見つめ続けた。その瞳は昏い青色だったが、悲しみに飲み込まれていなかった。


「――でないと、私もシモンさんみたいに怒ります。怒って、怒って、世界中で歩き回っても、探し出しますっ!」


 このちょっと可愛らしい恨み言を聞き、クルトは思わずに吹き出した。


「まぁ、世界中に泣きながら探し回るよりはマシだ」


 負けない。必ず。あの青い瞳をした少女の所に戻るまで。クルトは武器を握りしめ、ノランとともに城の頂まで登りはじめる。

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