第17話

 ぼろぼろな城の姿が目に映った。


 城の天井は既に崩れ、きらめく星空が見える。真夜中なんだろうか。夏の夜風が涼しく、周りに虫の鳴き声も静かに響く。穏やかな夜だ。


「クルト、ついに目が覚めた」


 ノランの声が聞こえる。なんだか少し彼を責めている気がした。


「この質問は何回目だ……」

「そりゃ何度も何度もだ、遅い」


 シモンは不満げにノランの代わりに答えた。「俺がどれだけの茨を倒したと思う、絶対お前よりも多く倒したぞ、もうたくさんだ」


「シャーロットは」


 クルトは二人の指差す方向を見ると、シャーロットは彼の隣ですやすやと寝てた。まるでなにか幸せそうな夢を見てるように、笑みを綻ぶ。夢の中で、親友にでも会ったのだろうか、と彼は思った。


 彼の表情を見ると、シモンがニヤニヤと笑う。


「なんだ、おまえもそんな表情をするのか」

「なんだ、悪いのか」

「最初に会ったときは、『こいつら全員敵だ』みたいな、きつい目つきしかしないぞ」

「何が言いたい、神父失格のおっさん」

「あっ、僕もシモンさんと同じく」

「ノラン、おまえまで」


 こいつら、戦ってる間になにか謎の友情でも芽生えたのか、クルトは思わずに頭を抱えた。


「はいはい、わかった、わかった。それで、後はどうなった」


 ノランの説明だと、彼がシャーロットを説得しに行く後、茨の攻防戦がしばらく続いた。


 大樹も生き延びようとする意思が強く、シモンの剣とノランの術でなんとか凌いだが、死ぬじゃないかと疑うくらい激しい戦いだった。


 その後、急にシャーロットの体から炎が伸び、大樹全体を焼き切る。大樹を失って、今度は城は自身を支えきれず、崩壊。シモンとノランが必死に二人を運び出し、今に至る。


「大変だったな」

「お前の感想はそれだけかっ、茨が強いわ、何度呼んでも返事がないわ、城が崩れるわ、俺がどれだけの苦労をしたのかわかるか」

「まぁ、まぁ、シモンさん」ノランは苦笑いしながらシモンをなだめる。


 クルトは辺りを見る。「他の人は、見当たらないのか」


「たぶん、既に大樹に……」


 既に餌食になったのか。クルトの喉から苦い味がした。貴族のアイヴァンも死んだ、シャーロットのこともある。どう騎士団に報告すればいいんだ。


「騎士団への報告は、困ったな」

「俺がなんとかするよ」


 意外なことに、シモンが真っ先に返事した。


「なにができる、貴族がひとり死んだぞ。いい考えでもあるのか?」

「計画ならある。なんとかする、神父を舐めるな」


 なんかどこかて聞いた覚えがある会話だ。それにもう神父失格じゃないのか、クルトは心の中で突っ込んだ。


 ノランは手を挙げる。「あの、どうしても無理なら、僕のところへ来て、学士の力でなんとか」

「まぁ、やってみないとわからないな」


 まったく計画性があるとは言えない会話に、三人はなぜか笑った。空も少し明るくなる。


「なんか楽しいことでも、ありましたかっ」


 後ろにまだまどろみにいるような声がした。


「シャーロット、起きたのか」

「ねぇ、シャーロットにも混せてええ」寝ぼけて目でクルトの後ろに抱きつく。

「おい、シャーロット」


 その意外な感触にクルトも思わず顔を赤くなる。何秒が過ぎた後、シャーロットの顔も真っ赤に。すぐにクルトを離す。


「あっ、あっ、あの、忘れてください、寝ぼけてて」


 穴があれば潜りたい、彼女の顔にそう書いてあった。


「ううっ、忘れてください……」

「シャーロットさん、大丈夫ですか」


 ノランは少し困りそうな顔をしながら、シャーロットに聞いた。


「全然大丈夫じゃありません、クルトさん、なぜ止めないのですか」

「急に言われでもな」


 さっき彼は無我夢中に告白したが、いざ現実に戻ると、シャーロットが目の前に話すと、彼がどう答えればいいかわからず、硬直した。


 必死に気にしていないフリをしているが、既にシモンやノランにバレバレだと彼は思う。


 シモンは茶化する口調で話す。


「シャーロットさん、こいつにそんな気遣いできると思いますか、無理ですよ」

「ケンカ売ってるのか貴様」

「あぁ、ここでやるか、俺が絶対に貴様より多く茨を仕留めた、負けないぞ」

「まぁ、まぁ、ふたりとも」


 二人の不毛なケンカを見てもノランは相変わらず。初めてふたりの喧嘩を見るシャーロットはなぜか嬉しそうに笑う。しかし、彼女はすぐに別のものに心を奪われた。


「わぁ、クルトさん、見てください――!」


 彼女の背中は、やはり少女のと少し似てた。


 三人はシャーロットの言葉につれて、外を見ると、朝日が差す。光がすべての暗闇を払うように、このぼろぼろな城にも光が照らした。眩しいほどに。


 久しぶりに見た朝日に心を奪われた。


「シャーロット、これからはどこへ行こうか」


 困惑の色が浮かぶ。「リアスへ行くじゃないのですか? クルトさんには騎士団のお仕事が」


 騎士団にいても、窮屈なだけだ。それに、彼女を守れないのなら、騎士団にいても意味がない。


「騎士なんてもうやめた。それにあの領主は悪党だ、放っておけ」

「うーん、思いつかないんです」

「なら、僕の所へ行ってもいいですよ」

「あ、そうか、ノランの所は確かに常春の都メイリンの隣の隣の学士塔だっけ」

「隣の隣のじゃなく、空の都モルビルスだよ」

「確かに空の上に浮かぶ都だとかなんとか」


「まぁ、凄いです、空へ行くのですか」シャーロットそう聞いて目が輝く光る。


 シモンも口を挟む。「俺の所もいいのですよ、メイリンの隣のノミフェア、風光明媚な所です」


「エディミア教の本拠地へ行ってどうする、死ぬ気か――じゃ空の都モルビルスに決定」

「えっ、私まだ返事を出していないのですよ」

「シャーロットが行きたいのはどっちだ」

「水の都リアスへ行けないのは残念ですが。空の都モルビルスの方が魅力的だと思いますっ」


 クルトは勝ち誇ったようにシモンを見る。逆にシモンは身を屈み、悔しそうに拳を握った。


「じゃ空の都モルビルスに行くか」満員一致で決定した。

「待て、ノランはともかく、シモンお前も行くのか」


 シモンの当たり前すぎる返事に、クルトは思わず質問した。


「もちろんだ、シャーロットさんは大事なお方。おまえ一人じゃどうやってシャーロットさんを守りきれるのか心配だ。今回だって俺の活躍がないと死んでた。当たり前だろう」


 どう説得しても聞かない顔だ。


「面倒は見ないからな」

「お前の守りなどいらん」


 シモンと再び不毛なやりとりを交わした後、クルトは笑いながらシャーロットを見た。


「――だから、こんなおんぼろな城を出るほうがいいだろう?」

「はい、これからが楽しみです」


 振り向くと、彼女は生き生きしている顔で笑う。



 ――心躍る冒険はこれから始まる。


 たとえ何があろうと、彼が彼女と一緒にいる限り、誰も彼らの歩みを阻めないのだろう。


 もう城にいる時のように、無理矢理に手を引っ張るじゃなく、彼は彼女へ手を伸ばし、彼女は握り返す。そして共に走り出す。


 二人で居れば、きっと大丈夫。


 未来は、どこまでも広がっていく。


 どこまでも、どこまでも。広がっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

獣の城~魔城の少女は夢を見るのか~ 五月ユキ @satsukiyuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ