「勝ちは」

 女性2人の中に入り込んでしまった魔妖は、自身の主の体を操り、夜狐へと走り出す。

 なぜか爪は鋭く光り、牙も口から覗き見えている。

 目はつり上がっており、口元には歪な笑みを浮かべていた。

 その表情を見ただけで普通なら慌てふためき、動くことすら出来ないだろう。だが、夜狐達には関係ない。

 まず、動きを封じ込めようと、構えた体制のまま膝を折り、地面を蹴る。

 風を斬る音が聞こえ、彼は光の速さで彼女達の懐へと入り込み、左手に持っている鞘で一気に2人に足払いを仕掛けた。


「さっき戦ったやつより早いな」


 2人は瞬時に上へと跳び、後ろへと下がり回避した。嘲笑っているような表情に、夜狐は苛立ちが募ったのか、手をわなわなと震わせている。


「落ち着いてください東雲先輩。ここまで膨れ上がっているのです、避けられるのは仕方がないでしょう」

「分かってるわ!!!!」

「本当ですかね……」


 顔を赤くし怒っている夜狐を横目に、美咲輝はため息をつく。その後すぐ、魔妖に目線を送り弓を握り直した。


体を横向きにし、足踏みをし両足を肩幅に広げる。

自身の体ぐらい大きな弓を左膝に置き、右手は右の腰をとる。そのまま流れるように、右手を弦にかけ、左手を整え魔妖に狙いを定めた。

腰辺りにあった両手を、頭の少し上まであげる。そのまま、弦を引き、胸元まで下げる。


「行きます」


 そう口にすると、今まで見えなかった弓矢が現れ、美咲輝は胸郭きょうかくを広げ放った。

 途中でその弓矢は枝分かれしていき、六本の弓矢が魔妖二人に向かっていく。だが、それを避けることはせず、2人は同じ動きをし、弓矢を手で払った。

その隙をつき、夜狐は姿勢を低くし、彼女達の後ろへと回る。


「少し痛いが、我慢しろよ」


まずは1人を狙おうと、右手で握っている刀の矢先を女性の腹部を狙い、突き刺した。

 彼の突き刺した刃は、結香の母親である彼女の腹部を貫く。

 急所は外しているらしいが、血が溢れ出ており、一般女性にしたら重症だ。だが、刺したことにより魔妖が、女性の背中から耳が痛くなるほどの声を上げ、浮き上がってくる。


「出てきたな」


その瞬間、夜狐が刀を引き抜き、流れるように左から右へと一線、魔妖と女性を切り離した。


「美咲輝、そいつを任せた。雀、集中力をそらすだけでいい、援護を頼む」

「「了解」」


 2人は瞬時に行動を開始し、美咲輝は倒れ込み血を流している結香の母親を横抱きにし距離をとる。

 屋上の端まで移動した彼は、腕と膝で女性を支え、腹部に手に平を向けた。すると、淡い光が出始める。ドクドクと流れ出ている血は、少しずつ流れを止め、傷がふさがっていく。


「急所が外れているし、治しやすいように無駄な傷をつけていない。さすが、先輩だ」


傷を治すと美咲輝は顔を上げ、夜狐と雀の戦闘に目線を移した。




 雀は夜狐に名前を呼ばれた瞬間、距離を詰めることはしない。拳銃のグリップを右手で握り直し、両足を肩幅まで広げ、右手を顔近くまで上げ前へと伸ばした。

銃口の先にあるのは綾華の母親に憑いてる魔妖の腕。急所を狙おうとはせず、夜狐を戦いやすくするため、気を逸らそうとしている。


「ふぅ。あと、もう1体……」


 夜狐は左手で汗を拭い、ギラギラと獲物を狙う瞳をまだ一体化している魔妖へと向ける。


 大きく背中から現れている魔妖は、片方が切り取られたことなど気にせず、主を操りながら夜狐に向けて大きで鋭く光っている右の爪を振りかぶった。


 それを刀で受け止めることはせず、夜狐は繰り出される鋭い爪を当たる既で体を捻りか躱し、隙を見つけよう、真紅の瞳を魔妖に向け続ける。

 避けられたとしても、魔妖の猛攻は止まらず、右手、左手、右手、左手………と、鋭い爪で引っ掻き続ける。それを彼は、刀や鞘で受け流したり、体を捻り、既のところで躱し続けていた。


 夜狐が一体の魔妖に集中していたため、もう片方の魔妖が動き出していることに気づかなかった。

 切り離された直後は、ただの黒いもやだった魔妖は、徐々に結香の母親の姿を作り出す。

 完全に形を作り上げると軽やかな動きで、結香の母親の傷を治している美咲輝の元へと走る。

 まだ、完全に治しきれていないため、美咲輝は迫ってくる魔妖を見続けることしか出来ず、睨みつけていた。


「お母さん!!!」


 結香がそう叫んだのと同時に、細長い影が魔妖へと向かい放たれた。後ろから迫っていたため、足を止め後ろを振り返る勢いで、その影を右手で横へと弾く。

 カランという音を鳴らし、地面へと落ちたのは、夜狐の刀の鞘だった。


 彼は目の前から繰り出される爪を避けながらも、獲物を狙う瞳は、美咲輝に向かっていた魔妖へと注がれていた。

 その瞳は「俺を無視するな」と言っているようで、一瞬魔妖は狼狽える。その隙を逃さないよう、雀が少しだけ角度を下へと向け、拳銃で足元に2発打った。だが、それも彼の魔力が足りず、届く前に粉砕してしまう。

 一瞬、魔妖が撃たれそうになった足元に目線を向けた。


「────隙は与えたよ、夜狐」


 雀は、余裕そうに煙草を咥えながらそう呟き、伝える。

 その言葉を聞き、夜狐はしたり顔浮かべ、目を開き「おうよ」と答えた。


「まずは一体──……」


 夜狐の目の前で、未だなお猛攻を続けている魔妖の手を、刀の背で横へと弾いた。

 よろめいた魔妖の一瞬をつき、左足のつま先を、魔妖へと向ける。

 瞬きをした一瞬の隙に、夜狐は雀の少し後ろへと移動しており、地面に手を付き土埃を舞わせる。


「うしっ、討伐完了だ」


 美咲輝を襲っていた魔妖は、いつの間にか頭部が飛んでおり、どす黒いモヤが立ち込め、血なまぐさい匂いを赤黒い空間に漂わせる。

 何が起きたのか分からないという顔を浮かべながら空中を舞い、地面に転がった。


 視線が夜狐から離れた時点で、魔妖の負けは確定していた。それをわかっていた美咲輝と雀は慌てることはせず、援護に徹した結果だ。


「これで、あと一体に、集中出来る」


 まだ、主と一体化してしまっている綾華の母親と魔妖を見つめ、夜狐は地面に落ちている鞘を手にし、刀の刃先を魔妖に向け宣言した。


「俺達の勝ちは、決まった」

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