「聞いてやるよ」

 放課後になり、朝の出来事を雀に話そうと職員室に綾華は訪れたが、彼の姿はなく周りをキョロキョロと見回す。すると、近くを通った教師が問いかけたため、彼女は雀の居場所を聞いた。


「それなら、おそらく理科準備室か屋上のどちらかだと思うよ」

「ありがとうございます」


 そのまま綾華は職員室を後にし、迷わず屋上へと向かった。おそらく、理科準備室には行きたくなかったのだろう。


 階段を上り、重い扉を開ける。少し建付けが悪いようで、鈍い音が響いた。


 外に出て空を見上げるが、今日は朝から天気が悪く、今も暗雲が立ち込めている。雨の匂いが鼻をくすぐり、冷たい風が彼女の髪を揺らす。

 そんな中、柵にもたれかかり、今にも雨が降りそうな空を見上げている青年の姿があった。


「東雲君」

「なんだ、また来たのか。今度は何の用だ」

「ここに梨晏先生来なかったですか」

「雀? いや、今日はまだ来てねぇな」

「そうですか……」


 綾華は夜狐の言葉を聞き肩を落とし、落ち込んだように目を伏せてしまう。


「何か用があったのか?」

「はい。今日の朝、少し揉めてしまって……」

「雀とか?」

「…………話の流れが悪かったですね、すいません」

「はぁ? 何その哀れみの目、俺にそんな目を向けていいと思ってんのか?」

「すいません……」

「とりあえず、ここにはお前の探し人はいねぇよ。他当たれ」

「そうですか……。あの、なら東雲君が私の話を聞いてくれませんか? 負の感情が具現化してしまった化け物、魔妖を住まわせてしまっているかもしれない人がいるんです」

「なに?」


 綾華の少し焦ったような口調で放たれた言葉に、夜狐は片眉を上げ視線を向ける。


「私を虐めている人、叶依結香かないゆかに、魔妖が住み着いている可能性があります。昔は、あんな人じゃなかった。誰にでも優しく、いつでも努力を欠かさない人。でも、いつからか、努力をするのを辞めてしまい、遊びに出かけることが多くなってしまったんです」


 胸元に手を持っていき、自身の服を強く握る。

 顔を俯かせてしまっているため、表情を確認することができないが、話している声は少し震えているため、涙を堪えているのだろう。


「…………はぁ、わかった。俺が話を聞いてやるよ」


 大きく溜息をつき、頭を掻きながら夜狐はあきれ地味にそう口にした。その言葉に、綾華は勢いよく顔を上げ、驚きで見開かれた目をパチパチと瞬きする。


「ほ、本当?」

「嫌なら今すぐまがれ右をしろ。俺はどっちでもいい」

「あ、聞いて欲しいです」

「なら、さっさと話せ」


 冷たい風が吹く中、夜狐はその場に座り柵に背中を預ける。その少し前に綾華が座り話し出した。


 ※※


 結香と私は幼馴染だったんです。

 家が隣で、親同士も仲がよかったのもあり、すぐに仲良く遊ぶようになったんです。

 毎日公園で遊んだり、お買い物に行ったりと。本当の姉妹みたいに仲が良かったんです。


 中学に入ると、お互い勉強を頑張って点数を競うようになった。

 お互い勝ったり負けたりと、いい勝負をしていたんだけれど、その時からお互いの親も変に競うようになり、変なわだかまりができてしまったんです。

 そこから親の方がどんどん拗れていき、私達どちらかが勝てば、必ず相手を陥れる。

 勝負を辞めたくても、必ずテスト用紙は奪い取られ、通知表も見られてしまう。

 辞めたくても、辞められなくて、どんどん負けるのが怖くなって、私達は話すことすら無くなった。それでも、必ずテストの日は見せなければならないため、一緒に家へと帰っていたんです。


 それから、結香は遊びに出かけるようになり、努力を辞めた。


 私以外の人と沢山遊んで、派手な格好になり、成績はどんどん下がっていく。

 でも、私はやることがないし、成績が落ちてしまえば親は私をどうするか。それを考えるだけで怖かったんです。

 見放されないため、捨てられないため努力を続けていた結果。私は成績を上位でキープすることができ、結香は成績が落ちてしまう。

 そのことに私の親は、もう飽きたのか勝負については何も言わず、ただ結香の親を罵倒し続けた。

 私がやめてと言っても、やめてくれず、結香も何も言わずに俯いているだけだったんです。


 その時から、結香は私をいじめてくるようになったんです。

 最初はノートを隠したり、教科書に落書きと、まだ我慢できるくらいの可愛いものだったんですが、それは私がテストで上位をとる度エスカレートしていき、今ではただのいじめになったんです。


 どうしてこうなってしまったのか、私はどこで間違えてしまったのか。いくら考えてもわからず、誰にも言えないでいたんです。


 すると、私の親は気晴らしと言って男あそびをするようになった。多分、結香の親を罵倒するのにも飽きたんだと思います。何をすればいいのか考えた結果、男遊びに走ったんですよ。


 それでも私は、諦めたくなかったんです。また、昔みたいに遊べるんじゃないかって。私が努力をやめなければ……。テストで上位を取り続けていれば、いつかは認めてくれるんじゃないかって。


 そんなこと、有り得るはずないのにね……。


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