東雲夜狐の魔妖怪奇譚

桜桃

綾華

「勝手に触んな」

 この学校には、噂がある。


 屋上に行くと一人の青年がおり、その人に出会う事が出来れば願いを叶えてくれるらしい。


 だがその青年は、自身を求めてくる人達に毎度同じ言葉を口にしていた。


「ちっ、俺はただの人間だよ。願いなど、叶えられるわけがねぇだろうが。めんどくせぇな」


 ※※


 学校の屋上に続く階段。

 電球がチカチカと点滅しており、薄暗い。足元を気をつけなければ踏み外してしまう可能性がある。


 そんな階段を進む一人の女性。

 ベージュのカーディガンを身につけ、首元には深緑色のリボンが付けられている。膝上あたりまで上げているスカートが歩く度に揺れていた。


 不安げに眉を顰め、胸元を握っている右手は微かに震えている。顔を青くし、息が少し荒い。


 屋上の扉の前に立ち、手を伸ばした。

 人の出入りがあるらしく、ドアノブなどにはホコリがついていない。戸惑うことなく掴み、彼女は重い扉を開いた。


 外は青空が広がっており、肌に優しい風が彼女の少し明るい茶髪を揺らす。だが、そのことに対し気にする余裕が無いらしく、そのまま慌てた様子で周りを見回し何かを探し始めた。


「あの、お願い、お願いします!! 私の、願いを叶えてください!!!」


 声を張り上げ、何も無い空間へと叫ぶ。だが、その声に返答はなく、風の音だけが響いていた。

 今は放課後なため、部活中の音も聞こえているが、彼女が求めているのはそれではない。


 何度も叫ぶが、求めている声は返ってこない。


「やっぱり、噂だったんだ……。もう、嫌だよ……」


 諦めたような声を出し、その場にしゃがみ顔を膝に埋めてしまう。

 体を微かに震わせ、鼻をすする音が聞こえる。


 そんな彼女に、一つの影が近づいた。その影に気づき、ゆっくりと涙が浮かんでいる顔を上げる。


「あ、貴方は……?」


 目の前に立っている細身の青年は、黒いパーカーのフードを深く被り、口元には同じ色のマスク。

 パーカーの中には白いワイシャツを第二ボタンまで開け着ており、深緑色のズボンを履いていた。

 銀色の前髪は長いらしく、顔をしっかりと見ることが出来ない。だが、そこから覗き見える黄蘗きはだ色の瞳は、ギラギラと輝いており彼女を射抜く。


「あんたこそ誰だ」

「え、えっと……。私は相良綾華あらいりょうかです……」

「あっそ。んで、ここに来て何か叫んでいたけど、なんだよ。うっせぇんだけど」

「あの、噂がここにはあって、願いを叶えて欲しく来たんですが……」


 彼の質問に必死に答える彼女だが、見覚えのない男性という事と見下ろされている圧迫感により後ずさり、彼から少し離れていた。


「貴方は何故ここに……?」

「おめぇには関係ねぇよ、俺は寝る。ちなみに、その噂は全てガセだ。願いなんて叶えられるわけがねぇだろ」

「な、なんでそんな事が貴方に分かるんですか?!」


 彼の言い分に怒りが芽生え、綾華は青かった顔を赤く染め、強い口調で言い放つ。だが、そんな声など彼にとって何処吹く風のようで、面倒くさそうに顔を歪めため息を吐く。


「今まで何度も同じことを言われてきたからな。言っておくが、願いを叶えるわけじゃねぇ。人の奥に住み着いているを斬るだけだ。それを願いが叶ったと言う変な解釈をした人物が噂を流し、今、めんどくさい事に沢山の奴が俺の所に訪れる。迷惑な話だ」

「え、え? どういうこと……?」

「あ? 噂を聞いて来たんじゃねぇの?」

「そ、うですけど。もしかして、貴方なんですか?」

「…………ちょっと待て。お前、どんな噂を耳にした?」

「私が聞いたのは、屋上に願いを叶えてくれる人がいるとしか……。どんな人かまでは聞いていないです……」

「…………まじか」


 綾華の話を聞いた彼は、途端に顔を青くし、頭を抱えその場にしゃがみこむ。


「くそっ。余計なことを口にした。ふざけるなふざけるなふざけるな。紛らわしいんだよ。なんなんだよ……」

「あの、大丈夫ですか?」

「黙れ」

「えぇ……」


 彼の黄蘗色に染る瞳に睨まれ、彼女は何も言えず口を閉ざしてしまう。その時、屋上の柵に立てかけられている竹刀袋が目に映ったらしく、近づいていく。


「忘れ物?」


 手を伸ばし掴もうとした時、いきなり隣から大きな手が伸びてきて彼女の手首を掴む。


「おい、勝手に触んな」

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