「どこまで効くかな」
次の日も雨が降り続いており、勢いが強くなっていた。
天気予報でも台風が近づいていると流れており、不安げな表情を浮かべながらも傘を片手に綾華は家を出る。
雨音が耳を刺激し、地面を踏む度に雫が飛び散る。
暗雲が綺麗なはずの青空を覆い隠し、気分まで沈んでしまう。
「なんか、今日は気分が乗らないなぁ……」
その呟きは、雨の音にかき消されてしまった。
※※
教室に着くと、中には結香が机に突っ伏していた。
綾華はあまり刺激しないように少し離れ、自身の机へと向かい鞄を下ろす。
教科書などを机の中に入れながらも、彼女は結香が気になるようで、心配しているような瞳を向けている。そして、なにか覚悟を決めたのか、手に力を込め、歩き出した。
「結香」
「っ、なに」
少しだけ顔を上げた結香の表情は暗く、目の下には隈があり、寝ることが出来なかったのだと分かる。
顔色も青いため、体調が優れないのだろう。
「だ、大丈夫?」
「あんたに心配される必要はない。いいから、私にもう関わらないで。どっか行ってよ!!」
血走らせた瞳を綾華に向け、今まで聞いたことの無い野太い声で言い放つ。
歯ぎしりをし、なにかに耐えているような表情を浮かべていた。
「で、でも。やっぱり、しんぱっ──」
「ほっとけって言ってんじゃん!! 大体、なんであんたが私の心配すんのよ!! 今まで散々酷いことしてきたでしょうが。もういい加減、私に関わらないで!!!!」
そう叫ぶと、いきなり結香は頭を抱え始めた。
苦しげに目を見開き、胸元辺りを強く握っている。
「わ、私は、私だって……!!」
「ちょ、ゆ、か?」
『私だって、努力したのよ!!!!!!』
彼女のソプラノに近い声が、徐々に野太く変貌していき、背中から黒いモヤが立ちこめてきた。
そして、そのモヤは結香の体に吸い込まれるように入りこんでしまった。
「結香……なにを……?」
綾華は手を伸ばし、困惑したまま声をかけようとしたが、その手は何者かに掴まれてしまった。
※※
「風邪、ひきますよ。せめて、傘をさしたらどうですか?」
「…………」
「今はトレードマークのパーカーも着ていないのですから」
「トレードマークにした覚えはねぇよ」
そのような会話をしているのは、雨が降り注いでいる中、傘もささずに空を見上げている夜狐と、その隣に傘をさして、茶化すように話しかけている美咲輝だった。
2人は屋上で何かを待っているような素振りを見せる。そんな中、夜狐は目線だけをドアへと向けた。
「来たみたいだな。美咲輝、お前は姿を眩ませろ。不意打ちの方が隙を作りやすい」
「分かりました。気をつけてくださいね」
「俺が負けるかよ」
そのような会話をし、美咲輝はそのまま屋上の柵を乗り越えてしまった。それと同時に、どす黒いオーラが徐々に屋上へと近づいているのがわかる。
夜狐は竹刀袋から刀を取り出し、袋を柵へと放り投げた。
「来いや。たたっ切ってやるよ」
ドアに体を向け、体勢を低くし足を広げ抜刀の姿勢を取り、いつでも抜けるように待機する。
ギラギラと光る眼光は、黄檗色から真紅色に染まっていき、息をゆっくり吐いた。
すると、大きな音を立て扉が開かれた。
「連れてきたよぉ〜。夜狐、今回は本当に危険かもしれないよぉ〜」
「マイペースすぎじゃないですか梨晏先生?! めっちゃ後ろ、結香がなんで?!」
綾華の手首を掴み、雀が屋上へと走り込む。それと同時に、夜狐が刀を抜き地面を蹴る。
「ひっ!」
「おっと、私達も同時に斬るつもりかい?」
夜狐が2人を気にせず走り込んだため、咄嗟に綾華を雀が抱え横に飛び避けた。
切り込んだ夜狐が持っていた刀は、結香の首元へと刃を向ける。だが、それを背後から急に現れた黒いモヤが大きな鋭い爪を生成し、防がれてしまう。
「出てきてくれて安心したわ」
上を見上げそう呟き、すぐにその場から後ろへと跳び距離をとる。
「雀、さっさと異空間へと飛ばせ」
「はいよぉ〜」
綾華は何が起きたのかわからず、ずっと雀の白衣を掴み体を震わせていた。そんな彼女の背中を撫でてあげ、彼はポケットからシルバーリングを取りだし空中へと弾く。すると、眩い光が4人と結香を包み込んだ。
※※
「さぁて、ここまで大きくなった魔妖は滅多に出会うことが出来ねぇしな。警戒しながら斬ってやるか」
「そうだねぇ。まずは、動きを封じて様子を見ないかい?」
「そうだな。任せたぞ、雀」
「了解」
2人は結香の様子を確認しながらそう言葉を交わし、雀は煙草を手にし火をつけた。
結香は歪な笑みを浮かべ、背後に黒いモヤを背おっている。
肌は黒ずんでおり、瞳はなぜか赤く染っていた。血なまぐさい匂いを漂わせているだけではなく、見た目も不気味なため、綾華は顔を青くするばかりだ。
「あ? そういや、そいつ連れてきたんか?」
「おや。あぁ、つい連れてきてしまったね。いやぁ、私も慌ててしまっていたらしい。ここまで膨らんでしまった魔妖はそうそう出会えるものでは無いから、仕方がないね」
「私は仕方がないで、連れてこられたんですか……」
そんな会話をしつつも、2人は魔妖を警戒している。
雀は、右手に持っている煙草を前へと出し、昇っている紫色の煙を操作し始めた。
動きを封じ込めようと、結香の足元に煙を送る。だが、人間ではありえない跳躍力で上へと回避してしまった。
「おやや?」
「おいおい、動きを封じ込める前に避けられちゃ意味ねぇだろうが」
「残念だねぇ」
上へと跳び回避した結香は、1度地面へと着地し、右足を1歩前に出し両手の爪が鋭く伸ばす。
次の瞬間、光の速さで綾華を支えている雀へと向かい、鋭く光っている爪を振りかざした。
「っ夜狐!」
「ちっ!!!」
雀は綾華を抱えて避けようとしたが、間に合わず夜狐の名前を呼ぶ。
それに答えるように彼は迅雷の如く早さで2人の前に移動し、刃を鞘から抜き、顔の前でクロスさせ防ぐ。だが、続けざまに力強い拳を繰り出され、怒涛の攻撃に反撃する余裕が無い夜狐は、刀が折れないように支えるだけしかできない。
雀は夜狐の脇下から顔を覗かせ、タバコから立ち昇る煙を彼女の足元へと移動させ、動きを封じ込めようとする。
「…………やはり、強い」
「クソが……!!」
動きを封じ込めようとするが、煙が分散してしまい上手くできない。
魔妖が放つオーラによって、雀の力が届かないのだ。
「仕方がないねぇ。相良君、少しだけ離れているんだ。危ないから」
「は、はい……」
綾華は言われた通り少し離れ、心配そうに2人を見続ける。
雀は白衣で隠されていた拳銃を右手で取りだし、銃口を魔妖の額へと向けた。だが、取り乱すことなどはせず、夜狐の刀を折ろうと拳を振るい続けている。
刃と鞘がぶつかり合う音が響き、夜狐を支えている地面が凹む。相当な力で殴られ続けており、彼の額からは大量の汗が流れ始めた。
「どこまで効くかな……」
その言葉と同時に、耳をつんざくような破裂音が連続で2回。赤黒い空間に響き、銃口から2発の弾が放たれた。
それは、真っ直ぐ魔妖の額へと勢いよく放たれたが──
「っな……」
「なんで当たる前に粉砕すんだよ!!!!」
放たれた弾は、なぜか魔妖に当たる前に粉砕してしまう。それに驚いてしまい夜狐は、少しだけ力が緩んでしまった。
魔妖の拳は繰り出されたまま、結香が右足を軸にし、左足で夜狐の腰あたりに回し蹴りを食らわせる。
両手で拳を防いでいた夜狐は、それ以外ががら空きとなっていたため、もろに食らってしまった。
「ぐっ!!」
「夜狐!!」
手に入っていた力が抜けてしまったらしく、刀を床へと落とし腰を抑えるように膝をついてしまった。
「東雲君!!!」
甲高い叫び声が響いたのと同時に、魔妖の笑い声が重なり、鋭い爪が彼へと振り下ろされた。
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