「開始だ!!」

「…………ぶなっ」

「やれやれ、来ていたんだねぇ。もっと早くに教えてくれても良かったのに」


 横腹を支えていた夜狐は、左横に目線を落とし、弓矢が刺さっている魔妖の手を見下ろす。


 その弓矢は淡く光っており、魔妖の腕を封じこんでいる。

 その隙に夜狐は落としてしまった刀と鞘を手にし立ち上がり、後ろへと下がった。だが、まだ痛みはあるらしく、すぐに膝をついてしまった。


「もう、私では力になれそうにないねぇ。すまないけれど、相良君を守るのに専念させてもらうよ」

「それだと助かる。確かにお前は、人より感覚が鋭い分、魔力が低い。これだけ膨らんだ魔妖を相手にするのは力不足だろうな」

「直接言ってくれるねぇ」


 雀はそう言葉をかわすと、後ろで体を震わせ、何が起きたのか分からない表情を浮かべている綾華へと近づいていく。そして、彼女を守るように前に立った。


「梨晏先生……」

「今の私は役立たずだけれど、君を守ることは出来るからねぇ。そこから動かないで」


 片手に煙草を持ち、緩く話しているが、その表情は険しく、目線を至る所に向けている。


「さぁて、これからどうするんだい、夜狐」


 そう呟く彼は、眉間に皺を寄せ、夜狐の動きを見続けていた。




 魔妖は、片手に刺さっている弓矢を簡単に抜き取り、強く握りしめ、パキッと半分に折った。

 その折られた弓矢は、地面に落ちる前に姿が消える。


「簡単に抜くんかよクソが……」


 やっと痛みが引いてきたらしく立ち上がり、刀と鞘を持ち直し、右手を前に、左手を体の横で構える。

 鋭い眼光は魔妖へと向けられ、姿勢を低くする。


 静かな空気が漂い、今動けば殺られてしまう錯覚に陥る。

 息をするのすら許されない。そのような感覚がこの空間を占めており、額から汗が流れ落ちる。


「────行くぞっ」


 息を吐き、夜狐は殺気を放ちながら地面を思いっきり蹴り、結香へと鋭い刃を振るった。

 魔妖は大きな爪で受止め、金属音を鳴らす。

 簡単に受け止めており、口元には笑みを浮かべている。


 受け止められたのは予想内だったらしく、夜狐は鞘で結香の右腹を打撃しよう振りかざしたが、体が強化されているらしく、右腕で簡単に受け止められる。

 

 爪で受け止められている刃を引き、彼は間合いを開けず斬撃を繰り出し続ける。

 刃で魔妖の腕を斬ろうと振りかざし、鞘で結香の動きを制限するように。

 腕で受け止められてもすぐに、違う角度から力強く攻撃を仕掛ける。

 それを繰り返しているが、夜狐の刃は届かず全て受け止められてしまう。


「めんどくせぇな!!!!」


 2人を同時に相手にしているため、集中できていないように見える。だが、その動きはまるで、魔妖と結香を引き離そうともしているように感じる。


 斬撃をし続けている夜狐の邪魔をしないよう、タイミングを見計らい、どこからか光の弓矢が放たれた。その弓矢は、光の速さで結香の右足へと突き刺さり、貫通した。


「ゆ、結香!!!」


 血がドクドクと流れ、雨に混じり地面へと落ちる。痛みが走っているはずの結香は、表情一つ変えずに夜狐から距離を取り、弓矢を引き抜いた。


「おい、何やってんだ美咲輝!!!」

「動きを封じるには足を狙うのが1番でしょう。まどろっこしいことをしているから時間がかかるのですよ。どうせ、後で傷の手当をするのですから、別に構わないじゃないですか」


 抑揚の無い声で言ったのは、いつの間にか屋上の扉に移動していた美咲輝だ。

 手には弓を持っており、また放とうと構えている。だが、弓矢を持っているようには見えない。それでも、なぜか弓を引いており、結香のもう片方の足に狙いを定めていた。


「狙うのは魔妖だけにしろや!!」

「何故ですか。主となっている実態から動きを封じ込めなければ、これだけ膨れ上がってしまった魔妖を倒すことなど不可能ですよ」

「なら、魔妖の腕を先ず封じろ。背中で女と魔妖がくっついているのわかんだよ。それを、俺がこの魔想刀でたたっきる!!!」


 きらりと黒光する刃を前に突き出し、そう宣言する夜狐の赤い眼光は鋭く、美咲輝はその瞳を見て、狙いを結香の足元から魔妖の腕へと移した。


「やれやれ、確かに貴方がいればそのような戦闘も出来ますね。任せましたよ」

「当たり前だわ!!」


 弓矢がない状態で、美咲輝は弓を引き狙いを定めた。すると、手を離そうとした瞬間、何も無い空間から突如として光の弓矢が姿を現し、先程と同じく、光の速さで魔妖の腕へと放たれた。その弓矢は途中で2本に分裂し、同時に両腕を封じることに成功。

 その隙を逃さず、夜狐が右手に持っている刀を持ち直し、迅雷の如き速さで彼女の後ろに周り、彼女と繋がっている部分を斬った。


 ────ギャァァァァアアアアアアアア


 耳が痛くなるほどの甲高い叫び声が赤黒い空間へと響き、綾華は思わず顔を歪め耳を抑える。それでも聞こえるらしく、歯を食いしばっていた。


 支えるものが無くなった結香は、黒く濁っていた肌が戻り、そのまま地面へと倒れこもうとした。それを、急いで夜狐が腕を腰にまわし、倒さないように自身へと引き寄せ、魔妖から距離をとった。


 顔色を確認するように前髪を少し横へとながし見下ろす。

 まだ顔色は悪いが、呼吸などは落ち着いているため、問題ないようだ。


 それを確認した夜狐は、安堵の息を吐き、雀に目線を送った。その目線の意味を瞬時に察した彼は、急いで近づき結香を横抱きし、再度綾華の元へと戻る。


 主が無くなった魔妖は、先程まで余裕そうに笑っていたが、今では怒りで顔を歪ませ、人の形を作り出した。


「ここからは、いつも通りやらせてもらうぞ」

「やれやれ、めんどくさい山場が終わりましたね。あと、ひと踏ん張りです」


 2人は視線を交し、頷きあった。それを合図に、美咲輝は再度弓を構え、夜狐は刀と鞘を両手で構え刃を魔妖へと向ける。


「さぁ、第2ラウンド開始だ!!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る