「3分稼げ」

 したり顔を浮かべている夜狐は、肩幅に足を広げ、右手で握っている刀を横向きにし、鞘は腰辺りまで低くし、構える。だが、前回の傷がまだ塞がっていなかったため、白い包帯が赤く染っていき、血が額から滴り落ちてきた。


「東雲君……」


 心配そうに小さく呟いた綾華の言葉は、誰にも届かず消えてしまう。


「行くぞ」


 下唇を舐め、地面を蹴り迅雷の如く速さで魔妖へと向かった。

 魔妖は今までと同じく、右手で夜狐の刀を受け止めようとした。そのため、彼は魔妖の正面まで走ると、右足の膝を折り力を入れ、上へと高く跳ぶ。

 体幹を支え、刃と鞘を頭の上まで振り上げ、魔妖の頭へと叩きつけた。

 ガキンという、大きな音を鳴らし、2本の刃と爪が交差する。


 傷を治し終わった美咲輝は、結香の母親を床へと寝かし、横に置いてあった弓矢を手に取る。

 立ち上がり腰辺りで弓矢を持ち、夜狐を見続ける。雀も拳銃を下ろさず、いつでも撃てるようにしていた。


 受け止められた夜狐は、体の芯を崩さず、腕に込めていた力を抜く。体が重力に従い地面へと降りようとしたが、そこですぐに力を込め直し、刀を爪から外さないよう右足を蹴りあげた。


「ちっ!!」


 その蹴りは、顔を上に上げられ避けられてしまう。そのまま一回転し、地面に着地した夜狐は、すぐさま体勢を立て直す。

 今度は主である、綾華の母親の足元を狙うため、膝を折り地面に手を付き、右足を前へと出し鞘でなぎ払おうとする。


 避けようと上へと跳ぼうとした彼女だったが、その先には光の弓矢が放たれ気が逸れてしまった。その隙に、夜狐が足払いをし尻もちを着く。

 即座に立ち上がり、体をひねりながら、右手に持っていた刀で魔妖と主を切り離した。

 鞘を1度地面へと投げ、グィっと母親の腕を引っ張り、夜狐は自身に引きつける。

 腰を抱き、落とさないように後ろへと飛んだ。


「うしっ」


 第1関門突破した夜狐は、安堵の息を吐き魔妖に目を向ける。


「預かるよぉ〜」

「任せた」

「お母さん……」


 雀はしっかりと受け取り、夜狐は戦闘へと戻っていく。

 彼の腕の中で瞳を閉じて、クタッとなっている母親を目の前に、綾華は手を握り涙を流していた。

 今まで苦しめられてきた立場だが、それでもたった1人の母親なため、気が気ではなかったのだろう。安心したように強く握っていた。

 そんな彼女を、雀は優しげな瞳を浮かべ見下ろしている。だが、その瞳は直ぐに険しいものへと変わり、夜狐へと注がれた。


 魔妖は、主から切り離されたことにより怒りが芽生え、地響きがなりそうなほどの咆哮を上げた。

 そんな魔妖の体が徐々に大きくなっていき、夜狐の3倍はある大きさへと変貌させた。


「…………聞いてねぇぞ……」

「あーらら、まさか今回の魔妖は、ただの魔妖ではなかったみたいだねぇ」

「気づいていなかったのですか?」

「違和感程度だねぇ。言うほどでもなかったと思っていたけれど、まさかねぇ〜」

「少しでも違和感があれば教えろや!!!」

「ごめんねぇ。まさか、魔妖ではなく、までしているなんて思わなかったよぉ。これは、夜狐もを出さないと不味くないかい?」


 雀の言葉に、夜狐は固唾を飲み、額から流れ落ちる血を拭わず彼を見続けている。

 美咲輝はよく分からないと言うような顔を浮かべ、横目で二人の会話を見届けていた。


「…………美咲輝、少し時間を稼いでくれ。3分……。3分稼げ」

「分かりました。努力はします。ですが、相手は魔物化までしている。期待はしないでください」

「わかっている」


 そう口にすると、夜狐は地面に落とした鞘を持ち、刃を1度戻し雀の目の前に立つ。


「頼む」

「分かった」


 今までの倍以上大きくなった魔妖は、耳まで裂けている口を開き、黒いモヤを吐いている。それがヨダレのようにも見え、今にも一飲みされてしまいそうなほど圧が美咲輝に降り注ぐ。

 それでも、彼は一切戸惑うことはない。

 手に持っている弓を1度地面へと置き、背中に背負っていた竹刀袋に手を伸ばした。


「東雲先輩ほどではありませんが、刀は扱えます。痛い思いをしたくなければ、動かないでください」


 そう伝えながら、彼は竹刀袋に右手に入れ、鞘に包まれた刀を出した。

 袋を横へと投げ捨て左足を前へ出し、腰辺りで刀を添え姿勢を低くする。


「行きますよ」


 そう口にすると地面を蹴り、大股で魔妖に向けて走る。

 風を切り、真っ直ぐ魔妖の正面に向かって右手で抜刀。その刀は黄色に輝いており、光の速さで魔妖の片足を切り落とした。


 片足を失い、バランスを崩した魔妖は、大きな音を立て片膝を着く。

 近くに建てられていた二階建ての家は、その際にぶつかってしまい、大きな音を立て崩れ落ちる。


「私の家が!!」


 綾華は顔を青ざめ、崩れていく自分の家に向け叫ぶ。その様子を結香は悲しげな瞳で見続けていた。


 いつも補足してくれている雀は、夜狐の額に人差し指と中指の2本の指を添え、目を閉じていた。その指先は淡く光っており、夜狐の額になにかの刻印が刻まれている。


「何を……」


 結香は不思議に思い、今目の前で繰り広げられている非科学的な光景を見続けている。すると急に風が吹き、彼女の左横を何かが横切った。

 後ろから土埃が舞うのと同時に、何かが崩れるような大きな音が聞こえた。


「えっ……」


 咄嗟に二人が音のした方に目を向けると、刀を握っている腕が変な方向に折れ曲がっている美咲輝が、頭から血を流し倒れ込んでいた。

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