結香
「伝えておこうか」
屋上で夜狐と出会い、気持ちが楽になった綾華は、今日また彼に会うため屋上に向かっていた。その髪は何故か濡れており、牛乳の匂いを漂わせている。
ただ、表情だけは落ち込んでおらず、負けないと言いたげに瞳はまっすぐと前だけを見ていた。
そんな中、屋上の扉を開き外へと出る。
今日も空は青く輝いており、白い雲が気持ちよさそうに風に乗って移動していた。
「…………髪、かわいてくれるかな……。水洗いだけはしたけど、匂いは取れなかった……」
柵に手を置き、屋上から見える景色を眺めていると、後ろから嫌悪感丸出しの声が聞こえ、振り返る。
「くっさ」
「人の心を抉るのが趣味の東雲君、こんにちは」
「はぁ? なんだそれ。お前、えぐられる心ねぇだろうが」
「ありますけどね!!!! たった今、えぐられました!」
夜狐は今、フードを深く被ってはいるが、マスクは片方の耳にかけているだけなため、素顔を見ることが出来る。
色白の肌に、黄蘗色の瞳。フードから覗き見える銀髪が風にそよかれている。
「そんで、ここには髪を乾かしに来ただけか?」
「いや、前に私の話を聞いてくれたあと、何をしたのかなって思って。すごい怪我をしていたので、まさか危険なことをと思って……」
「あっそ」
一言だけ返し、そのまま何事も無かったかのように歩き去ろうとした夜狐を、綾華は逃がさないというように掴み、問いただした。
「あれは何。何が起きたんですか? それに、どうして君はあんな大怪我を負っていたのですか? 教えてください」
「めんどくせぇな。別に、お前には関係ねぇからいいだろうが。もう、終わったんだから」
「それでも気になるんですよ。お願いですから教えてください」
「なら、雀に聞け。俺はめんどくせぇ」
そう言うと手を払い、そのまま去ってしまう。
何も掴めなくなった右手は、もの悲しげに去っていく背中に向けられていた。
※※
「それで、素直に私のところに来たんだね」
「はい……」
「わかったよ。なら、ここでは場所が悪い。空き教室に行こうかぁ」
夜狐が去って行ったあと綾華は諦めたように屋上を出て、その足で職員室に向かい、窓側の椅子に座っている雀に問いかけた。
今はデスクワークをしていたらしく、パソコンには様々な資料が画面に表示されている。その隣には入れたばかりであろう珈琲が、白い湯気を立ち登らせていた。
周りには雀以外にも教師達がいるため、話すには適さない場所だと判断したらしく、彼は椅子から立ち上がり廊下へと出た。その後ろを静かに綾華はついて行く。
雀が向かった先は、使われていない空き教室。
ドアは鍵がかけられていたが、彼がポケットから鍵束を取りだし簡単に開けた。そして、そのまま中へと入る。
中は陽光があまり差し込んでいないため薄暗い。
掃除もされていないため、並べられている机や椅子はホコリっぽく、座りたいとは思えない。
「あの、ここじゃないとダメですか?」
「理科準備室でも私は構わないよぉ」
「ココデダイジョウブデス」
理科準備室は、雀の趣味全開になっており、虫の標本や人体模型など。
ずっと見ていると気持ち悪くなりそうな物で埋め尽くされているため、綾華はそれを思い出し顔を青くした。
「それなら、早速本題に入ろうと思う。椅子に座ってもいいよぉ」
「いえ、大丈夫です……」
「そうかい」
雀は教卓に腰をかけ、綾華はその近くの机に腰を下ろす。
「ところで、夜狐からはどこまで話を聞いているんだい?」
「東雲君からは、負の感情が具現化された非科学的な存在を斬ることができるとしか……。そして、その刀の名前が、確か魔想刀だったような……」
「おや、結構話しているね。それ以上、何か必要かい?」
「いや、なぜあんな怪我をしたのか気になりますし、どれだけ危険なことをしているのか……も、その……」
「負の感情が具現化された魔妖を斬るのは、そう簡単ではない。相手はもちろん抵抗してくるし、反撃をしかけてくる。アニメなどでよく見ると思うのだけれど、異形型VS人間。それを想像してくれると、わかりやすいと思うよ」
簡単にそう説明された綾華は、何かを思い出すように空を見つめる。
目線が少し泳いでいるため、上手くイメージできていないのだろう。
「おそらく、これから嫌でも知ることになると思うから、気にする必要はないと思うよ。それより、もっと現実的な話がしたいのだけれど良いかい?」
「え、あ、はい」
いきなり話を逸らされ、最初は戸惑っていた綾華だったが、すぐに聞く体制を作り雀を見上げる。
「今回の理科のテスト、君が学年トップの成績を収めたんだ。これから順位が廊下に張り出される。よく頑張ったね」
「え、ほ、んとうですか?」
「本当だよ。今回は難しくしたつもりだったのだけれど、君だけが95点をたたき出してね。さすがに驚いてしまったよ」
「あ、ありがとうございます」
「こちらこそ」
笑みを浮かべていないが、雀は本気で褒めているらしく優しげな瞳を彼女に向けている。
その瞳に見つめられ、綾華はいたたまれなくなったのか顔を逸らし、教室から出ていこうとした。
「は、話をしてくれてありがとうございました。失礼します」
「気をつけて帰るんだよ」
「はい」
そのままドアを開き、廊下を歩き進める。
彼女を見届けた雀は、天井を見上げ、気だるげな瞳を1点に集中させる。なにかを考えているのだろう。
「…………明日、張り出される……。一応夜狐に伝えておこうか」
そう呟き、彼も教卓から腰を離しドアへと歩みを進めた。そして、静かな空間に扉の閉まる音が鳴り、廊下には1人分の足音だけが余韻のように響いていた。
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