「斬らせてもらうぞ」

 ひとまず話を聞いてくれることになったため、綾華は柵に背を預け座っている夜狐やれに話し始めた。

 その隣には、タバコに火をつけているさくの姿もある。


「なるほどな。簡単に言えば、お前はいじめにあっており、それをどうにかしたい。教師に話をしても意味はなく、親は話すら聞いてくれないと。終わったな」

「終わったって言わないでください。だから、貴方の所に来たんですよ」

「へいへい。おい雀、その話は聞いていたか?」

「い〜や、聞いていないねぇ。おそらく、相良あらい君の担任が口を閉ざしているんだろう。自分のクラスがそのようなことになっているなんて、考えたくないんだろうねぇ。めんどくさいし」


 マイペースな口調でそう話す雀に対し、夜狐は何も言わず空を見上げる。


「とりあえず、いじめやネグレクトもどきをどうにかすることは俺にはできん」

「そ、そんな……」

「だが、お前の心に潜む魔妖まやかしならどうにかできる」


「これでな」と、夜狐は横に置いてあった竹刀袋を手に取り、したり顔で言い放つ。


「それで? 魔妖って、なんですか?」

「魔妖という名は、俺達がそう呼んでいるだけだ。簡単に言えば、人の負の感情が具現化されたモノ。妖や怪異などといった、非科学的なものを指す。そして、これはその非科学的なものを斬る専門の刀。通称、魔想刀まそうとう


 夜狐の簡易的な説明がよく分からないらしく、綾華りょうかは首を傾げている。その様子を見て、補足というように雀が口を開いた。


「君の心には、嫌悪という魔妖が住み着いてしまっている。それをどうにかしなければ、君は自我を失ってしまうということだよ」

「え、それって、結構ヤバいんじゃ……」

「相当やばいな。まぁ、おめぇが魔妖に取り憑かれたとして、俺は躊躇することなく斬るけどな」


 ケラケラと笑いながら夜狐は口にする。そのことに綾華は何も反論せず、肩を落としジトッとした目を向けた。


「ひとまず、今すぐにどうにかなるわけじゃねぇよ。安心しろや」

「それなら、いいんですけど……。でも、その話本当なんですか?」

「嘘だった場合、お前は今後どうするんだ?」

「そ、それは……」

「考えてなかっただろう。まぁ、俺はどっちでもいいぜ? お前が信じないのなら、何もしねぇし、信じんなら少しは手を貸してやる」


 そう口にする夜狐の表情は頼もしく感じる。マスクを下げ、隠されていた口元には優しい笑みが浮かんでいた。

 口が悪く、態度がでかい彼に良い印象がなかった綾華だった。だが、今の言葉と彼の表情を目にした瞬間、心につっかえていた何かが取れたのか、目を開き輝かせた。


「し、信じます。なので、私を助けてください!!」

「了解だ。お前の心に住む魔妖、ここで斬ってやるよ。安心して、俺に全てを預けろ」


 彼の黄蘗色に輝いていたはずの瞳は、瞬きをした瞬間に真紅色へと染められ、綾華はその瞳を見た瞬間目を大きく見開き、そのまま気を失ってしまった。


 綾華が夜狐に倒れ込んだのと同時に、どす黒いモヤが背中から現れ始める。


「いっちょやりやすか」

「まずはこの空間を遮断してからと言っているのにねぇ。まぁ、私がやるから良いけれど」


 雀は白衣のポケットから一つのリングを取りだし、空中へと親指で弾く。すると、そのリングが急に眩い光を放ち、黒いモヤと共に夜狐と雀を包み込んだ。


 屋上には、瞳を閉じ気を失っている綾華の姿だけが、取り残された。


 ※※


「ほぉほぉ。これはまたぁ。よく隠し続けることが出来たな」

「隠していたと言うより、気付かないふりをしていたと言った方が良さそうだねぇ」


 二人は今、赤黒く染っている。異空間と呼ばれそうな屋上に立っていた。

 見た目自体は屋上と変わらないが、雲は流れておらず鳥すら空中で止まっている。まるで、時が止まったかのような空間だ。


 そんな中、空中には綾華の背中から現れた黒いモヤが浮いており、何かの形を生成している。

 縦に細長くなっていき、左右には細長い触手みたいなのが伸び、下の方には足みたいな形を作り出す。

 

 その姿は、徐々に人の形になっていく。

 黒い肌、耳まで裂けてそうなほど開かれている口。目は真っ赤に染められており、綾華の姿に変貌した。

 

 赤黒い空間に、いきなり生臭い匂いが漂い始める。魔妖がそんな異様な匂いを周囲にばらまいていた。


 口元に右手を持っていき、楽しげにケラケラと笑い夜狐と雀を見ている。


「結構強そうだけれど、大丈夫かい?」

「問題ねぇわ」


 夜狐は口にするのと同時に左手に握られていた竹刀袋を開け、中に手を入れる。

 したり顔を浮かべながら、夜狐はゆっくりと袋の中に入れた手を抜き取った。

 手には、黒く細長い物が握られており、ゆっくりとその姿を現していく。


「笑えんのは、今のうちだ」


 竹刀袋から姿を現したのは、黒いつかと鞘。夜狐の腰ぐらいまで長い刀だった。

 

 刀を抜くと、袋を横へと投げる。

 縦に右手で柄、左手で鞘を握る。顔の左側まで上げ、左の親指でつばつかの方向に押し出した。そのまま、ゆっくりと鞘から抜いていく。


「斬らせてもらうぞ」


 鞘から姿を現した刀は漆黒に光っており、切れ味の良さが見て取れる。


 右手は刀を持ちながら前へと出し、鞘は地面へと投げ捨てず左手に持ったまま。肘を下げ、後へと引き構える。膝を折り、姿勢を低くした。


「……終わらせてやるよ」


 そう呟くと、夜狐は地面を思いっきり蹴り、前へと走り出す。その際、ずっと被っていたフードが取れ、銀髪がキラキラと輝きながら姿を現した。

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