「終わりだ」

「死ねぇ!!!」


 夜狐は勢いよく走り出し、魔妖の目の前へと移動する。右手で構えていた刀を左へと体ごとひねり、魔妖の首を狙う。だが、それを魔妖は後ろへと半歩ズレることにより、スレスレで躱した。


 彼はその行動は予想通りというようにそのまま刃を返し、すかさず切り返すが、それすらも後ろに跳んで躱す。

 右手に持っていた刀を左へと横一線に薙ぎ払い、避けられた瞬間右足を地面にしっかりとつけ、左手に持っていた鞘を、右手の下から右へと薙ぎ払った。

 それすらも、後ろへと下がり回避。


 何故か反撃をしようとはせず、どんどん後ろへと下がってしまう。その足取りは軽やかで、身軽なため動きを封じるのは難しい。


「当たっていないみたいだけれど、大丈夫かい?」

「るっせぇわ!!!」

「やれやれ」


 余裕そうに雀は肩を竦め、口に咥えていたタバコを地面へと落し踏みつける。そして、新たなタバコを取り出し火をつけた。


「動きを先ず封じた方が良くないかい?」

「それはてめぇの仕事だろうが!!」


 魔妖は夜狐の刀を躱すのみで、反撃をしようとしない。だが、当たらないことへのいらだちでか、彼は徐々に刀を振るう速度が落ち力強さがなくなってきた。集中力が分散しているらしく、舌打ちが止まらない。


「避けてんじゃねぇわ!!」


 最後の一撃というように、刀の柄を握り直し、刃を魔妖の首元目掛けて横薙ぎに振り払ったが、それは影を斬ることとなってしまった。


「くそがっ!!!」


 避けるのと同時に彼から距離を取るため、魔妖は後ろへと跳び躱す。そのステップが軽やかで、女性特有の身軽さが備えられており、刀を当てることすら難しいだろう。


 クスクスと笑っており、そのことに対し夜狐は顔を赤くし刀を強く握りしめる。


「こんのっ──」

「一度落ち着け夜狐。いつも先走って失敗するんだから」

「黙れ!!!」


 図星をつかれたからか、彼は一度落ち着くため刀を鞘に戻し、腰につける。そして、俯きながらも深呼吸した。


「まずは、私に任せて欲しいなぁ」

「ちっ、わぁったよ。さっさとやれや」

「はいはい」


 未だ余裕そうに笑っている魔妖の前まで散歩をするように移動し、雀はタバコを手に持ち替え立ち止まる。


「少しだけ、動きを制限させてもらうよ」


 そう口にした瞬間、妖しい笑みを浮かべ煙が立ち上るタバコを前へと突き出す。その煙からは何も匂いはせず、妖しい雰囲気を醸し出しているだけだ。

 その煙は徐々に紫色へと変化し、魔妖へと向かっていく。


 何かを感じた魔妖は、笑みを消し後ろへと下がる。だが、その煙は追跡するように追いかけ続けた。

 避け続けているが、直に煙の方が魔妖を包み込むこととなり、身動きが取れなくなる。


「今だよ」

「ふんっ。やってやるよ!!」


 少し不機嫌そうに夜狐は、右足を前へと出し、体を横向きにする。

 鞘に戻した刀を胸元まで持っていき、膝を折り、姿勢を低くした。そして、風の如く速さで魔妖へと突っ込み、鞘から刃を抜き取り刀を振るった。だが、その刀は魔妖ではなく、黒いモヤを斬ることとなる。


「っだぁぁあ!!!!」

「なるほど。モヤに戻ることも可能のようだね。動きを制限するだけではダメなようだ」

「見ればわかんだよ!!!」


 空へと逃げたモヤは、またしても夜狐と距離を取り人型へと姿を変えた。


「めんどくせぇな!!!」


 彼がまた先程と同じように突っ込み、刃を振るった瞬間、今まで反撃をしてこなかった魔妖がいきなり右手に鋭い爪を生成し、刃を受け止めた。相手は爪のはずだが、相当硬いらしく金属音の擦れる音が響く。


「なっ……」


 受け止められたことにより驚いてしまったため、夜狐に一瞬の隙が生まれてしまった。

 魔妖は刃を受け止めていない左手で、彼の右肩を斬り裂いた。


「ぐっ!!」

「っ夜狐!!」


 カランと鞘が地面へと転がる。

 ふらつく足取りで、夜狐は刀を右手で持ち、左手で肩を抑えながら後ろへと下がり距離を取る。

 血がぽたぽたと流れ出ており、地面を赤く染めていく。鉄の匂いが漂い、相当深く斬られてしまったため、血が溢れ止まらない。

 押さえている手が赤くなり、刀の持ち手も同じ色へと染まる。


 その様子をケラケラと笑い、爪に付いた血液を舐めながら魔妖は見下ろしている。


「結構、やるじゃねぇか」


 彼はそんな魔妖を目にし、憤怒の色に顔を染め、目を血走らせ立ち上がる。まだ、血は流れ出ているが、そのようなことを気にせず肩から手を離し両手で刀を握り下げ、腰辺りで構えた。その際、雀の方をチラッと見る。


「こうなってしまえば、もう止められないねぇ」


 雀は心配そうに眉を顰めるが、今の夜狐の様子を目にし、肩を落とす。そして、白衣に隠れている自身の腰へと右手を伸ばす。

 ゆっくりと白衣から右手を出す。その手に握られていたのは、黒く光っている拳銃だ。

 その拳銃を、白衣から抜き出した流れのまま、右手を前へと突き出し銃口を魔妖へと向けた。


「終わりだ」「終わりにしてあげよう」


 二人の声が重なり、赤黒い屋上へと響く。それを合図に、魔妖と夜狐が地面を蹴り、風の如く走り出す。


 両手で振り上げた刀と大きな左の爪がぶつかり、金属音を鳴らす。

 空いている方の右手で再度、魔妖は彼を斬りつけようと一度肘を引き、突き出した。

 その手は刀を少しずらし、柄で受け止め防ぐ。それと同時にしたり顔を浮かべ、右足を思いっきり蹴りあげた。

 それを魔妖は、ふわりと軽やかに空中へと避ける。次の瞬間、耳をつんざくような破裂音が鳴り響き、魔妖の左胸に風穴を空けた。


「実体はあるらしいねぇ。よかったよかった」


 雀が握っている拳銃の銃口からは、白い煙がゆらゆらと空へと立ち上り、火薬の匂いが漂っている。


 それでも倒れることはせず地面に着地した魔妖だったが、一瞬の猶予も与えないよう、夜狐が走りながら地面に落ちている鞘を拾い上げ、横一線に薙ぎ払う。だが、当たる直前で魔妖がモヤに戻ってしまい、実態を斬ることが出来なかった。


 笑い声が赤黒い空間に響き、次はすぐに夜狐の後ろへと実態を作り、トドメというように鋭い爪を振りかざした。


「何度も同じ手に乗るかよ」


 口にするのと同時に走っていた勢いを殺さず、体を反転させるのと同時に右手に握られていた刀を魔妖の首元目掛けて振りかざした。


「終わりだ」


 瞬時にモヤになろうとしたが、それより先に夜狐の刃が首へとくい込み、そのままの勢いで斬られ、魔妖の首が空中を舞った。


「これにて、魔妖討伐、完了だ」

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