「どんな事があってもな」

 それから月日が経ち、綾華の周りには平穏が訪れた。


 今までの行いを結香は土下座する勢いで謝り、親同士も、ぎこちないなりに謝罪をし、今は普通の交流をしている。

 一緒にご飯を食べたり、家の前で話したりと。普通のご近所付き合いだ。

 テストがあると、また昔みたいに見せあって競っているが、どちらかが負けたところで、相手を陥れようとはせず、お互いの答えを見合わせ、分からないところなどを教えあっていた。


 綾華と結香は、あれから笑顔で触れ合えるようになり、楽しい日々を送っていた。


 夜狐や美咲輝の存在など、忘れたように。雀の本来の姿など、覚えていないかのように、平和な日々を──過ごしていた。


 ※※


 屋上に1人、銀髪を風になびかせ、そこから見える光景を眺めている青年がいた。

 その青年の頭には白いガーゼ。口元は黒いマスクで隠されている。


「傷の具合はどうだい?」

「問題ねぇわ。美咲輝の方がまずいだろ」

「僕の心配をして頂き、ありがとうございます」


 屋上のドアを開いたのは、いつも通り気だるげで、マイペースな口調の雀と、頭と片目に包帯が巻かれ、右腕を固定している美咲輝だった。

 今日は髪を整えることが出来なかったようで、いつものオールバックではなく、普通に垂らしていた。


「心配してねぇわ」

「そうですか……。それより、記憶はしっかりとらしいですね」

「まぁな。また来られてもめんどくせぇし、もう俺達の存在なんぞ、あいつらには必要ねぇよ」

「確かにそうですね」


 空は青く輝いており、傷だらけの3人を照らしている。

 風が心地よく吹き、肌を優しく撫でる。

 夜狐の隣に立てかけられている竹刀袋も、ゆらゆらと気持ちよさそうに揺れていた。


「それでは、僕は自分の担当している場所へと戻ります。また何かあれば声をかけてください。行けそうでしたら行きます」

「言われんでも連絡するわ」

「そうですよね」


 そんな会話を最後に、美咲輝は屋上を後にした。残された夜狐と雀は、会話をせず静かな空気が流れる。


 雀が彼の隣に移動し、煙草に火をつけ吹かす。


「お疲れ様」

「…………まだ、俺達の仕事は終わってねぇよ。魔妖が人の心に住み着く限り、斬り続けなければならねぇ。どんな事があってもな」


 その声には、どのような感情が込められているのかわからず、雀は「そうだねぇ」と、返すのみだった。


 ※※


 綾華は、見覚えのない黒いパーカーを自身の部屋で見つめていた。


「このパーカー……。なんか、気になる。なんで、私は持っているんだろう」


 ハンガーにかけられているパーカーに手を伸ばし、自身へと引き寄せる。

 ほんのり甘い香りがし、思わず抱きしめた。


「……──なんなんだろうな、この感情。なんだか、ふわふわする。このパーカーは……」


 頬を少し赤く染め、綾華はそのパーカーを抱きしめながらベッドへと倒れ込み、そのまま──眠りについた。






「この思いに名前をつけるなら──……」








 東雲夜狐の魔妖怪奇譚



 《完》

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東雲夜狐の魔妖怪奇譚 桜桃 @sakurannbo

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