新たなビジネス


 現状、うちの祈祷院きとういんには、問題が2つある。


 1つは、予約が多すぎて、今のレンタルオフィスでは、来客をさばききれず、いつか、行き詰まるということ。


 これは、もっと広いオフィスを借りることで解決できるが、今より広い場所となると、それこそ、ビルのワンフロアが必要だ。場所にもよるが、最低でも月に数百万の家賃が必要だと思う。さすがに、これは、すぐに決断できるものではない。


 もう1つの問題は、初回の人に詳しく説明するため、現在、午後からは初回祈祷の専用時間となっている事だ。


 この初回説明は、あとから詐欺さぎだと言われないように、


「祈祷には何の効果もありません」


 と、最初にきちんと説明するため、どうしても必要な事だ。


 祈祷院ウチは、この段取りをきちんと行っているため、祈祷後にクレームが来た事は、今まで一度もない。(という、祈祷料完全後払い制のシステムの影響も、もちろんあるだろうが・・・)


 ただ、初回説明は、間違いなく、作業効率が悪い。


 説明は、俺でなくてもよいのではないかと、礼子からの提案があったので、今後、この問題は、多少は改善できるかもしれない。


 しかしながら、という経営スタイルは、そろそろ、限界なのではないかと、俺も考え始めた。


***


 俺は、礼子からのヒント(NPO法人)を元に、2週間、いろいろ検討し、新たなビジネススタイルを考え出した。


 それは、ビジネスだ。


 区民会館や公営ホールなどの収容人数の大きな場所を借りて、医学博士などを講師に招いて、健康に関する講演会をで開く。


 式次第しきしだいは、最初に医学博士の講演を行う。


 それが終わった後、最後に主催者の俺が


「それでは、皆様の今後の健康をお祈りします(はぁー)」


 と、やるわけだ。


 これは、祈祷ではなく、社交辞令のお祈りという所がミソだ。だから、祈祷院のような初回説明は要らない。自分でも、なかなかよいアイデアだと思った。


 ただ、俺のようなあやしげな個人祈祷師に、公共施設を貸してくれるだろうか?


 民間有料施設であっても、信用問題で、個人には貸してくれないだろう。


 そこで、NPO法人だ。


 祈祷客のおば様達にお願いして、


 NPO法人「明日の女性の健康を考える会(仮名)」


 というようなNPO法人を設立してもらう。理事になってくれるおば様達には、俺が(出来る限り)優先して個人祈祷を行うと言えば、協力してくれる人もいるだろう。


 そして、俺の開く講演会に協賛として、名前を出してもらう。NPO法人の協賛となれば、多少ははくがつくだろう。公共施設も借りやすくなるかもしれない。


 ついでに、俺の方もイベント法人(株式会社)を設立する。営利団体が公共施設を借りると、利用料金が高くなるらしいが、それは織り込み済みだ。


***


 株式会社は、司法書士さんに頼めば(資本金があれば)、すぐに設立できる。しかし、NPO法人の設立には数カ月かかる。最初にやるべきは、NPO法人の設立準備だ。


 俺は、礼子にお願いしてNPO法人設立に向けて、協力してくれそうな、おば様に声をかけてもらう事にした。俺が直接、動かず、わざわざ礼子に頼んだのは、NPO法人と、俺の株式会社とは、関係ないという形にしたいからだ。だから、俺も礼子もNPO法人の理事になるつもりはない。


 さて、フリージャーナリストをしていた礼子が言うには、服装などから、セレブの有閑ゆうかんマダムっぽい人は、なんとなくわかるらしい。


「はぁ先生のお力を多くの人々に知ってもらうには、NPO法人が必要なんです。はぁ様の御威光ごいこうを世に広めなくてはなりません」


 そう言って、礼子は、よくわからない説明を、有閑セレブにしたらしい。彼女は、どこを目指しているのだろうか?


 それでも、現状では、祈祷できる人に限りがある事。今後は、講演会スタイルで祈祷を続けること。NPO法人の理事になってくれる人には、俺による個人祈祷の特典があることなどを説明したら、最終的に候補者が8人になった。NPO法人は、理事が3人いれば設立できるので、ちょっと多い気がしたが、全員、理事になってもらう事になった。


 礼子の人を見る目は確かだったようで、国会議員や有職者に縁故のある有閑セレブおば様が何人かいたそうだ。


***


 NPO法人は、数ヵ月後に設立となった。早速、俺は、このNPO法人にガツンとで寄付した。税控除は気にしないので、PST(パブリックサポートテスト)要件など、俺には関係ない。


 実のところ、マダム理事達が、これからどんな活動をするのか、俺はよくわかっていない。俺の講演会ビジネスに協力さえしてくれれば、それでよいのだ。


 俺は、この時点で祈祷院の予約受け付けを停止した。問い合わせには、後日、ホームページで詳細を発表するとした。


 予約を完全停止したので、もし講演会ビジネスが失敗したら、数か月先には俺の収入がなくなる。しかし、新しいビジネスのために、リスクは甘んじて受ける事にした。


 次に俺は、自分の会社、


○○イベント企画株式会社


 を、司法書士さんにお願いして、資本金300万円で設立した。


 その後、各地の公共施設を中心に、講演会が出来る場所を探して、次々と予約していった。やってみてわかったのだが、場所によっては半年先まで予約が埋まっていたりと、結構、予約を取るのも大変だとわかった。


 ある、おば様の伝手つてで、比例選出の国会議員(厚生族)を紹介してもらった。公共施設を借りるために書いてもらった紹介状は非常に役に立った。(すべてではないが)


 その代わり、先生の政治資金団体に、かなりの寄付をした。これは必要経費として割り切るしかなかった。


 講演会の講師は、礼子がかつて取材した事のある、医学部の教授を頼った。その先生に、何人か別の人も紹介してもらったのは助かった。


「私(教授)はいいから、ウチの助教授や講師に仕事を斡旋あっせんしてほしい」と言われるところもあった。


***


 祈祷院の予約が切れた後、市民会館で第1回目の講演会が開かれる事になった。実はここまで来るのに、いろいろ大変だった。


「健康上の理由で祈祷院は休業する。今後は健康講演会に来てほしい」


 今までの祈祷客には、そう説明したのだが、


「今後、ご祈祷はどうなるのですか?」


「健康講演会で祈祷するのですか?」


 などなど、問い合わせが殺到した。健康講演会で祈祷しますとは、口がけても言えないので、


「来られたら分かるんじゃないでしょうか(ニヤッ)」


 という事ですべて対応した。それしか言えん。


 第1回目の健康講演会で借りた会議室は、定員200人。当日は、200人のところ、220人くらいが来場したため、急遽、立見は無料としたが、年齢的におば様にはキツかったと思う。


 参加費は1万円(当日受付のみ)。これはお釣りがいらないようにするためだ。


 会場スタッフは、俺と礼子の2人だけだったため、さすがに2人ではつらいと判明した。次回からアルバイトか派遣を使おう。


 結果として、売上200万から、経費の会場費と講師代(お車代含む)などを引いても100万円以上の利益が出た。


***


 健康講演会の成功を確信した俺は、次々と会場を大きくしてゆき、5年後には、数万人規模の野球場で健康講演会を開くけるまで、ビジネスを大きくしてゆく事になる。


第一部完











***


「それでは、皆様の今後の健康をお祈りします」


め・・・ぁめー)


「はぁぁぁぁぁぁーーーーーー」



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現代でチート能力を得たが、俺は聖人君子になりたくない(治療能力) ハヤシチーズ @hayashicheese

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