独立

 祈祷院きとういんの予約は半年先まで埋まっている状態だ。退職する事が決まったので、今後、日曜日の新規予約はストップして、2ヶ月後から月~金のみの受け付けに変更した。予約を受けてしまった日曜日は、仕方ないので祈祷せざるを得ない。


 平日のみとなっても、営業時間は変わらないが、午後4時~6時の2時間は、予約を受けない事にした。ホームページもこの時間は予約不可とし、常に「×」となっている。既にキャンセル待ちが出ている状態なので、時間に余裕を持つことにした。


 予約満杯という状態だが、会社を退職するまでは、精々、土曜日に追加予約を受けるくらいしか出来ない。


 祈祷院のホームページには、最初から電話番号をせていない。商売する上でありえない事なのだが、会社員としての仕事中に電話がバンバンかかってきても対応できないから載せていなかった。完全予約制で、予約受付もホームページからしか出来ないようにしたのも、そのためだ。


 開業当初、なかなか客がつかなかった一因いちいんに、電話番号を載せていなかったから、という理由(怪しい)があるかもしれないが、今となっては載せなくて正解だった。ただ、メールはたくさん来ていたので、2ヶ月後から改善しますので、というテンプレメールで対応した。


 ホームページでも予約いっぱいのお詫びも出した。


「はぁー先生、私は「はぁー(祈祷)」をやってもらうだけでいいから、5分で済むでしょ。残りの時間でこの人にご祈祷してあげて」 


 予約が一杯なので、おば様の中には、自分の時間を削って、わざわざ、新規の客を連れてきてくれる人がいる。


「ホームページを拝見しました。予約を取れない方がいらっしゃるようですので、私と友人のAさんは、一緒に祈祷してもらいますので、予約時間を1つキャンセルしました。今後ともよろしくお願いいたします」


 わざわさ、メールで予約枠を1つ開けたと、連絡してくれるおば様もいた。こういう方達には、来院時に、整形外科的な部分(足腰)以外の無病息災(1年限定)をお祈りしておいた。


 手作り弁当を持参して、昼食時に5分でいいから祈祷してくれという方もいた。コンビニに弁当を買いに行く手間がはぶけたので、これも助かった。


 実は、俺は「おば様」というものを畏怖いふしていた。敵に回すと怖い気がしていたからだ。親戚にも怖いおばちゃんがいたしな。


 しかし、味方につけると、これほど心強いものはないと知った。俺の祈祷院なのに、おば様達に、いろいろ仕切られているが、それはそれでありがたい事である。


 おば様達の心遣いで、俺の祈祷院は、予約満杯の2か月をなんとか乗り切った。差し入れに、御手製の漬物や佃煮をいただくのが、1人暮らしの俺には、ちょっとした困り事だったのだが、それ以外、大きな問題はなかった。


***


 2ヶ月後、俺は勤め先を事実上、円満退社した。部長の心遣いか、宗教がらみが怖かったせいなのか、わからないが、残っていた有給を消化した段階で、退職するという形にしてくれた。ありがたい。


 会社には、もう、行かなくていいが、一応、会社にせきがあるので、この期間に、次の転職先で働いたりすると、健康保険などの関係でバレる。しかし、俺は自営業なので、気にせず、祈祷院をやっている。コームインでもない限り、民間企業はそこまでうるさくない。


 営業日が、日曜オンリーから、月~金になったので、予約に余裕が出ると思ったが、それは俺の幻想だった。午後4時~6時の予約4枠を減らした事も影響していると思うが、前日までには、翌日の予約は、すべて埋まった。


 このままでは、また、数カ月先まで、予約待ちという状況になり兼ねない。嬉しい悲鳴とは、こういう事を言うのかと初めて知った。


 しかし、これは、何とかしなくてはならない。


 その時、俺の頭に総合病院の事がひらめいた。大学病院などでは、毎週○曜日に、○○病の専門外来を開いている事がある。専門医が数人、診察を受け持ち、その病気の人を専門に診察するのだ。


 俺も、これを真似まねして、月曜日は、足の痛み専門の祈祷日、火曜日は、腰痛専門というように、同じ理由で祈祷してほしい人を集めて、集団で祈祷すればいいのではないかと思った。


 早速、おば様達に相談してみた。


「出来ればワンツーマンの方がいいけど、予約が取れなくなるくらいなら、仕方ないわね」


 大方のおば様は、好意的だった。


「病院でも初診より再診の方が安くなるから、その分、祈祷料は安くしていいの?」


 そういう、おば様もいた。


 まぁ、いろいろ意見はあったが、取り敢えず、やってみようと思った。


 レンタルオフィスビルの最上階には、貸し会議室もある。俺は、運営会社に定期的に貸し会議室を借りれるか聞いてみた。


「貸し会議室は、企業の研修などで1日、借りるか、会議で使うときは、午後9時から12時、午後1時から4時くらいの利用が多いんですよ。空いているならいいですが、毎日、1時間と言われますと、ちょっとねぇ」


 ていよく、断られた。


「広いスペースが必要でしたら、もう少し広めのオフィスに移転されてはいかがですか。今なら、空いてますよ」


 月額58万円(税別)だそうだ。すぐに返事できないので、この話は、一旦、保留とした。平日営業に移ったばかりで、実績(祈祷料)がまだ未知数だからだ。客が増えても、祈祷料が増えるとは限らない。


 俺が祈祷料の支払いに使っている、振替払込用紙には、通信欄という部分があり、ここには何を書いてもよい。通販で使う時に商品名を書くのに、よく使われる。ここに、俺はスタンプで祈祷日の日付を入れることにした。こうする事で、日別の売上を把握はあくできる。支払われるまでにタイムラグがあるが、2週間待てば、ある程度、集計が出来る。


 祈祷料の個別の支払金額は、千円、2千円、3千円、5千円、一万円というのが主流だ。この金額が、実に日本人らしいと思う。一番多いのは、一万円。千円未満の人は、今のところいない。中には、ラッキー数字の7777円や、末広がりの8888円の人もいる。


 表計算ソフトで日別の集計をしているが、売上は1日平均、約6万円だった。


 俺が危惧しているのは、金額について俺から何も言わないので、今、祈祷料を1万円払ってくれている人が、そのうち、支払額を下げてくる事だ。最初は、足腰が治って、有り難がってくれているが、人間とは、次第にれが出てくる。治してくれるのが当たり前になると、金額もそれに比例するだろう。なかなか難しいものである。


 そうこうしている内に、1か月が経ち、俺の正式な退職日となった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る