拡張

※1 意匠いしょう登録 意匠制度に基づいて、デザインなどを特許庁に登録できる。登録したものは、他者が真似できなくなる。基本的には工業製品のデザインなので、主人公のポーズは無理だと思われる。


***


 有給を消化したので、会社を正式に退職した。会社を辞めると、手続きなどで、いろい面倒な事がある。


1.収入がなくなる

2.健康保険、年金の手続き

3.確定拠出年金の処理

4.税金の給与天引きがなくなる


 まず、当たり前だが収入がなくなる。俺の場合は祈祷院きとういんがあるが、次の転職先が決まっていない人は、離職票というモノを会社から貰って、職業安定所に出す。自己都合による退社でも、2か月てば、失業保険が貰えるからだ。


 ただ、転職するなら、在職中に転職活動をして、就職が決まってから退職するのをお勧めする。上司と喧嘩けんかして、辞めてやる! と短絡的に行動するのは早計である。


 また、辞めるのにめそうなら、弁護士などの第三者を入れるのも1つの方法だ。最近は、退職交渉をしてくれるサービスがあるとネット広告で見た事がある。


 それと、数ヶ月間、収入がない事も考えて、ある程度の蓄えは必要であろう。


 次に、退職すると、会社の健康保険、厚生年金から、国民年健康保険、国民年金への切り替えが必要になる。元の会社から書類を貰わないといけないので面倒だ。会社で確定拠出年金に入っていると、これも手続きが面倒。


 最後に、一番、注意しなければならないのは税金だ。地方税は、昨年の1~12月の収入分に対しての税金を、翌年の6月頃から支払う事になる。会社に勤めていると給与天引てんびきされているから気にもしないが、退職すると自分で支払わなくてはならない。このタイムラグで、そこそこ高額な住民税を払えと通知が来る事があるので注意が必要だ。


***


 祈祷院きとういんの予約は、日々、増え続けて、パンクに近い状況になってきた。さすがに、このままではまずいので、月額58万円の広い事務所に移転することにした。


 それに伴い、予約システムも変更した。午前中は、再祈祷(再診)専門の集団祈祷。午後からは、初めて祈祷する人(初診)の専門にした。初めての方は、祈祷とは何ぞや、と説明をしたいし、どんな症状なのかも、きちんと確認しなければならない。そのため、個別対応だ。


 9時~10時 足の祈祷 20人

10時~11時 腰の祈祷 20人

11時~12時 手・肩他 20人

13時~18時 初祈祷の人

(30分単位)

※ 足、腰、手は、曜日によって時間帯をローテーションする。


 この方法で、1日最大70人を祈祷できる。ただし、既に予約が入っているので、変更するのは2ヶ月後からとなる。事務所(祈祷院)移転もそれに合わせた。といっても、同じビルの中だ。8畳くらいの診察スペースを作るため、内装工事費がかかるのは痛いが、今後、来院者をさばき切れなくなるならば、仕方がない。


 内装のついでに、診察室、もとい、祈祷室用にソファーベッドを買った。初祈祷で来られるおば様の中には、かなり足が悪くて、面談時に座る丸椅子やパイプ椅子だとつらそうな方がおられる。その対応だ。


 まだ、室内に防犯カメラも設置してもらった。防犯より、トラブル防止の意味が大きい。医院の診察室は、服を脱いで触診する事もあるので、そんなところに防犯カメラをつければ大問題だ。


 しかし、祈祷院では誰も服を脱がないので、問題ないだろう。一応、隠しカメラ風になっているので、来院者は気がつかないようにはしてある。ある意味、盗撮といえば盗撮だ。


 祈祷ポーズは、門外不出もんがいふしゅつなので、俺が祈祷する場所は映らないようにカメラの角度を調整してある。祈祷する時も、背中から祈祷すると効きやすいと出鱈目でたらめを言って、最後は後ろを向いてもらうから、俺のポーズを来院者は誰も見ていないはずだ。将来的に、祈祷ポーズの意匠登録(※1)も検討しようと思っている。


***


 おば様達の自主的な協力に助けられ、小さな祈祷院での2ヶ月間を乗り切った。そして、学校教室の2/3くらいの広さの事務所に移転した。


 再祈祷の来院者には、最初、かなり不評であったが、このままでは、予約待ちが半年を超える事を説明して理解してもらった。また、祈祷は5分で終わるが、集団祈祷は1時間、時間を確保してあるので、足腰以外で具合の悪い所がある方は、個別に祈祷した。(サービス)


 おば様達は、俺のカモ・・・もとい、大切なリピーターだ。祈祷院に来られないくらい体が悪くなっては困る。


「はぁー先生の所に行くと、頭痛がなくなった」


「はぁーしてもらったら、体の調子が良くなった」


※ 個人の感想です


 俺としては、リピーターから、死ぬまで金をむしり取ってやるつもりの祈祷だったが、なんか知らんが、ますます評判となり、祈祷客が右肩上がりで増えていった。


「今日から5週間、足が完治状態となり、その後、1週間かけて元の状態に戻りますように」


 俺は、来院者の調整(頻度を減らす)のため、最近では、1か月に1回、祈祷すればいいように、お祈りをしている。俺からは言わないが、都合で来院できなかった人が、3週間っても、足腰が悪くならない事がくちコミで伝わり、次第に予約は4週間に1回へとシフトしつつある。


 1日の売上も、20万円を下る事はない。順風満帆じゅんぷうまんぱんだった。


***


 順調な時には、招かざる客が来るものである。


 ある日、初祈祷の予約に、若い女性が来た。いつもは、おば様が多いので非常に珍しい。


 女性は短めのタイトスカートで、眼鏡をかけた、いかにもデキる女のように見えた。辞めた会社の社長秘書も、こんな感じだったな。彼女は社長の愛人だったけど。


 この若い女性に、初来院の人、全員にしている、祈祷についての説明をした。


「・・・という訳で、祈祷には、医学的効果は全くありません。ただ、病は気からとか、プラシーボ効果のように、気の持ち方ひとつで、変わる事があるかもしれません。それが祈祷です」


 若い女性は、おもむろに、長い脚を組んだ。見えそうで見えないが、つい、目が行ってしまう。なんだよ、誘っているのか?


「そうしますと、あなたは、効果がないと分かっていながらも、祈祷をし、お金を巻き上げているという事でしょうか。それは、詐欺さぎではありませんか?」


 こいつ、喧嘩けんか売ってんのか?


「申し遅れました。私、こういう者です」


 彼女は、俺に名刺を差し出した。


 そこには、フリージャーナリストと書いてあった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る