反作用


 祈祷院きとういんを開く日曜日に、俺がフルに祈祷できるのは16人。


午前9時~正午    6人

午後1時~午後6時 10人


 たまに予約キャンセルもあるが、最近はキャンセル待ちの人も来るくらいだ。後払いの祈祷料は、全員が1万円という訳ではないが、1日に大凡おおよそ10万円程度だ。お礼の意味なのか10万円くれた人もいるし、中には払ってない人もいるだろう。面倒なので、祈祷料をきちんと払ったかのチェックはしていない。


 予約が半年先まで埋まっている事を考えると、そろそろ会社を辞めて独立してもいいかと思う。日曜日だけの営業を平日の月~金にして、1日平均3万円の祈祷料があれば、週間15万円。月間60万円だ。年間720万円なら家賃を払っても、客が増えているこの流れなら、いけそうな気がする。


 俺は電卓をたたきながら、今後の見通しなどを検討した。そして、いろいろ悩んだが、独立する事を決断した。


 早速、俺は部長に退職を申し出た。


 俺は係長なので、本来であれば、課長に話をするべきなのだが、この課長は使えない奴だ。社長の親戚筋しんせきすじ縁故えんこ入社してきた当初は、部長職だったが、あまりにも仕事ができないので、課長に降格。うちの部署は小さいので、決済は部長がしている。完全に名ばかりのお飾り課長だ。


「実は、実家から地元に帰って、本家の神社をげと言われました。一族の仕事ですから、私も受けざるをないのです。今後、神職の資格などを取らなくてはなりませんから、今のうちから、修業しなくてはなりません。それで、突然で申し訳ありませんが、こういう事情なので退職させていただきたます」


「いや、ご実家の事はわかるが、今、辞められては困るよ。知っているだろ。課長が使えないから、君がいなくなったら、部署が回らなくなる」


「そう言われましても、何分なにぶん、室町時代から続いている由緒正しい家業なものでして」


「それはわかるんだが・・・。くそぁ。あいつさえ、いなければな。上も人を回してくれるだろうに」


 そうか。あいつさえいなければ、円満退職させてもらえるのか。


「まぁ、兎に角とにかく、一度、時間を作るから話し合おう。私も上に掛け合ってみるから」


 勤務時間中だったので、退職の話はそこで保留となった。


 実家の神社をうんぬんは、勿論もちろん、嘘だ。室町時代からなどと、咄嗟とっさに出てくる辺りは、俺には詐欺師さぎしの才能があるかもしれない。


 俺は急に、のろいという事を考え始めた。日本古来からある祈祷にも、呪いをかけるモノがあった。裏祈祷とでも言えばいいのか、効果はともかく、呪いをかけたという嫌疑けんぎで、粛清しゅくせいされたり、抹殺されたという話は、歴史上、枚挙まいきょにいとまがない。


 祈祷という言葉には、神仏に願いを伝えるという意味もあるが、という意味もある。


 人の願いには、プラス面もあれば、当然、マイナス面もある。すべての人が聖人君子ではない。


「あいつさえいなければ」


「あの人が病気になれば」


「正妻に後継ぎが生まれなければ」


「没落しろ」


 そんな願いも当然あっただろう。人の願いなんて、昔も今も変わらないのではないだろうか。


「係長、辞められるんですか」


 柄にもなく、人の心の闇について考えていると、部下に小声で話しかけられた。


「ああ、急に実家の神社を継ぐことになってな」


「そんなぁ。係長がいなくなると、仕事が回りませんよ。今でさえ、回ってないのに」


「上が何か考えてくれるそうだ」


 辞めると決めた以上、会社がどうなろうと知ったことではない。ただ、残る部下達の事は、少し気がかりだった。


 俺は、以前、読んだネット小説の事を思い出した。聖魔法の逆転作用で、相手を傷つけたり、病気にできるという話だった。そういう設定の小説を幾つか読んだことがある。


 そういえば、あの課長は、腰が悪いと言っていたな、よし。


「一生、歩けなくなるくらい、腰痛が悪化しますように」


 俺は、課長に対して、そう願った。神仏に人の不幸を願うのは間違いだが、自分で祈る分には、かまわないだろう。



***


 翌日から、課長は出社しなくなった。部長には、ぎっくり腰だとの報告があったそうだ。


 俺は、行ってないが、1週間後に親戚の社長と部長が見舞いに行った時、とても仕事ができる状態では、ないと判断されたようだ。


 俺の能力は、人の怪我や病気を悪化させる事が出来る可能性が出てきた。しかし、これは、検証のしようがないし、えてしたいとも思わない。人を呪わば穴二つだ。


 それに人を悪化させるメリットが俺にはない。今回の課長は特別だ。1回、数千万円の依頼料で人を撃つ、裏の狙撃手のように、金を貰えるなら受けるかもしれない。


 課長が出社しなくなったことで、すぐに人事異動があり、新たな課長が配属された。俺の退職も家業という事と、宗教関係であるのを嫌がった部長の進言で、無事に受理された。


 俺の退職日は2か月後となり、その間に、後任となる部下に、引き継ぎや仕事を仕込む事になった。


「係長が辞めるなら、私も辞めます。一生、係長に付いていきます」


 これが小説なら、若い女性の部下が、こう言いだす展開もあっただろうが、俺には人望も、モテ要素もなかった。


 元課長が、その後どうなかったのか、俺は知らない。



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