女性記者

 名刺めいしには、フリージャーナリスト、北野礼子と書いてある。礼子なのに突撃取材とは、礼に、かなってないな。


「ほう。フリーの記者さんですか」


「フリージャーナリストです」


 どうやら彼女は職業名に、こだわりがあるらしい。俺の経験上、横文字にこだわる奴にろくな奴はいない。


祈祷きとう詐欺さぎというのが、あなたの言い分らしいですが、そうすると、全国の寺院や神社のやっているご祈祷も、すべて詐欺という事になりませんか?」


 俺は、少しムカつきながら聞いてみた。


「あれは、人々の願いを神や仏に伝えるための宗教的儀式です。あなたの場合は、営利目的の祈祷ですよね」


「神社や寺院もタダでは祈祷してくれませんよね。祈祷料を取っていますが?」


「あれは、御布施おふせです。祈祷料を払っているのではなく、神仏や祈祷してくれた人に対する浄財じょうざいです」


「記者さん、そういう所に祈祷に行くと、住所と名前を書かされるんです。名目上は、どこの誰の願いか、神仏に分かるように、ご祈祷中に読みあげるためなんですが、神社や寺院は、その住所をデータベース化して、年末などに手紙を送っているんです。場合によっては、生年月日も書かせて、厄年に案内が来るとかね。この個人情報のうるさい時代に、やっている事はダイレクトメールですよ。俺に言わせると、宗教法人のための営利目的にしか見えませんけどね」


「それは、ダイレクトメールではなく、信者や氏子うじこの方に、親切にお知らせしているだけです。しくは、信者獲得のための布教活動の一環です」


 ああ言えば、こう言う、典型的なパターンだな。


「そうすると、あなたの考えでは、宗教団体が祈祷するのはいいが、個人が営利目的で祈祷するのは、すべて詐欺という事なんでしょうか?」


語弊ごへいがありそうですが、おおむね、そうです」


「私のように個人で祈祷師業を営んでいる方は、他にもいらっしゃいます。何ら、法に触れるような事はしておりません。それと、詐欺とおっしゃいましたが、詐欺を立証するには、どのような条件があるか、あなたはご存知なのですか?」


「・・・」


「私から被害を受けたという人がいるのですか?」


「それは、これから・・・、いえ、取材についての守秘義務がありますので、お答え出来かねます」


 ふむ。正式な手続き(取材申し込み)をせずに、俺の元に来た所をみると、最初から結論ありきの取材だろうな。宗教関係でもない、個人経営の怪しい(エセ)祈祷師というのは、さぞかし、たたきやすいだろう。


『スクープ!! 高齢者を言葉たくみに誘い、高額の祈祷料を取る個人祈祷師。その詐欺的手法の実態にせまる。女性をだまして「はぁ先生」と呼ばしている男の素顔とは』


 ネタ枯れの時期に週刊誌へ記事を持ち込むのだと思う。でっち上げ記事を書いてもいいようなモノだが、わざわざ、名乗ってまで俺の所に来たのは、後々、出版社に迷惑がかからないよう、ちゃんと取材しましたという事実を残すためだろう。


 いや、わざと俺を怒らせて、発言を誘い、言葉を切り取って、偏向へんこう報道するつもりかもしれない。きっと、彼女は、ボイスレコーダーも仕込んでいるだろう。


 まともに取り合うのもバカらしくなってきた。


「そうですか。先程、個人による営利目的の祈祷とおっしゃいましたが、ご存じないかもしれませんが、実は私、なんです」


「は?」


荒人神あらびとがみって、ご存じですか? 神が地上に常時、姿を現すモノです。まさに、私が荒人神なんです。私こそ、神です。そう、私が神です。神をあがめなさい」


 なに? この人、もしかしてヤバい人?


 彼女の顔には、ありありとそんな感情が出ていた。


「神である、我自身が下々のために祈り、祈祷して何が悪いのじゃ」


「あ。お仕事中にお邪魔して申し訳ありませんでした。そろそろ、おいとまします」


「まだまだ、聞きたい事があるのであろう? 遠慮なく聞くがよい。この世の真理について、特別に語ってやってもよいぞ」


「し、失礼しました」


「我を呼び寄せたければ、午後6時以降に来るがよい」


 彼女は、あわてて帰って行った。


 下手に雑誌の記事にでもなれば、風評ふうひょう被害で客足が減るかもしれない。名誉棄損きそんや損害賠償ばいしょうで出版社を訴えても、時間がかかるし、微々たる金しか取れないのは俺も知っている。祈祷院の収益が順調に伸びているところだ。ケチはつけたくない。


 2度と、俺の記事を書こうとは思わないように、俺は彼女に警告する事にした。


「左目が失明しますように(期限なし)」


 相手が男なら、両目を失明させてやっただろう。


***


 翌日の午後6時過ぎに、左目に眼帯をつけた、北野礼子が祈祷院に怒鳴りこんできた。


「あなた、私に何かしたでしょ? 左目が急に見えなくなったのよ」


「さぁ。私は知りませんが」


「嘘おっしゃい。あなたが、私に呪いをかけたのでしょう?」


「何を言っておられるのですか。ご承知のように、祈祷には医学的な効果はないんですよ。あなた自身の心に、やましい事があるから、それが体に現れたのではないでしょうか?」


「あなた、神だって言ったじゃない? 神の力で何かしたんでしょ」


「さぁ。覚えがありませんな。時々、記憶がなくなったり、トランス状態になる事がよくあるのですが、もしかしたら、その時のことでしょうか」


 すべて嘘である。


「とにかく、私の目を治しなさい」


「祈祷には、医学的効果はありません。眼科に行かれる事をお勧めします」


「もう、いいわよ。傷害で訴えてやるから」


「どうぞ、ご自由に。ああ、北野さん。一言ひとこと、言っておきます。心に闇があると、症状が悪化するそうですよ。今見えている、


 彼女は、何も言わず帰って行った。おどしとしては、十分だろう。


***


 約3ヶ月後に、彼女が再び、俺の元へ訪れた。


 彼女は憔悴しょうすいしきっており、以前のような強気なところはなかった。


 詳しく話を聞くと、左目の失明について、病院に行ったが、原因不明で治療法がないと言われたそうだ。大学病院など、何件も受診したが、どこも結果は同じだった。


 彼女は、呪いを解くために、神社や寺院で祈祷を受けたそうだ。しかし、原因は俺なのだから、治るわけがない。


 祈祷を詐欺と言っていた彼女が、祈祷に頼るとは、笑えない冗談だ。


「もしかしたら、右目も失明するかもしれない」という恐怖から、次第に彼女は精神的に病んで行き、現在はメンタルクリニックに通っているそうだ。そこまでになるとは、俺も予期していなかったので、ちょっと申し訳ない気持ちもある。


 一通ひととおり、話し終えると、彼女は俺の前に土下座した。


「神様。数々のご無礼、お許し下さい。どうかお怒りをお静めください」


 どうやら、俺は神になったようだ。


「私に出来る事なら、何でも致します。どうか、どうか、私の目を元に戻してください」


 女性に何でもしますと言われるのは、男の本懐ではあるが、弱っている女に言われても心に響かない。むしろ、可哀そうに思えてきた。


「お願いします。左目を治してください。私が悪うございました。どうかお許しください。お願いします。お願いします」


 この後、彼女は、謝罪と左目を治すことを懇願こんがんするばかりであった。


「よかろう」


 俺は、彼女を立たせて、後ろを向かせた。


「目が見えるようになりたいか?」


「はい。なりたいです」


「今までのやましいおこないを反省いたすか」


「はい。反省します」


「目が見えるように強くイメージせよ」


「はい」


「やればできる。お前ならできるはずだ。絶対出来る」


「はい、頑張って念じます」


「ちなみに独身ですか?」


「え? 一応、バツイチです」


 これは大事なことなので、確認しておかなくてはならない。旦那がいる女には用はない。


「強く念じるんだ。自分を信じるんだ」


「はい。念じます」


「(ぁめ、めー)はぁぁぁー」


 その瞬間、なぜか彼女は、ひざまずいてしまった。あれ? そんな効果はなかったと思うが。


「これで祈祷はお終いです。効果が出るとしたら半日後でしょう。出来れば、薄暗い場所で待機してください。明るい場所で急に目が見えるようになると、目によくありません。なお、今回は、特別な祈祷でしたので、対価は目が治れば、別に頂戴します」


 マッチポンプとはいえ、対価は必要だ。


「はい。本当にありがとうございました。これから毎日、神様に祈りを捧げます。ありがとうございました。」


 彼女は、目が治っていもいないのに、土下座せんばかりの勢いでお礼を言ってきた。なんとかなだめて、その日は帰ってもらった。


***


 後日、目が治った彼女は、祈祷院のスタッフ(俺1人)が、おいしくいただきました。



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