初仕事
※「郵便局」は、日本郵政株式会社の登録商標です。
***
○○
予約はないが、直接来る人がいる可能性もあるので、レンタルオフィスで待機していた。営業時間は、午前9時から午後6時。昼休憩1時間だ。
とにかく、お金をかけたくなかったので、机などの備品はすべて、ホームセンターで買ってこようかと思っていた。しかし、祈祷院が失敗した時に、
祈祷院の室内は、小さな医院の診察室のような感じにした。と言っても、俺が座る机と椅子、依頼者が座る
レンタルオフィスは、無線LAN完備なので、営業時間中に、新たな予約が入ったとしても、すぐに確認できる。
しかし、初日は、誰も来なかった。レンタルオフィスという場所が、
次の日曜日も、予約はなく、誰も来なかった。何となくだが、
顧客ターゲットが年配の人であれば、ホームページでの客寄せと予約制度は失敗かもしれない。今からネット広告を入れたとしても、年配の人なら見ないだろう。年配の人に、一番効果がある宣伝方法は、地上波テレビだ。次に新聞広告だろう。しかし、テレビCMを出すお金なんてない。幾らかかるかもわからない。
取り
「お金を貰うのはありがたいけど、お前、
「うちの一族の家業だからな。利益じゃないよ。ある意味、ボランティアだな」
「そうか。大変なんだな。ちょっとしたメンテくらいなら、サービスでやるから、いつでも声をかけてくれ」
友人も、俺には同情的だった。儲かっていない以外は、すべて嘘だがな。
***
テレビCMや新聞広告以外、よい方法が思いつかなかった。何より、誰1人、客が来ないのだ。どんな人が祈祷を受けにくるのか想像もつかない。俺は、取り敢えず、2か月は我慢しようと思った。それでダメなら、巣鴨辺りに事務所を移して、手作りの宣伝ビラでも配るしかない。
開業3週目もダメだろうと思っていたら、金曜日に、初めて予約が入った。予約時間は日曜日の開店直後だ。俺は、日曜の朝、1時間早く行って、待つことにした。やはり、初めての客は嬉しい。
やって来たのは、60代くらいの女性だった。おばあさんと言うと怒られそうだから、おば様と心の中で呼ぶことにした。
「初めまして。祈祷師の
「実はね、足の
「なるほどなるほど。それは大変ですね。ちなみに、今まで、どこかでご祈祷を受けられた事はありますか」
俺は、わざわざ祈祷を受けに来た客の行動心理を知りたくて、その辺りを突っ込んで聞いてみた。
「痛みのひどい時は、本当に辛くてね。神仏に
詳しく話を聞くと、
俺は、すっかり忘れていたが、いわゆる、おば様は、話好きな方が多い。おば様の話で、すでに30分、時間が
俺は、自分の決めた手順に基づき、祈祷は医学的に何の効果もない事。ただし、病も気からという事もあるから、決して無駄ではないと力説した。かつて、営業部にもいた事があるので、セールストークは得意な方だ。
「そんな事は、百も承知だから、早く祈祷してちょうだい」
俺の営業トークは、おば様パワーで、
「祈祷料は、後日、郵便局でお支払いください。金額欄は空欄ですので、お気持ちをご記入ください。ただ、効果があれば、
俺は、おば様に、そう伝えた。
「それでは、祈祷を始めましょう。私の祈祷は、受ける人がその気にならないと効果がありません。あなたは、若い頃のように、歩きたいですか?」
「え?」と、おば様は言った。
「あなたは、若い頃のように、歩きたいですか? もしそうなら、その姿を頭の中でイメージしてください」
「・・・」
「あなたは、膝に痛みもなく、らくらく歩きたい。そうですね?」
「はい」
「元気に歩きたいんですね?」
「はい」
「さぁ、歩きたいと強く念じてください」
俺は、引退した熱血スポーツ選手のように、おば様を
「さぁ、最後の仕上げです。後ろを向いて、目をつぶってください。そして、歩きたいと強く念じるのです」
(はぁめ はぁめー)
俺は、心の中で
そして、両手を前に突き出して、大声で言った。
「はぁぁぁぁぁぁーーーーーー」
おば様は、ビクッとしていた。祈祷の言葉なんて、俺は知らないから、俺ができるのは、これくらいだ。
「これで祈祷は終了です。効果が出るとしたら、半日後でしょう。お疲れさまでした。気をつけてお帰りください」
おば様は、何か言いたそうにしていたが、俺に
***
俺は、たぶん、このおば様の膝を、完全に治すことができる。しかし、治してしまえば、おば様は2度と来ない。それでは、商売にならないのだ。俺としては、何度も来るリピーターになってもらいたい。
「出来るだけ早く治り、3週間は完治状態を持続。その後、1週間かけて、元に戻りますように」
俺は、おば様に対して、このように祈った。こういう事が出来るのか、やった事がないので分からないが、1ヶ月後におば様が、再度、訪ねてきたら、成功したということだろう。
1週間後、俺の郵便振替口座に、おば様から1万円の入金があった。一応、効果はあったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。