初仕事

※「郵便局」は、日本郵政株式会社の登録商標です。


***


 ○○祈祷院きとういんは、日曜だけのオープンとした。開院日の前日になったが、ホームページには、一切、予約が入っていなかった。そりゃ、当然だな。いきなり、たくさん、予約が入る方がどうかしている。


 予約はないが、直接来る人がいる可能性もあるので、レンタルオフィスで待機していた。営業時間は、午前9時から午後6時。昼休憩1時間だ。


 とにかく、お金をかけたくなかったので、机などの備品はすべて、ホームセンターで買ってこようかと思っていた。しかし、祈祷院が失敗した時に、大物おおもの家具を、泣きながら処分するのは嫌だったので、事務机などの大物はレンタルとした。客が待つ時に使う、折りたたみのパイプ椅子いすだけはネット通販で買った。これくらいなら、最後は社用車に積んで。会社に寄付すればいい。


 祈祷院の室内は、小さな医院の診察室のような感じにした。と言っても、俺が座る机と椅子、依頼者が座る椅子いすがあるだけだ。診察室のように、ベッドや脱衣籠もない。机の上に、持ち込んだ自前のノートパソコンを置いて、祈祷に関する本を何冊か並べておくだけで、意外とそれっぽく見えるものだ。


 レンタルオフィスは、無線LAN完備なので、営業時間中に、新たな予約が入ったとしても、すぐに確認できる。


 しかし、初日は、誰も来なかった。レンタルオフィスという場所が、あやしすぎたのだろうか。する事がないので、日がな一日いちにち、ネット小説を読んで終わった。


 次の日曜日も、予約はなく、誰も来なかった。何となくだが、祈祷きとうを受けようというのは、年寄りが多いのではないかと思った。ナウでヤングな(死語)若者が厄年以外に祈祷を受けるなんて聞いたことがない。


 顧客ターゲットが年配の人であれば、ホームページでの客寄せと予約制度は失敗かもしれない。今からネット広告を入れたとしても、年配の人なら見ないだろう。年配の人に、一番効果がある宣伝方法は、地上波テレビだ。次に新聞広告だろう。しかし、テレビCMを出すお金なんてない。幾らかかるかもわからない。


 取りえず、スマホ対策として専用ページを友人に作って貰うだけにした。パソコンは持っていないが、スマホなら、多少は使いこなせる年配の方もいるだろう。老眼対策として、文字は出来るだけ大きくしてもらった。友人には、領収証はいらないと言って、それなりのお金を払った。


「お金を貰うのはありがたいけど、お前、祈祷きとうってもうかるんか?」


「うちの一族の家業だからな。利益じゃないよ。ある意味、ボランティアだな」


「そうか。大変なんだな。ちょっとしたメンテくらいなら、サービスでやるから、いつでも声をかけてくれ」


 友人も、俺には同情的だった。儲かっていない以外は、すべて嘘だがな。


***


 テレビCMや新聞広告以外、よい方法が思いつかなかった。何より、誰1人、客が来ないのだ。どんな人が祈祷を受けにくるのか想像もつかない。俺は、取り敢えず、2か月は我慢しようと思った。それでダメなら、巣鴨辺りに事務所を移して、手作りの宣伝ビラでも配るしかない。


 開業3週目もダメだろうと思っていたら、金曜日に、初めて予約が入った。予約時間は日曜日の開店直後だ。俺は、日曜の朝、1時間早く行って、待つことにした。やはり、初めての客は嬉しい。


 やって来たのは、60代くらいの女性だった。おばあさんと言うと怒られそうだから、おば様と心の中で呼ぶことにした。


「初めまして。祈祷師の○○おれです。本日は、どのような事での、祈祷きとうをご希望でしょうか」 


「実はね、足のひざが悪いのよ。痛くて、歩くのも大変なの。整形外科に行っても、年だから仕方ないと言われてね、痛み止めの塗り薬と、シップしかくれないの。はっきり言って、気休めにしかならないわ。でも、他に方法がないから、2週間に1回、通っているの」


「なるほどなるほど。それは大変ですね。ちなみに、今まで、どこかでご祈祷を受けられた事はありますか」


 俺は、わざわざ祈祷を受けに来た客の行動心理を知りたくて、その辺りを突っ込んで聞いてみた。


「痛みのひどい時は、本当に辛くてね。神仏にすがる思いで、あちこちで祈祷してもらったんだけど、全然、効果がなくて」


 詳しく話を聞くと、わらにもすがる思いというより、よくなればもうけ物くらいの気持ちで、あちこちに行っているそうだ。


 俺は、すっかり忘れていたが、いわゆる、おば様は、話好きな方が多い。おば様の話で、すでに30分、時間がっていた。他に予約がないからいいのだが。


 俺は、自分の決めた手順に基づき、祈祷は医学的に何の効果もない事。ただし、という事もあるから、決して無駄ではないと力説した。かつて、営業部にもいた事があるので、セールストークは得意な方だ。


「そんな事は、百も承知だから、早く祈祷してちょうだい」


 俺の営業トークは、おば様パワーで、木端微塵に砕こっぱみじんにくだけ散った。仕方ないので、おば様に青い振替払込用紙(手数料おば様持ち)を渡した。


「祈祷料は、後日、郵便局でお支払いください。金額欄は空欄ですので、お気持ちをご記入ください。ただ、効果があれば、はずんでいただけると嬉しいです」


 俺は、おば様に、そう伝えた。


「それでは、祈祷を始めましょう。私の祈祷は、受ける人がその気にならないと効果がありません。あなたは、若い頃のように、歩きたいですか?」


「え?」と、おば様は言った。


「あなたは、若い頃のように、歩きたいですか? もしそうなら、その姿を頭の中でイメージしてください」


「・・・」


「あなたは、膝に痛みもなく、らくらく歩きたい。そうですね?」


「はい」


「元気に歩きたいんですね?」


「はい」


「さぁ、歩きたいと強く念じてください」


 俺は、引退した熱血スポーツ選手のように、おば様をきつけた。そして、こういうやり取りを10回くらい繰り返した。


「さぁ、最後の仕上げです。後ろを向いて、目をつぶってください。そして、歩きたいと強く念じるのです」


(はぁめ はぁめー)


 俺は、心の中でつぶやいた。


 そして、両手を前に突き出して、大声で言った。


「はぁぁぁぁぁぁーーーーーー」


 おば様は、ビクッとしていた。祈祷の言葉なんて、俺は知らないから、俺ができるのは、これくらいだ。


「これで祈祷は終了です。効果が出るとしたら、半日後でしょう。お疲れさまでした。気をつけてお帰りください」


 おば様は、何か言いたそうにしていたが、俺にうなされて、帰って行った。


***


 俺は、たぶん、このおば様の膝を、完全に治すことができる。しかし、治してしまえば、おば様は2度と来ない。それでは、商売にならないのだ。俺としては、何度も来るリピーターになってもらいたい。


「出来るだけ早く治り、3週間は完治状態を持続。その後、1週間かけて、元に戻りますように」


 俺は、おば様に対して、このように祈った。こういう事が出来るのか、やった事がないので分からないが、1ヶ月後におば様が、再度、訪ねてきたら、成功したということだろう。


 1週間後、俺の郵便振替口座に、おば様から1万円の入金があった。一応、効果はあったようだ。



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