能力検証


 自分で自分を治療できる事は分かった。次に検証すべきは、他人を治療出来るかどうかだ。


 俺は、重症の親族を、自分でも気づかぬうちに治療していたようだ。今となっては、検証できないが、その可能性はかなり高いと思う。昔の事をよく思い出してみたが、この親族4人に共通しているのは、俺が手を握っていのった事だった。


 俺はここで、大きな問題に気がついた。他人に対して俺がいのるのに、手を握るなどのが必要だとしたら、それは、非常に困難な事になる。


 医師、看護師、助産婦、救急隊員、柔道整復師、理学療法士、作業療法士、美容師、理容師、あん摩マッサージ指圧師、鍼灸師、警察官(確保の時)、スポーツインストラクター、養護教員、体育の先生(補助)、幼稚園、保育所の先生、プールの監視員・・・。


 俺は、思いつく限り、合法的に、または、職業上の行為として、人に接触することが出来る職業は、どんなものがあるか考えてみた。先にげた職業や資格は、そのほとんどは、国家資格、またはそれに準ずるものが必要になる。何の資格もない俺には無理だ。


 どうやって、他人に接触していのればいいのか。俺には、その方法が見当もつかなかった。


 病院に行けば、多くの患者がいる事は分かっている。


「あなたの健康について、手を握っていのらせてください」


 宗教家でもない俺が、勝手に病院に行って、患者に声をかけて回れば、今の時代、警察に通報されると思う。仮に、祈りを受け入れた人がいたとして、その人の病気が治ったかどうか、素人の俺では判断できないという問題もある。


 会社の同僚(男)が、仮に、切り傷程度の怪我をしていたとしよう。でも、手を握らせてくれとは、さすがに言えない。変な誤解をされて発展したら大変だ。


 人に接触するとすれば、社交ダンス教室か、ダンスサークルに入る事しか、俺には思いつかなかった。正直、それはやりたくない。(違う作品になってしまう)


 自分がバツイチ独身だという事を、今回ばかりは残念に思った。


***


 よい案が見つからず、検証は、数日、放置していた。


 金曜日の夜に、会社の同僚と飲みに行くことになり、繁華街に行ったのだが、看板を持ったおじさんがいるのを見て、俺はハタと気がついた。


 あるじゃないか。国家資格もいらず、体に接触できる職業が。


 しかも、独身の俺も大変、お世話になっている。


 そう、だ。


 傭兵と、この職業は、紀元前から既にあったと言われているらしい。


 俺は、早速、検証を進めるために、ホームページを確認した。声を大にして言いたいが、好き好んですきこのんで大人のお店に行きたいわけじゃない。あくまで学術的検証のためである。ごほん。


 この学術的検証を進めるために、重要なことは、治療するだけではなく、治療後の確認が必要だという事だ。ビフォアーアフターという奴だな。具体的には、1人のスタッフに、時間を置いて、再度、会わなくてはならない。これは、俺の財布さいふ的にも大変なことである。


 幸いなことに、俺は、この道に詳しかった。一番、困るのは、2回目に会おうとしたら、既に仕事を辞めていたというケースだ。この業界では、よくある事だ。それを避けるために、俺は、入店してから数日というスタッフを選ぶことにした。一時的な派遣で、10日から2週間で辞める人もいるからだ。


 今回は、古傷、やけどの跡、しみ、そばかす、盲腸の跡、タトゥー、妊娠腺などの治療を目的とする。治療後の効果が見た目で分かりやすいからだ。ちなみに、蒙古斑もうこはんは消さない。あれはあれで、俺的におつなモノなのだ。


 俺の感覚的なものかもしれないが、若い人だと傷が少ないような気がする。だから、ある程度の年齢のスタッフがいる店を選んだ。


 準備万端、整えて、おれは、その日に挑んだ。


 お相手のスタッフは、見た目が20代後半の人で、タトゥーを入れていた。


「へぇ。タトゥーか。俺の友達に若気の至りでタトゥーを入れた奴がいてさ、自分の子供が生まれた時に、後悔していたよ。それなら、最初から入れるなって話だよね」


 俺は、タトゥーの話をスタッフに振ってみた。この話はもちろんウソである。


「そうなのよね。私もやっちゃったくちなんだよ。今となって、ちょっと後悔してる。病院に行けば、消す事も出来るらしいけど、踏ん切りがつかなくてね」


 なるほど。言質げんちは取ったぞ。


 俺は、素知らぬ顔で、彼女の体に触れて、3日後にタトゥーが消えますようにと祈った。


「君のことが、とても気に入ったから、再度、予約したいな」


 気に入ったというのは、勿論もちろん、ウソで、学術的検証のためである。


「お兄さん、ありがとう。うれしい」


 彼女は、俺に抱きついてきた。こういうお店では、社交辞令も楽しむのが大人のたしなみだ。


 5日後に、再度、彼女に会ったが、タトゥーは、すっかり消えていた。


「不思議なことに、タトゥーがだんだん、薄くなって、数日で消えてなくなったの。こんな事って、あるんだね」


「神様からのいきなプレゼントじゃない?」


 俺は、適当に話を合わせた。ちなみに俺は無神論者だ。


 人命がかかった緊急時以外、国家資格を持たない者が、人を治療するのは、医師法違反などの違法行為になる場合がある。しかし、警察は絶対に俺を送検できない。証拠がないし、仮にできたとしても、俺の特殊な能力で治療できると、どうやって証明するのだ?


***


 他人を治癒できるかという検証には、5か月かかった。サンプル数は5人。本当は、母集団をもっと増やしたかったのだが、俺の財布さいふがそれを許さなかった。


 この学術的検証により、分かった事がある。


・俺は、能力で他人を治癒できる

・接触しなくても治療できる

・能力使用の影響は、俺にはない(たぶん)


 相手に接触しなくても治療できる事が分かったのは、大きな成果だ。知り合いなどに何かあった時に、接触せず、いのるだけでいいし、俺が何かやったという事は、相手にも周囲にも分からない。つまり、能力を隠したまま、治療できるという事だ。


 また、ここからは、推察すいさつであるが、治療するのは、俺の力を使っているのではなく、治療される側の自己治癒ちゆ能力だと思われる。俺は、相手に自己治癒のきっかけを与えているだけという気がする。残念ながら、これは、方法が分からないので検証できないだろう。


 兎に角、すごい能力である事は間違いない。俺もいい年なので「俺は神に選ばれた」などと、中二病的な事は言わないが、小4の頃から使えていた可能性があったのに、この年まで気がつかなかった自分は、間抜けだとは思う。


 自分の治療能力がある程度、分かったので、学術的な研究は、とりあえず、ここで終わる事にした。


 研究費が底をついたのだ。




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