現代でチート能力を得たが、俺は聖人君子になりたくない(治療能力)

ハヤシチーズ

自然発露

※ この話に、主人公による小さな自傷行為があります。苦手な方はブラウザバック推奨すいしょうです。


***



長患ながわずらいしている○○おじさんなんだけど、あの人、もう長くないんだって。あんた、子供の頃によく遊んでもらったでしょ。まだ、元気なうちに、一度、お見舞いに行ってきて」


 平日の夜に、母からそう電話があった。確かに、あの伯父おじには可愛がってもらった。母からも見舞いとは関係なく、一度、帰って来いと要望もあったので、俺は週末に田舎へ帰ることにした。


 すぐに退院できる人の見舞いは、こちらも気楽なのだが、先が長くない人の見舞は、どんな顔をしていいのかわからない。正直、気が重い。


 土曜日に帰省して、翌日の日曜日に、両親と俺の3人で、市内の総合病院へ行った。俺的には幸いだったのだが、伯父はベッドで眠っていた。


「さっき、眠ったところだから、すぐには起きないかも」


 伯父に付き添っていた叔母が、そう言った。


 母と叔母は、何か話すことがあるようで、伯父を起こさないように病室を出て行った。談話室にでも行くのだろう。


「お前、しばらく○○おじさんを見ていてくれ。起きるまで時間がかかりそうだから、ちょっと売店まで行ってくる」


 父も、俺を置いて、出て行ってしまった。


 先の長くない患者と、することがなくて手持無沙汰てもちぶさたな俺。病室は個室だったので、静寂せいじゃくな空間は、非常にシュールに思えた。俺は、おもむろに伯父の手を握り、子供の頃に遊んでもらった事を思い出していた。


「早くよくなってください」


 俺が伯父に出来る事は、いのるだけだった。


 しばらくすると、父が戻ってきた。父は、週刊誌を2冊買ってきて、1冊を俺に貸してくれた。


「目を覚ますまで、しばらくかかるだろう。ここにいても仕方ないから、食堂に行こう」


 父は、そう言って、病室の外に出ることをうながした。


 患者の食事の時間ではなかったので、患者用の食堂は、他にも見舞客が何組かいた。父は、缶コーヒーを俺にくれた。


 1時間くらい、食堂で週刊誌を読んでいると、話が済んだ母と叔母がやってきた。


「もしかしたら、起きたかもしれないから、一度、様子を見に行きましょうか」


 叔母がそう言ったので、俺たちは伯父の病室に戻った。


 4人も病室に来たことで、どうやら、伯父を起こしてしまったようだ。最初は、ぼんやりとしていたが、俺たちに気がついて、ニコリと笑った。


「よう来たの」


 伯父は、俺に、そう、声を掛けてくれた。


 その後は、両親が伯父と話し込んでいたが、皆が笑顔なので俺は違和感を覚えた。


 看護士が病室に入ってきたので、俺たちは、それを機会においとまする事にした。


「それじゃあ、治療の邪魔になっては悪いから」


「おお、また・・・」


 伯父は、そこで言葉を止めた。「また、来いよ」と、言いたかったんだと思う。


「顔を見せてくれて、ありがとな」


 伯父は、笑顔で言い直した。


 病院から、実家に戻った後、母は俺に言った。


「こういう事はよくないんだけど、東京に戻ったら、喪服もふくの確認をしておいて。あんた、最近、太ったから、ズボンが入らなかったら困るしね。たぶん、すぐにでも必要になるみたい」


 母は伯父の前では笑顔だったが、家に帰れば、現実的だった。


***


 東京に戻って、仕事に追われる日々を過ごしていたので、俺は、伯父のことを忘れていた。見舞いに行ってから、3か月った頃、俺は、伯父の事を思い出し、実家に電話してみた。


「それがね、私たちがお見舞いに行った後くらいから、○○おじさん、急に回復したそうでね、もう少ししたら、退院できるそうよ。お医者様も奇跡だと言っていたらしいわ」


「へー。そんな事が実際にあるんだ。なんにしろ、伯父さんが元気になるなら、よかったよ」


 俺は、母との電話を切った後、奇跡なんて、本当に起こるものなのだなと思った。


 そこで、俺は、あれっと思った。デジャブ?


 いや、違う。過去にもそんな事があった。俺が高校の時、母方の祖母がそうだった。脳梗塞で倒れて、長くないと言われていたのに後遺症もなく回復した。


 そう言えば、中学の時も。


 あれ、もしかしたら、小学4年の時も?


 俺は、再度、実家に電話した。


「なぁ、母さん、ちょっと変なことを聞くけど、俺が小学4年生の時、(父方の)祖父が病気で入院していたよな。あの後、退院して、その後も長生きしていたけど、あれって何の病気だった?」


「ああ。そんな事もあったわね。義父おとうさんはガンでね、肺まで転移してて、もう手のほどこしようがないって言われていたの。今の時代だったら、いい治療法があるかもしれないけど、25年前だしね。それで、治療はあきらめて、緩和ケアっていうの? 痛みを抑えるだけにしたのよ」


「それでどうして、元気になったの?」


「よくわからないけど、次第に元気になって、結局、がんも消えて退院したわよ。義父おとうさんは、民間療法のキノコが効いたと言っていたけど。名前、なんだったかな。紅茶キノコ?」


「もしかして、サルノコシカケ?」


「ああ、そうそう。それが効いたって、言っていたわ。でも、本当に効くのかしら」


「それとさ、今度は、俺が中学生の時の○○叔母さんだけど」


○○おばさんも、義父おとうさんと同じように末期のガンでね、でも、やっぱりキノコが効いたみたい。ところで、なんでそんな事を聞くの?」


「えーと、ああ、そうだ。ガン保険に入ろうかどうか考えていて、ウチの家系はどうだったのか気になったんだよ」


「ふーん。でも、保険は若いうちに入ると安いから、余裕があるなら入っておいた方がいいわよ」


「ああ。検討してみるよ。いろいろ教えてくれてありがとう」


 母との電話を切ってから、俺は考えた。民間療法がどれくらい効果があるか、わからないが、余命いくばくもない末期のガン患者が、2人も民間療法で完治するのだろうか。それに、今回の伯父の件や、脳梗塞のうこうそくの祖母の件もある。


 うちの家系は、しぶといで済む話ではないだろう。そして、この4人に共通するのは、俺の身内である事はもちろんだが、


 これは偶然だろうか。


 俺は、ある仮説に辿たどり着いたが、余りにも非現実的過ぎて、ありえない事だと思った。そんな事を思いつくのは、きっと、ネット小説の読み過ぎだろう。


 ただ、その仮説が、どうしても頭を離れなかった。


***


 自分でも、いい年をしてバカな事を、と思うが、我慢できなくなった俺は、とうとう試してみることにした。


 仮説とは、俺にに近い能力があるのでは、という事だ。


 試す方法をいろいろ考えたが、自傷じしょうは痛いから嫌だ。


 その時、ふと、自分のてのひらに黒い跡があるのを思い出した。小学校の時、誤って鉛筆の芯を刺した時に、黒い部分が中に残ってしまい、刺青いれずみのようになっている所だ。


 どうやって試していいいのか、わからなかったが、俺は寝る前に祈ることにした。なぜ寝る前にしたかといえば、もし跡を治すことが出来たとしても、俺が体力を消耗する可能性があるからだ。異世界小説で、初めて魔法や能力を使った時に、気を失うシーンがよくある。最初からベッドの上で祈れば、何かあっても、そのまま寝るだけだ。


「俺のてのひらの黒い跡が消えてなくなりますように」


 結局、俺の体調に変化はなく、気分が悪くなる事もなかった。取り越し苦労だったようだ。


***


 翌朝、起きてみたら、黒い跡は、綺麗さっぱり、なくなっていた。これには、びっくりだ。しかし、ここで有頂天うちょうてんになる俺ではない。こういう事は、検証が大事だ。


 自傷行為は嫌だったが、検証のためなら仕方ない。俺は、会社の帰りにデザインカッターと絆創膏ばんそうこう、消毒用アルコールを買ってきた。まず、デザインカッターを煮沸しゃふつ消毒する。そして、両腕に深さ1mm、長さ1cmの傷を2か所つけた。腕の外側の目立たない部分を選んでいる。傷をつける前に、腕はアルコール消毒済みだ。


 特殊な絆創膏で血止めをして、寝る前に祈った。


「俺の右腕の傷が、翌朝までに治るように」


 翌朝、右手の傷は、きれいに完治していた。跡も残っていない。左手は、昨夜の傷のままだった。


 さらに、その日の夜に、左手についても祈った。


「俺の左腕の傷が、翌々日の朝までに治るように」


 翌朝、傷は少し治っていたが、完治まではしていなかった。そして、翌々朝、傷は完治していた。


 俺は、仕事が休みの日、もう一度、右腕に傷をつけた。今度は、寝る前ではなく、朝一番にだ。そして、すぐに治るように祈ったが、傷が治ったのは昼過ぎだった。


 これによって、わかったことがある。


1.俺には治療に関する特殊能力がある。

2.治療する部位は選択できる

3.治療時間も調整できる

4.魔法のようにすぐには完治はしない


 そして、ここからは、俺の予想になるが、祈ることで俺に何か影響が出ることは、たぶんないと思う。ただ、俺には分からないだけで、実は寿命が縮んでいる、なんて事もあるかもしれない。それは、今後の様子見だろう。


 この能力が自分に使えることは分かったが、他人に対して使えるかどうか、まだ、検証していない。それでも、自分が病気や怪我になった時に、みずから治せるのは、大きなメリットだろう。


 普通なら、チート能力を得たことを大喜びするところだが、俺は、ここで冷静に考えた。例えば、俺が交通事故で骨折して、病院に入院したとしよう。そこで、俺がこの能力を使って1週間で完治したら、さすがにおかしいと思われるだろう。下手すると、医学の研究に協力してくれとか、面倒くさいことになりそうだ。だから、能力を使う時は注意が必要だ。


 それから、もし、事故で、俺が意識不明の重体になったとしたら、俺がいのれないから、この能力は使えない。能力は便利だが、万能ではないという事だ。この辺りは、今後、いろいろ検討する必要がある。事前に考えておけば、いざという時に困らないだろう。学校の避難訓練と同じことだ。


 俺はこの能力を「治療能力」と呼ぶことに決めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る