ひるんで立ちすくんでしまった。出てきた相手と目が合う。

 新しい母親と同じか、それよりも若い印象を受ける。お母さん、というよりは、お姉さん、と呼びたくなる。

 化粧っ気はないが、色白できれいな顔立ちをしている。切れ長の一重の目と血色のよい薄い唇が映える。つややかな直毛のショートヘアが似合っている。はつらつとした表情のまま、両目がすこし驚いたように丸くなり、それからやさしい笑みがふわりと浮いた。


「——……のお友だち? 遊びに来てくれたのかしら」

 見とれてしまっていた。言葉の最初が聞き取れなかった。


「いらっしゃい、あの子、二階にいるのよ。今日は調子がいいの」

 追い返されると思ったから、こころよく迎え入れられて安堵する。

「あら、けがをしてるのね。上がって待ってて。すぐ救急箱を持っていくわね」


 言われて、さっき石にぶつけたところがうずくのを思い出した。でももう、それほど痛くない。


 女の人は背を向け、台所へと引き返した。

 玄関を上がり、廊下を進む。

 二階へと続く階段を上がる。体重で、一歩ごとに段板がきしんだ。

 階段のなかほどに明かり取りの小窓があり、外光が射し込んでいる。しかし、それだけでは採光が足りずに足元は薄暗い。


 一番上まで昇りきり、踊り場へと足を踏み出すと、二階の部屋は二間になっていた。開け放たれた木製扉の向こうに、人影がある。

 ようすをうかがい、そろりと覗き込む。

 窓枠の横で京壁にもたれ、ひざを抱えるように座る少女がいた。畳の上に開いた本へと視点を落としている。


 この家が高台にあるだけに、腰窓から見事な遠景が一望できた。

 陽光に照らされて、街路に区切られた街並みの屋根が明るく反射する。時折、眩しい屋根の輝きがちらつき、目がくらんだ。


 少女の座る奥は四枚のふすまで閉じられ、隣の部屋と間仕切ってある。

 ふすまの表面に日本画が描かれていた。連作らしく、風景がつながっている。

 薄茶けた地色にどこの風景だろうか、もともとは鮮やかな彩色で描かれていたのだろう。しかし長い年月に退色したのか、ほとんど灰色の線が残るだけになっている。


 片隅に使い込まれた小さな文机ふづくえ、朱色の座布団が寄せてあった。

 背よりも高く、両手を伸ばした幅くらいの本棚に、同じ高さに揃えられた古い本の背表紙がびっしりと並んでいる。


 同じくらいの背丈、年齢に見える少女は、陶器のように白い肌をしていた。

 白いブラウスに淡い黄色のカーディガンをはおり、紺色の地に緑と赤の線が交差するチェック柄の短いボックススカートの姿だった。ワンポイントのついた白いハイソックスをはいている。


 おかっぱの髪型にしているせいか、市松人形のようだった。洋装よりは、むしろ和装が似合いそうでもある。

 なんと声をかけたらいいのか、迷っていると少女が本から目線を上げ、こちらを見た。

 大きな黒い瞳だった。好奇心の強そうな表情をしている。小さな唇は、つやつやと赤い。


「……こんにちは」


 見かけにふさわしい、可愛らしい声が響いた。笑うと、下の階にいた女の人とそっくりになる。胸が高鳴る。

 言葉が詰まって出てこない。


「うれしい、遊びに来てくれてありがとう」

「——うん」


 ただ、それだけしか返せなかった。


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