細かな雨がたえまなく降る。薄い青のTシャツと短ズボンが、しっとりと湿気りだす。
新生児は夜泣きがひどかった。なんとかしろよ、近所迷惑だろ、と父親の不機嫌な大声が深夜に響く。
絶えず病気にかかって気の休まる暇のない新生児に振り回され、義母は常に苛立つようになった。次第にきつく当たられるようになり、父親不在の狭い家に、子どものいる場所はなくなった。
なるべく家から離れて、顔を合わせる時間を減らすことだけを考える。だから、どこか人目につかずに長時間を過ごせる、秘密基地みたいな場所がないかと探して回った。
そんな都合のいい場所が、簡単に見つかるわけもない。
かつては整地され、人が暮らし、手入れされていたはずの庭。いまは足の踏み場もなく、子どもの身長が埋まるくらいの高さの草藪が生い茂る。
意外にも一カ所、けもの道のように出入りした跡があった。
迷いながらも草むらの向こう、建物とは思えないほどに植物のかたまりと化した場所を目指す。
壁面に葛が這い、幾重にもノアサガオが絡みつき、あちこちで深い青や紫の花弁を広げている。
建物全体が植物に包み込まれていて、窓どころか玄関すらろくにわからない。
勝手に入ったら怒られるかも、との思いがよぎった。びくびくしながら雑草に手を伸ばす。
まともな食事が取れるのは学校の給食だけになっていた。いつも腹を空かせて、外でぼんやり時間を過ごす。動いているとよけいに腹が減る。早くどこかで休みたかった。
風で茂みがざわざわと揺れている。
途中で道らしきものは無くなった。
戻ろうかと思った。が、立ち去ったとしても行くあてがない。
前に進むしかなかった。
慎重に丈のある草をかき分ける。あちこちで得体の知れない虫に遭遇して、小さい悲鳴を上げる。
前方で丸い体をした巨大なコガネグモが巣を張っていた。黄色と黒の縞模様の体色がはっきりと見て取れる。
八本の脚を前後二本ずつ重ねて広げているのを見て、心臓の鼓動が跳ね上がる。避けようとしたときだった。
ごつり、と音がして、足先に重い衝撃が走った。
「わあっ!」
バランスを崩し、倒れる。
素肌のひざとすねにざらざらした固いものが当たって、ぶつかった痛みに顔をしかめる。
折り重なる雑草の上に横倒しになった。大地に寝転がった上半身は無事だったが、なにかに当たった足だけがじんじんと痛む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます