ああ、と男は頷いた。
「母さんとはうまくやってるよ」
不快そうに舌打ちをし、女の声が一段と低くなった。声色が憎しみに染まる。
「おまえの母などと、よく言えたものだ。あれはひとではないし、まんまとこんな
なにを言ってるの、と男はいたく楽しそうに笑った。
「きみが取り替えようって言ったんじゃないか」
目を細め、勝ち誇る笑みが浮かぶ。
男が、女の胸元を指し示す。
「わざわざ、女の子の格好までして、僕の気を引こうとして——」
ご丁寧に、女の子のふりまでして。
僕に気に入られようとして。
「——違うかい?」
「おまえこそ、なんで女のくせに男の格好なんかしてたんだ、おかげですっかり騙された」
鋭い口調で追求されようとも、若い男はおとなしく聞いていた。軽く目を伏せてから、再び女を見る。
「いれものと心が合わないのは、それなりにあることだよ」
ふふ、と含み笑いを浮かべる。あの女——、ひとではない、ひとを
あれにそっくりな笑いかたをする。
「感謝してるんだ、おかげであのあと自分を偽る必要もなくなったから」
本当に、心から、と言葉を強め、
「じつに楽しく過ごせたよ」
女が
「こっちは散々な有様だったというのにいい気なものだ」
自業自得じゃないか、と男があっさり言ってのける。
「思ったより、きちんと馴染んで、ひとの規範や法もきちんと守って生活してるんだね。僕の両親……いや、父と義母も元気で、きみとうまくやってるようで安心したよ。そうそう、弟も結婚したんだったね。おめでとうを言わせてもらうよ」
女はいらだちを隠さず、ふん、と横を向く。ひとつにまとめた長い髪が、華奢な背中で揺れるのが見えた。
「おまえが
「そうだね、よく知ってる」
「おまえも身体のまま、女らしく振る舞いさえすれば波風も立たずに済んだだろうに」
「僕と違って、きみは演技が上手でなによりだと心から思うよ」
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