ああ、と男は頷いた。

「母さんとはうまくやってるよ」


 不快そうに舌打ちをし、女の声が一段と低くなった。声色が憎しみに染まる。

「おまえの母などと、よく言えたものだ。あれはひとではないし、まんまとこんなもろい身体に押し込めやがった」


 なにを言ってるの、と男はいたく楽しそうに笑った。

「きみが取り替えようって言ったんじゃないか」

 目を細め、勝ち誇る笑みが浮かぶ。


 男が、女の胸元を指し示す。

「わざわざ、女の子の格好までして、僕の気を引こうとして——」


 ご丁寧に、女の子のふりまでして。

 僕に気に入られようとして。


「——違うかい?」

「おまえこそ、なんで女のくせに男の格好なんかしてたんだ、おかげですっかり騙された」


 鋭い口調で追求されようとも、若い男はおとなしく聞いていた。軽く目を伏せてから、再び女を見る。


「いれものと心が合わないのは、それなりにあることだよ」

 ふふ、と含み笑いを浮かべる。あの女——、ひとではない、ひとをまもりかたのもの。

 あれにそっくりな笑いかたをする。


「感謝してるんだ、おかげであのあと自分を偽る必要もなくなったから」


 本当に、心から、と言葉を強め、

「じつに楽しく過ごせたよ」


 女が忌々いまいましげに顔を歪める。黒いスラックスを履いたきれいな足を組み直し、顔をしかめてグラスを傾ける。

「こっちは散々な有様だったというのにいい気なものだ」


 自業自得じゃないか、と男があっさり言ってのける。 

「思ったより、きちんと馴染んで、ひとの規範や法もきちんと守って生活してるんだね。僕の両親……いや、父と義母も元気で、きみとうまくやってるようで安心したよ。そうそう、弟も結婚したんだったね。おめでとうを言わせてもらうよ」


 女はいらだちを隠さず、ふん、と横を向く。ひとつにまとめた長い髪が、華奢な背中で揺れるのが見えた。

「おまえがうとまれたのは、ふつうではない行動を取っていたからだろうが。ひとの社会はひどく愚かで矮小わいしょう偏狭へんきょうだ。異質を受け入れるほど、甘くない」


「そうだね、よく知ってる」

「おまえも身体のまま、女らしく振る舞いさえすれば波風も立たずに済んだだろうに」

「僕と違って、きみは演技が上手でなによりだと心から思うよ」


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