時は流れた。

 

 きらびやかな繁華街の裏道、用事があって近くまできたついでにたまたま立ち寄った店だった。

 ひとりだし、一杯だけと思って入った洒落たバー。薄暗い店内でショートグラスに口をつけようとしたとき、若い男が歩み寄ってきた。


「やあ、久しぶり」


 親しげなそぶりで、知り合いに会ったかのように言う。

 眼鏡をかけた女は、男へと鋭い視線を向けた。声の主を認めるなり、あからさまな嫌悪を浮かべる。


「やっと見つけたよ」

 にこやかに男は女に近づいた。整った面立ちに似合う、響きの良い低い声で話す。


 無造作な長めの髪からして、まともな職についているとは思えない。軽装ながら長身の体躯に合っていて、場の雰囲気に浮かずにいる。


「……あんた、どうやってここが」

 わかったの、と続く言葉を飲み込む。


「ちょっと話がしたいんだけど、いいかな」

「暇じゃないのよ、今度じゃ駄目なの?」


 うーん、と唸り、男はわずかに首をかしげる。ちらりと周囲を見回す。

「こんな店に出入りしていて、その答えはどうかな。こちらとしては騒ぎたててもべつにかまわないんだけど」


 なにそれ、まるで女が使う脅しの台詞せりふじゃないの、と思う。


「目立つの、いやだろ」

「いいわ、わかった」


 髪をひとつに束ねた女は、細いフレームの銀縁眼鏡を押さえると溜息をついて言った。


 正直、やられた、という気持ちが強い。

 まさか二十年も経って、過去の清算をするはめになるとは。

 急激に笑いが湧き上がる。腹の底が騒いで、抑えきれなくなる。


 やられた。

 結局、未来は非望でしかなかったのだ。相手のほうが長じていたというべきか。


「いままで楽しかった?」

 ためらわずに正面の椅子を引き、座ると無邪気に問いかけてきた。


「楽しかったでしょう、逃げおおせたと思って」


 口惜しい思いはある。

 ずっと目立たぬように、人の世に紛れて暮らしてきたのに。

 なんのために今まで。いや——、ようやく終えるのか。


 眼鏡のレンズで覆いはしても、透明なガラスではとても隠せない。女の目が爛々らんらんと光る。燃えるような怒りが瞳に宿っている。


 男を見すえ、先ほどとはうって変わった低い声で、女は唸るように言葉を放った。


「おまえ、ずっとあの女と暮らしてるのか」


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