子どもは毎日、山の上の古い家へと足を運んだ。

 次第に、細い身体に健康的な肉がついた。同時に心も満たされたせいか、自然と表情や受け答えも明るくなった。


 少女の家には普通にあるような電気製品がほとんどなかった。電気は通じていて照明、洗濯機や冷蔵庫はあるが、ほかは昔のまま時が止まったかのような生活をしている。

 子どもが欲しがりそうな携帯電話やゲーム機器もなければ、テレビや録画装置もない。


 ここで遊べるおもちゃと言えば、お手玉、おはじき、知恵の輪、すごろく、けん玉、独楽、メンコ、輪投げ、折り紙、そして少女が好んで幾度もやりたがったのは、あやとりだった。

 やったことのない遊びだったが、教えてもらううちにすいすいと相手ができるようになる。


 ふたりで、綾——交差した形——を交互に取り合う。

 両手首に赤い編み紐を巻き付け、中指で向かい合う紐を取って形を作り、少女がどうぞ、と差し出してくる。


 対象の交差を両の親指と人差し指でつまみ、回しながらすくい上げれば、たんぼのできあがり。外側から回してすくい上げると、かわ。

 小指で紐を引っかけ、親指と人差し指で二本取りの平行をすくい上げると、ふね。


 横から交差をつまんで内側へと回し入れると、逆手の状態で再びたんぼとなる。しかし最初とはすこし形状が異なる。

 少女は言った。田んぼの水は川へと流れ、笹船はふたたび別の田へと流れていって——


 綾をつまんで、外へ回してすくい取ると六芒星の形が見えたのちに菱形を作る。

——知ってる? 菱形って菱の実のことなの。菱の実をゆでて食べると栗の味みたいでおいしいんだよ。


 縦方向に交差をつまみすくって中央を広げると蛙になる。

——蛙はね、お供えものなんだよ。川から蛙を捕まえてきて、弓で射抜いて神様の前に捧げるの。


 なんで蛙なの、と訊ねると、よくわからないけど、と前置きして、神様は蛇なのかもね、と少女は言った。

 蛇の神さまは水とつながりが深いから。


 話しながら、横から交差を取って二本の紐の間をすくい上げると再度菱形に戻り、最後に鼓、再びかわになり元に戻る。


 あとは取り手の早さ次第となる。紐の受け取りを失敗するまで、延々と指ですくい続ける——


「なんであやとりが好きなの?」

 訊ねると、少女は答えた。


 だって手をふれるとかたちが変わるでしょう。横から下へ、下から上へ、おもてからうらに、ひっくり返すとつぎつぎと見た目を変えていくのよ。


 どうしてわからないんだろう。そんな表情をしている。不可思議なものを眺める目が向けられている。

 だが、すぐに大きな丸い瞳を細め、微笑む。




 飽きたら、かくれんぼをする。

 家の中で隠れる場所は限られている。押し入れの中は様々な箱や包みが詰め込まれていて、入り込む隙がなかった。物かげに隠れてもすぐに見つかる。


 少女の家の中で、目についたものに興味が行く。

 一階の廊下奥に電話台が置かれていた。手編みらしい四角形のレースが敷かれ、螺旋らせん状の紐につながれた重たげな受話器が黒電話の上に鎮座する。

 回転式のダイヤルなど、触るどころか初めて見るものだった。


 一階の居間の丸木柱には、年期の入った振り子時計がかかっている。

 時を規則正しく刻むには、一日一回、必ず螺子ネジを巻かなければならない。忘れると止まってしまうのだと教えられた。


 台所から持ってきた椅子に乗り、蝶型のネジで時計のゼンマイを巻かせてもらった。

 細かなぎざぎざが内部でかみ合い、ジィジィと音を立て、ひねっては回す手にそこそこの抵抗と振動、反動が伝わる。

 一時間にいっぺん、盤面の上部に長針が来ると、時刻の回数だけ低い鐘の音が鳴り響く。


 少女の家のトイレは和式だった。学校にはあったものの、一度も使ったことがない。しゃがんで用を足すのは初めてだった。




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