少女の家へ通い始めて、二週間が過ぎた。


 夕飯はいつも、六時頃に用意される。

 子どものいるあいだに、少女の父親の姿を見たことはなかった。それでも三人で食卓を囲み、安心して腹を満たせるだけで幸せな気持ちになった。

 ふと気づいた。いくつもの小鉢に盛られたおかずは美味しかったが、ここの家の献立には肉と魚そのままが出てこない。それどころか、そうだと思っていたものは、肉や魚ではないのかもしれない。


 学校の宿題を少女と終わらせ、帰りたくない思いがつのる。

 三日もすれば夏休み。しばらくここには来れなくなる。



 いつものように、子どもと少女は二階の和室で本を読んでいた。

 外は強い日差しが差して、日当たりのよい場所は気温も高そうだった。

 山の中で、たくさんの蝉がうるさく喚いているのが聞こえる。


 それでも今日は湿度が低いせいか、日陰に入ると我慢ができないほどではなかった。ここは高台だけあって、窓から入る風が心地よい。

 盛夏の空はまぶしいくらいに明るいが、気持ちは沈んでいく。少女と並んで畳に寝転がって、開いた本をかかげているうちに腕が疲れてきた。

 文字を眺めても頭に入ってこない。ただ、ながめているだけになっていた。


 うわのそらなのを気づいてか、ふいに少女が訊ねた。


「どうしていつも、ここに来てくれるの?」


 迷いながらも本当のことを答える。

「家には居場所がないんだ……いてほしいと思ってくれるひとがいないし、ごはんも食べさせてもらえない。ごめん、最初はひとりで隠れていられる場所があればいいと思った。でも、今はここに来るのがすごく楽しい。夏休みも来たかった、けど」


「どこかに行くの?」


 少女は本を閉じ、畳の上に置いた。上半身を起こすと、寝転ぶ子どもの顔を覗き込む。

 ながめていた本を、子どもは胸の上に置いた。

 言おうかどうか、すこし迷った。


「夏休みの間、おばあちゃんのところに行けって言われた」

「いやなの?」

「いや、じゃない、けど……」


 続く言葉を探す。本当のことは伝えづらい。話して、相手がどんな顔をするのかを知って、機嫌を損ねるのがこわい。


「まえのお母さんの家だけど、お母さんはべつの場所で暮らしているから家にいないし、おばあちゃんはずっと従兄弟の家族と住んでるから……」


 年上で身体が大きく、力が有り余っている従兄弟は、なにかとこちらをかまう。言うとおりにしないと手を出してくる。

 好き勝手できる使い走りが手に入って、従兄弟は楽しいのだろう。だが、子どもにとってはすこしも嬉しくなかった。四六時中だれかに言いつけられて、朝から晩まで、宿題をやるひまもなく従い続けなければならない。


 やっと眠れると思ったら朝早くたたき起こされ、面倒みてやってるんだから、これくらいやって当然、と言われる。

 だれもが押しつけ合っている。うとまれているのは子ども心でもわかる。そう、残酷なほどに。


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