「ここにいたいな」


 もらした本音に、少女が真顔を向けた。


「本当に?」

「——え、」


 頬が上気している。あまりにも真剣な眼差しをしているのでびっくりした。

 夏の陽光を映して、きらきらと瞳が光る。


 無意識に、うんと首を縦に振っていた。


 少女は人差し指を赤い唇に寄せ、

「だれにも言わないって、約束できる?」

 と言ってから口角を上げる。


 部屋の雰囲気が変わった気がした。すっと日差しが陰り、視界が暗くなる。にじりよってきた少女が顔を近づけ、耳元でささやく。


「交換しよう」


 なにを、と訊ねる。


「身体を」


 驚いて身をよじり、少女の顔を見つめる。

「そんなこと……できるわけない」


 できるよ、と妙におちついた声で言う。

 少女が右手で胸の中央を押さえる。


「ここから出たい。長いこと……ずっと、ずうっと思ってる。だけど、見張られて、閉じ込められてるから——」

 窓の外へと視線を投げ、まぶしさからか目を細めた。隠しきれない焦りと憧れの色が、幼い顔にうっすらと滲む。


「——出られない」


 子どもは驚いた。少女は身体が弱いから、外に出られないのかとばかり思っていた。

 そう、最初に会ったとき、少女のお母さんがそう言ったから。


「なんで……?」


 胸がどきどきする。口が渇いて声がかすれる。


「あれは子どもが好きだから、はばむことなくあなたをまねき入れたけど……いまが千載一遇の好機、逃したらいつになるかわからない」


 あれ……って、なんのことを言ってるんだろう、と子どもは思った。


「ねえ、ここから出して」


 上目遣いで懇願される。なぜだか、おなかの底から冷たい風が噴き上がるような感じがあった。やさしくされたのは、好意じゃなかった。

 触れ合うほどに近寄られて、目前の少女がこわくなる。


「だけど交換したら、外に出られなくなるのは——」

 自分の番なのでは、と言おうとしたとたん、


「だいじょうぶ、この身体はもとから半分でだめだけど、重要なのは気持ちだから。ひとは自由に出入りできるし、とどめるすべもない」


 まっすぐに見つめられた。

 目の前にあるのは漆黒の瞳。覗き込んでくる。

 暗い、真っ暗な、大きな眼。全体に穴が開いているかのように。

 茶色い光彩の部分がない。瞳孔が開ききっている。


「嘘はつかない、約束をかわすなら」

 嘘はつけない、と言い切る。


「半分ってどういう意味……?」

「この身体には心がない」


「心がないって、……どうして? いま話しているきみは、心がないの?」

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