「いやぁ、美味しかったわぁ、少し酔っちゃったみたい……」

「そうかい、無理はしないでね」

「ふふっ、ありがとう伊作さん」


 おせいは柳の木の下で伊作にしなだれかかった。


「ねぇ、おせいちゃん」

「?」

「おいらと、夫婦になってくんねぇかい?」

「えっ?」


 おせいは伊作の顔を見た。伊作はいつものような柔和な笑顔を消している。


「それは……」

「どうなんだい?」

「……はい、喜んで」

「そうかい、めでてぇ女だ」


 伊作は隠し持った匕首でおせいの胸元を刺した。


「ひっ!」

「な訳、ねぇじゃねぇかよ」


 おせいはパクパクと口を動かしながら手を伸ばす。


「おい、これ片付けてくんな」


 脇から出てきたチンピラに言うと、伊作はくるりと背を向けた。


しゃん


 巳之助は倒れたおせいに近付く。もう伊作の姿は見えなくなっている。チンピラは顔を見られたと勘違いして散った。


「おせいさん!」

「……あらっ、お坊さん……」

「佐凪先生のところに連れて……」

「いや、構わねぇよ巳之助」


 陣内が小走りでやって来た。額に手を当てる。


「しっかりしな」

「……せ……先生……あたし……」

「いいから、喋るな!」

「…………ふられちゃった」


 匕首の傷は思いの外深かったようだ。もう顔は青ざめ、ガタガタと震えている。


「きっと……伊作さんは……悪い人に……騙され……」

「おせいさん」

「……」

「伊作さんを、助けますから」

「…………巳之助さん……」


 おせいは息絶えた。合掌して読経し、巳之助はおせいの目を綴じさせた。


「いいのかい?」

「……伊作は、救いますよ。少し、地獄できつい灸を据えて貰いますがね」



「何て奴だ……」

「きつい仏罰を与える必要があろうな」


 和尚が言うと、台の上に金を並べた。


「いいのかい、皆」

「あぁ、是非もねぇ」

「的は押し込みの下手人共に、旅籠屋の番頭の倅、伊作」


 陣内と宿良は自分の取り分を掠める。続いてお若も金を掠め取った。


「奴等の話によれば、今夜は米屋に押し入るらしいですから……」


 巳之助は自分の取り分を取る。お翠は立ち上がり、背を向ける。


「お翠」

「あたしの取り分はいらない」

「ダメだ、取れ」

「だって……」

「勘違いすんじゃねェよ、簪屋」


 宿良が黒い反物を首にかけたまま言った。


「俺もお前らも、薄汚ぇ人殺しじゃねぇか。綺麗事なんざ、通る訳はねぇんだよ」

「もとい、あんたがし損じたら、あたいはあんたを仕事にかけなきゃいけなくなっちまう」

「……冷静になれ。お翠」


 お翠は涙をこらえ、金を掠め取る。耳に挟んだ簪は、伊作に売ったそれと同じ物。先刻までおせいが着けていたものだった。



 月もない曇天。山犬の声だけが矢鱈と響く中、黒装束を纏った強盗団が米屋に向かっている。人は誰も居ない。ただ強盗団が走るわらじから出る砂煙が上がるだけだ。

 路地裏に隠れていたのは陣内。最後尾の強盗の襟首をさっと掴んで、暗い路地に引き込む。


「あっ……」

「声出すんじゃねぇぞ……」


 頭を押さえたまま、地面に正座をさせる。右手を強盗のこめかみに当て、一気に薙ぎ払う。あらぬ方向に首が曲がった。

 米屋の塀の脇には宿良が陣取っていた。黒い反物をしごきながら、入口に鎮座する男に近付いた。


ひゅっ


 反物で男の顔を覆う。背中に男を乗せ、宿良は反物の端を手に巻き付けた。反物は男の顔面に纏わり付く。


「そんなに黒い装束が着たいなら、これでもくれてやるよ」


 宿良は一気にそれを引っ張る。男の首が折れる音がした。

 お若は既にもう正面で陣取っている。黒装束が気付く、しなを作りながら男に近付いた。


「あら、随分物騒ねぇ」

「なんだアマ、向こうに行け」

「ひょっとして、やましい事を?」

「なんだと……!」


 お若は琴の爪で一気に男の頚筋を斬りつける。


「あひゃっ……」

「やましいのは、お互いだけどね」


しゃん


 勝手口の閂を開けようとする先陣部隊の耳に入ったのは、錫杖の音だった。中では必死に震える手で閂を開けようとする手代がいた。


「なんだ、さっきの音は?」

「旦那、振り返らないほうがいい」

「?」

「こっちも、なるべく早く済ませたいもんですから」


 錫杖から仕込み刀を抜くと、残りの二人をあっさりと斬る巳之助。声も出せないまま、二人はばたりと地面に倒れ込んだ。

 閂をようやく開き、門を開けた手代の目には、並んで倒れた二人の強盗の姿があった。 

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