巳之助は北町の旅籠屋の裏手にある花街に向かった。馴染みのない花街の華やかな雰囲気に、袈裟に笠を被った巳之助はやや場違いな感じに思えた。

 花街に入ると、そこにいたのは芸姑のお若だった。お若は巳之助にしなを作りながら近付く。巳之助は合掌し頭を下げた。


「あらやだわお坊さんったら、そんなお堅い顔しないでちょうだいな」

「いや……その……」

「ふふっ、あんたの目的はわかってんだよ?おみつちゃんじゃない?」

「お若さん、彼女が何処に居るかは?」

「勿論、判ってるわよ」


 巳之助は小さく呟くようにお若に言った。


「地獄堂に書状を持ってきたのが、どうやらそのおみつさんのようなんですよ」

「まぁねぇ、あたいもそれとなく調べちゃいるんだよ」

「お若さんも?」

「やだねぇ、あたいも【鴉】じゃない。和尚様の話は訊いてるよ」


 巳之助はお若に合掌をして呟く。


「何だか、尾けられているようでしてね」

「あらそうかい、鴨が葱背負って来るって、まさにこういう事じゃないかい」

「この辺りで、人がいなさそうな場所といえば……?」

「あっちにぼろい神社があるじゃない」


 巳之助は小走りでぼろい神社に向かっていった。


「おい」

「……」

「尾けてるのは判ってるんだ。出て来い」

「はぁん。よく判ったじゃねぇか」

「どこの手の者だ?」

「やいくそ坊主が。ぶっ殺されたくなきゃとっとと引っ込めや」

「脅しているのか?いいだろう。かかってこい」


 やくざ者は3人いた。顔傷の坊主頭が中心のようだ。あとの若いやくざは取り巻きのようだ。着物の袖をまくり上げて拳を握っている。顔傷は匕首を手にしている。


「おい、死にてぇんだな手前ェ」

「四の五の言わずにかかってこいよ」


 巳之助は錫杖を捨て、笠をさっと投げ捨てた。力を抜いた状態ですっと立つ。

 取り巻きのやくざが殴りかかってきた。巳之助は拳を受け流すように手の甲で払い、肘を眉間に叩き込んだ。怯んだところに掌底を撃ち込む。やくざはがくりと跪いた。


「野郎!」


 顔傷の匕首を持つ手を掴むと、手首を極める巳之助。顔を歪め匕首を取り落とす顔傷を見て、取り巻きの1人が後退った。


「痛っ!いたたたた!」

「どうした?もう終わりか?」

「なんだよ!なんでこんな坊主がこんなに強ぇんだ!?」


 巳之助は腕を顔傷の首に回し、顎に肘を当てて締め付けた。


「お前ごとき絞め落とすくらい、訳はない」

「ちっ!痛ててっ!」

「極められたくなければ、質問に答えろ」

「やっ、嫌なこった!」

「そうかい」


 巳之助は首を絞めたまま極めた手に力を入れた。


「ぎゃひゃあぁっ!」

「どこのやくざだ」

「ごっ、五郎兵衛一味だ!」

「いつから尾けていた?」

「いっ!料理屋からだっ……!」

「お前らか、あの刃傷沙汰の下手人は……」

「だったら、どうだってんだ?」

「あぁ、そうかい」


 また力を入れる。顔傷は悲鳴をあげた。


「ひゃあぁっ!おっ!おれじゃねぇ!」

「でも、お前らの一味なんだろう?」


 顔傷は頷く。それで充分だ。巳之助は顔傷を絞め落とした。


「お若さん、終わりましたよ」

「鋭っ、アンタ、頭の後ろに目でもついてるのかい?」

「さて、おみつさんのところに連れてってください」



「大変だ大変だっ!」


 喧嘩が終わり、花街に出てきた巳之助とお若の目に飛び込んできたのは、真っ赤な顔をして千鳥足でふらつくいかつい顔の男だった。


「またあいつかい……」

「?」

「あいつがやくざの親分の五郎兵衛だよ」


 なるほど、粗暴を画に描いたような男だ。だらしなく着崩した着物の胸元には熊を思わせるような剛毛が覗き、眉毛は繋がり髭ももじゃもじゃだ。


「ごぉらぁ!あのアマぁ!俺様の着物に酒なんざこぼしやがって!」

「違いますって旦那ァ!あいつぁここに入って間もない小娘でさぁ、手がうっかり滑っちまって……」

「黙れこの野郎が!これでも食らえ!」


 五郎兵衛は胸に隠していたドスを番頭らしき男に突き刺した。


「きゃあぁっ!」

「おい!どこに行きやがったあのアマ!捜せ!捜してぶっ殺しちまえ!」


 巳之助は呟く。


「まさか……」

「……かもしれないね。行くよ」


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